34 家路2
さっきからリリィさんは一言も話さずに早めの速度で俺の前を歩いている。
今日は頑張ったね、リリィさん。
……ちょっと心配していた。リリィさんは少し大人になってしまうところがあるから、物分かりが良すぎるところがあるから……
さっき、防波堤で言っていた事が全てリリィさんの中で消化できているのか、俺には……少し、心配だった。
それを考えるに十分なリリィさんの頑張りがさっきあったから……
「けんたろー……」
前を歩いていたリリィさんは急に後ろを振り返り駆け寄り、俺にしがみ付いて来た。
振り向いたリリィさんは大きな茶色の瞳を濡らし涙の雫をいくつもこぼしながら、俺に抱きついている。
分かっている……リリィさん……がんばったね……
俺は、リリィさんが心の奥底の感情を押し殺して、未海さんを学校に通わせたいために、子供の心を殺して説得をしたと思っている。それは、彼女にとって、とてもつらい事だったと思う。まだ小学六年生なのだ。12歳だ……子供なんだから……でも、リリィさんは自分のように、学校に通わなくなってしまう事のない様に未海さんを慮って、大人になった。大人のふりをして、未海さんを責めることなく、説得した。
言いたい事もあっただろうに……
そして、いま、やっと子供に戻った。戻れた。そんな時間も必要だよね。
さっき言ってたもんな、リリィさん……
今日はいいよ。俺をお父さんだと思って泣いてくれ……
俺なんかでよかったら……
いつでも、いつだって……
いいよ……
リリィさん……




