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黄色い水仙

お題 現実恋愛 放課後で書きました。



「絵里ちゃんはすごいね!」


 それが私の日常茶飯な言葉だった。


 幼稚園では演劇コンクールの主役になった。主役になった理由はなんということはない、大勢の前で怯えずに話せるから、という個性によるものだった。

 コンクールは大成功。私は演技が下手な子のフォローまで完璧に行い、劇を円滑に回してみせた。

 家に帰ると親に褒められる。


「絵里ちゃんはすごいね!」


 嬉しかった。

 嬉しくてたまらなくて、もっと頑張ろうと思った。


 ピアノのコンクール、ダンス、書道、そして私立小学校受験に至るまで、私は一番をとり続けた。

 それは小学校になっても続く。


 クラスで級長になり、先生の代わりに授業でわからなかったところを不出来な子に教えたり、合唱コンクールでピアノ役に抜擢されて歌が霞むほどの活躍をしてみせた。


 運動でも私の快進撃は顕著だった。

 運動会ではどれも一位。リレーではアンカー。


 一位をとるたびに、親や先生、他のクラスメイトからは必ずこう言われる。


「絵里ちゃんはすごいね!」


 この頃からだ、私は他の人とは違うのでは、と気づき始めたのは。


 他の人ができることの数歩分、私は色んなことができたし、他の人ができないことも、私は完璧にこなしてみせた。


 中学受験も無事成功し、新たな顔ぶれが散見されるようになると、私は小学生の時と同じことを始めた。

 こうすれば成功する、こうすれば褒められるということを私は熟知していたからだ。

 まずみんなが嫌がるような委員長を率先してやり、テストでは満点をとり続けた。誰かれ問わず仲良く接し、みんなに好かれる自分を目指した。


 だけど同じ女の子に好かれることはあまりなかったように思える。彼女らはクラスの隅とか、小声を好む傾向があるようだ、と私は中学生活始めに学んだ。


 中学の文化祭があった。

 私は出し物リーダーとしてグループを組み、指揮をした。

 なんでも大きなピラミッドの出し物を作る計画があるらしく、途方もなく計画性の欠片もない内容であったが、私は用務員さんに助力してもらい、木材の加工を経てピラミッド完成を成し遂げた。


 たまに、思う。


 なんで彼らは、彼女たちは、夢想だけするのだろうと。

 計画を形にしたのは私だ。組み上げのための知識もほとんど私が調べあげた。

 なのに同じグループの彼らは、素晴らしい達成感を感じていたらしかった。

 

