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凪の始まり  作者: 樹本 茂
5月 リリィさん
15/387

3 オーナー

「……健太郎、どうだね?」


自動ドアが開いた先に佇む白髪交じりの男。すっとした立ち姿で、スーツを着込みにこやかに微笑みながら、俺を見据えている。


オーナーだ。


この辺りの系列店3店舗を率いているオーナーは、時々、ふらりとやってくる。


「おかげさまで、満員御礼です」


「……おかげさまって、俺はなんにもしてねぇぞ、お前の力だろうさ、ははは」


こもる様な低音の声で会話の先端に一拍、間が空く、その瞬間に会話の間合いを自分の物にするそうだ。本人が言っていた。


こわもてではあるが、裏稼業とは一切つながりがない。今どきは、そんな事をして警察に睨まれたら一瞬で店が飛ぶ。だからこそ、この界隈はクリーンであるべきとオーナー自ら率先して組合を引っ張っている。そんなオーナー兼組合長が、


「……おい、健太郎。学校はちゃんと行ってるか? 満島君には、お手間取らせてねぇだろうな?」


どうも、オーナーと満島先生とは同級生らしい。オーナーは事あるごとにこの話を振ってきて、俺に脅しを、いや、フォローを入れてくる。俺が学校に行くときにもシフトを全部夜にしていけ、変わりは何とかなるが、そんな話は一生無い。と、手放しで俺を送り出してくれた。そして、


「……途中で辞めんじゃねぇぞ、俺の顔潰すようなことしたら、港に浮かぶぞ」


そんな事を言って、叱咤激励してくれた。ホントにクリーンなんですよね?オーナー……


「……それでだ、どうかな? ウチの姫様たちは? 少し、歓談していこうかな」


あ~、今、待機部屋にいるのは……異常な人見知りの千絵ちゃんだけだな……うまく話せるか?


「オーナー、今は待機がいないので、お部屋には誰もいないんですが……」


穏やかだったオーナーの表情が変わった。


「……健太郎、お前、俺が無駄に年食ってるとでも思ってんのか? お前は今、一つ嘘をついた。何故だ?」


俺に凄んでいる。

マジか?何で分かった?

そうそうに観念した俺は、


「う、噓をなぜ見破られたのでしょうか?」


「……千絵ちゃん待機中になってるだろう」


と言うと、携帯の画面を俺に見せて、店のホームページの待機中欄の“千絵ちゃん待機中”を指さしてにんまりしている。


くそ、そんな事か、


「……はははは、まだまだ、修行が足りんぞ」


何の修行だ。

オーナーは満足そうにトリックの種明かしをして帰って行った。

部屋に行かないんかい!


「オーナーの声が聞こえたと思うのですが……」


オーナーと入れ替わりで事務所から出てきたのは郷田さん。

俺が小学校に行っている事もあり、もっぱら昼間の仕事を任せている。恰幅の良いラガーマンのような体形に不釣り合いな金の匂いに敏感な俺の参謀だ。


「店長、お話が……」


そう言うと、紙ファイルに閉じたGW中の売り上げの集計を俺に見せた。今は、11連休のなか日だ。既に、その資料は表やらグラフやらになっていて、まともな大人ではない俺にもわかるように視覚的に加工されていた。


「やはり、あと一押し何かイベントを入れましょう。現状でも、目標は到達できそうですが、やるなら、ド派手にGWの最高金額を狙いにいくべきです。そして、それは、既に、狙えるところに来ているのです」


郷田さんは、俺の目を見て、まっすぐに見て、俺に勝負しろと、選択肢を提示する。


「早朝イベントは実施済ですので、ゲリライベントで客の集中する時間を分散化しましょう。時間指定ゲリライベント、速、HP更新の本日の午後から実施。予約と今までの予測で空く時間は分かっていますから、そこを狙い撃ちします。部屋とキャストの空き時間を減らし、回転を上げる。定石ですが、一番難しい。しかし、当たった時の効果は絶大。よろしいですね? やりましょう!」


「郷田さん! グループ企業、最高額、未知の領域へ俺を、この店を誘ってくれ!」


俺は郷田さんの紙ファイルの内容と郷田さんの自信あふれる笑顔に乗っかる事に決めた。


そして、GW最終日。


「皆さん、お疲れ様でした。オーナーより大入り袋が出ております」


俺達はやってやった、GWの歴代記録を塗り替えた。そして、オーナーから大入り袋の金一封が全員に届けられた。最終日の閉店前、事務所で充希とキャスト10名がいる前で、


「今年のGWは11連休でした。暦も俺達に味方したと思いますが、まずは、皆さんのお力です。私は、皆さんの力を信じて、やれるとそう信じて、プランを練り、実行してきました。キャストの皆様の協力のもとやり抜きました。そして、グループ最高の売り上げを達成いたしました。ありがというございます。この場にいない昼間のキャストの皆様、郷田さんにも、この場にて、恐縮ですがお礼を言わせてもらいます。ありがとうございました。次も頑張りましょう!」


俺は深々と礼をして俺の周囲を取り囲むキャッストたちに謝意をしめした。


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