11 運動会1
「健太郎! 頑張れ~!! 負けんな~!!」
黄色い声援だ。俺が選抜リレーの第4走者としてスタート位置に歩み出したとき、甲高い女性の声と共に俺に大きく手を振っている雅さんが見えた。
俺は、まさに小学校のクラス対抗リレーの選手として走ろうというときだ。
そして、その隣には、
「がんばって、おにいちゃん!」
「がんばれ~」
ことりちゃんと千絵ちゃんの姿も横にあった。
時間を巻き戻す。一週間ほど。
「俺、来週運動会だから、土曜休みな」
事務所で充希と会話していたら、どこからともなく雅さんが現れて、
「店長、運動会なの? それじゃ、あたし、応援に行くよ」
「いいよ」
いい迷惑だ。
「ちょっと、店長、一人でお昼ご飯食べる気? そんなの寂しいよ。あたしが美味しいもの作っていくから遠慮すんなって!」
「いいって、ほんとに。寂しいの慣れてるから」
「あんた、そんなこと言ったらだめだよ。やってくれるって人がいる時には、黙って甘えるもんだ」
おい、あんた、いつからそんなまともな事言える大人になったんだ。
「いいね? 来週でしょう? 前の日から、場所取りだな、ことりと知恵を場所取り要員にするか」
一人呟き消えていった。そして、今日。
「健太郎! どうよ! コーナー立ち上がりが見える最前列、取ったど~」
グランド中央に運動会用に特別にひかれた200mトラックの最終コーナー立ち上がりが見える場所を昨日、ことりちゃんと千絵ちゃんに取らせて、自分の業績のように誇る雅さんが、朝の準備をしていた俺を遠く目視確認して大声で叫んでいるという構図だ。
うるせ~な、悪目立ちしてるじゃねぇかよ、雅さん。他の父兄がめっちゃ見てるだろう。
大声で俺に楽しそうに、遠く最終コーナー、ゴール間近で両手を振っている。
この位置にレジャーテーブル、椅子セットを5脚並べ、日よけ代わりの4m×4mの折りたたみシェードを展開し、女優かというほど大きめの白い帽子と、どこのセレブだよと突っ込みたくなる、これまた大きめのサングラスを装備し、熱帯魚かと言いたくなる派手な服装で、俺を見た途端、立ち上がり、弟設定という事で俺の名前を叫んでいる。
その隣でそっと手を振る、ザ・普通のことりちゃんと日向が似合わない黒いゴスロリの千絵ちゃんが雅さんを見て固まっていた。
踊ってやったよ! 北海道の人、ソーラン節、六年生と五年生の合同演目だ。見えるか?
俺の、俺の目の前には大量のニシンがみえるか~。
その横で、俺の動きに合わせ高速で切られるシャッター音、視界の先15mに600mm望遠レンズを装備したフルサイズ一眼レフで撮り続ける熱帯魚が、雅さんが、
「健太郎! こっち向け!」
何処で手に入れた、そのレンズ。その一本で車買えるだろう。
その勢いのまま、熱帯魚が何故かPTA競技の綱引きに出て綱を引いている。おいおい、マジか。妙にPTAの声援を受けながら張り切っている雅さんのいるチームが、これまたなぜだか優勝していた。
その後、ことりちゃんが障害物競争に出場。俊足を生かし一位を取る健闘を見せた。
「ほら、みんなで食べれば美味しいでしょう?」
午前の演目が終わり、俺達は雅さんの用意した重箱に入るお弁当を食べている。
「から揚げは定番だよね。あとケンちゃんの好きなウズラのころも揚げと枝豆ね」
色とりどりだ、三段に重ねた重箱に卵焼き、ハンバーグ、ウインナー……タコさんだ。
「嬉しい……」
すまない。ちょっと、涙が。
テーブル越しに正対する雅さんと、ことりちゃんはキラキラした目で俺においしいだろ?もっと食べろと、これも美味しいよ、お兄ちゃんと俺に勧めてくる。
こんな、こんな事って、多分、俺の周りのご学友たちは当たり前にしてもらっている事なのだろうが、俺の人生の小学生の前半ではそんな事も当たり前だったけど、五年生からの後半からの俺には望んでも、どれほど恋焦がれても眩しい憧れでしかなかった。
それが、16年かかったけど、いま、俺の親でもない、兄弟でもない人達が俺の為だけにこうして、時間を割いていてくれている事に心底、有難くて、それを思うと涙が、恥ずかしいけど涙が勝手にあふれてきて、不覚にも三人の前で泣いてしまっていた。
おれの横にいた千絵ちゃんがおどおどしながら、俺にティッシュの箱を渡してくる。
「あ、ありがとう」
「ちょっと、ケンちゃん。あんた、何で泣くのよ。何か知らないけど、私も涙が出ちゃうじゃない」
何故か、ほんとに雅さんまで泣いている。それを見てことりちゃんももらい泣きして、千絵ちゃんは元から下を見ているので、傍から見れば、俺の、俺達のテーブルだけは、お通夜のようだった。