『なにもしていない癖に』


 だが、しょうがない。

 人にはできることとできないことがある。

 私はできて、彼らはできなかった。ただそれだけ。


 なんせ私は特別だから。


「絵里ちゃんはすごいね!」


 みんなが口々に褒めるような、優秀で、天才なのだから。


 クラスの中心で、なんでもできて、可愛くて、人気者で、頭がよくて、器量もいい。

 中学という舞台はまさしく私の城だった。

 私の玉座があらかじめ用意されていて、私はそれに座るだけでよかった。


 ……優秀な人間なんだから。


 しかし、私の造り上げた玉座は、少しずつ綻びが生じつつあったようなのだ。



 時期は移り、高校生になる。

 高校生になってまず変わったのは家庭だ。

 親が離婚した。私は母方に引き取られ、数ヵ月としないうちに母親は再婚した。


 不和の真実は母の浮気だった。

 私はその真実に気づいてはいたが、どうすることもなかった。それは両親の問題だと割りきっていたからだ。

 父親は卑屈そうな男だった。媚びるように私を見てくる。

 けれど、私には心底どうでもよかったのだ。


 中学では万能に活躍した私だが、なんの心変わりか、活け花を造る部活に入った。

 活け花の知識はさすがになかったので、見よう見まねでやってみることにした。

 なんとなく手にとった水仙を基調に、大人しめの作品を造り上げると、部活の先輩らは飛び跳ねるように喜んで、


「絵里ちゃんすごい!」


 と褒めてくれる。

 私はさらに気をよくして、研鑽を続けていくと、わずか半年にしてコンクールの最優秀賞をとった。

 先輩らや同年代に入賞者はおらず、私一人の独壇場。

 最優秀賞を皮切りに、会長賞、特別賞と賞を重ねていくごとに、私はいつものごとく他人との違いを実感していた。


『絵里ちゃんはすごいね!』


 そして私はこの言葉を待つ。

 先輩らに、同級生に、こうして称えられるのを待っていた。

 だが、賞をとり続けるごとに私を褒めるような声は減っていき、最後には私は一人で作品を造るようになった。


 再婚した両親の関係は、ピークをすぎたのだろう。

 私が二年に上がる頃には、夫婦仲は劣悪になり、母親は私に怒鳴り散らすようになって、父親は夜に私へ暴行するようになった。


 そういう家庭環境の激変があったからだろうか。

 私の高校生活も少しずつ違和感があらわになっていく。


 私は一人で通学路を帰る。

 すると男女ペアが手を繋いで歩く光景をよく目にするようになった。


 皆が皆そうするようになっていくと、私はなんだか自分だけ置いていかれたような不安に駆られ、歩幅を広げる。


 休み時間でも私は一人だ。

 最近は、クラスメイトが集まって昼食を食べているときに、ふと出される話題をこっそり聞くのが趣味になっていた。


「俺の親がうざくてさ」だとか。


「お母さんのお弁当が不味い」だとか。


「テスト勉強どうしよう」だとか。


「あの子との関係どうなったの」とか。


 千差万別。

 そして会話を収集していくごとに、私は普通の人間の有り様を知っていった。


 親は仲がよくなくとも、子供を大切にしていて。

 友達がいて。

 テストで苦手な範囲があって。

 嫌いな食べ物があって。

 好きな人がいて。


 私は逃げるように、学校が終わると部活に戻った。

 夕暮れが校舎を照らし、教室の柱の影が、まるで私を囲う檻のように見えた。

 部室に入ると知らない男の子がいた。

 顔も知らない男の子、どこかヘラヘラとした印象がある。


 聞くと、どうやら新入生らしく、今日は見学に来たらしい。誰もいなかったので、困っていたとのこと。


 部長や同級生の姿はない。

 私はとにかく、彼に活け花を仕上げる様子を見せることにした。


 使うのは水仙だ。いつの間にか水仙を使う作品が、私のなかで特別視されていたのだ。


 作品はいとも容易く出来上がった。

 男の子はおぉーと小さな歓声をあげ、拍手をする。

 久しぶりに褒められた。

 なぜか新鮮な気分がした。


『絵里ちゃんはすごいね!』


 不意にこの言葉が脳内に浮かんだ。

 すでに遠くなった私の勲章。

 父母が忘れてしまった、私の中核。


 褒められたことに気を許したのか、しばらくしなくなっていた会話というものを、男の子に投げ掛けた。


「君は好きな子の一人や二人、いるの?」

「えっ?」


 単純な興味だ。

 邪推もなにもない。


 すると男の子は頬をかいて、わずかに逡巡したあと、はっきりと、


「いますよ、好きな人。同級生で、幼馴染みがいるんです」

「そうなんだ」

「はい。……驚きましたよ、第一声が恋ばなだなんて」

「それって変なの?」

「変……かな。いや、変じゃないかも。それが先輩の個性かもしれません」


 男の子は誤魔化すように笑った。


「ふうん」

「はは……。先輩ってまるで水仙みたいですよね」

「水仙?」

「はい、シャキッとしてて、真面目そうで。いや、感覚でそう感じたんで、深い意味はないです」


 私は水仙をじっと見つめてみた。


 これが私なのだろうか。


 水仙はほっそりとした身体のまま、なにかを咎めるようにして黄色い花弁の一つを私に向けていた。


 黄色い水仙はじっと、こちらを見つめている。


 私はたしかにそこにいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 水仙の花言葉は自己愛、黄色い水仙だと「私のもとに帰って」ですか。絵里ちゃんすごいね、は彼女にとってのアイデンティティで、それを言ってくれる両親はもういなくなってしまった。 閉ざされた世界で…
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