19.どうぞどうぞ。
「リリア嬢」
殿下が手を伸ばして、リリアの髪に触れた。
より詳しく説明すると、自分に半ば背を向けるようにして立っていたリリアの右側の髪に、自身の左手を伸ばして触れたのだ。
必然的に彼の腕はリリアの視界を横切り、他の男たちの視線を遮るような形になる。
そして髪に触れられたリリアは必然的に、彼の腕に導かれるままに振り向くことになるわけだ。
そうするとどうなるかというと、まるで二人の世界とでも言うように腕の中にリリアを閉じ込めるような構図で、彼女と向き合った状態を作り出すことができるのである。
単に何か右側の髪に用事があるなら右側の手で触れば良いだけだ。最速で用事を済ませるならそれがベストだが、攻略対象としてはそれでは三流。
一流はこういう小さなチャンスも逃さないものだ。これが、これこそが、「本物」。それを見せつけるような素晴らしい手練手管だ。
思わず心の中でブラボーと賞賛を贈る。これは良いものを見た。
なぜ普段からそれをやらないんだ。
「髪が……うん、これでいいね」
王太子殿下がその長い指で、髪飾りに引っかかっていた一束の髪をそっと退ける。
ここまでの一連の流れにまるでフィギュアスケートのプログラムを見ているような気分になっていたので、正味髪など引っかかっていなくても一向に気にならなかったが、どうやら本当に用事があったらしい。
甲斐甲斐しくリリアに微笑みかける様子はいかにも「自分が彼女の世話を焼くのは当然ですよ」と言わんばかりで、やはり自信の滲んだ所作には周囲を納得させるような説得力がある。
リリア相手にそんなに直球のアピールをしている様子は実際のところ一度も見たことがなかったが、その私ですら「いつもこうだったっけ」と思ってしまうほどだ。
やれば出来るではないか。さすがは王太子殿下。
リリアがちらりと王太子殿下を見上げる。
対する王太子殿下は優美な微笑を浮かべている。
掛け値なしに乙女ゲームらしい構図であるのに、何となく違和感が拭えない。
おそらくリリアの視線に少々ギスついた色が滲んでいることが原因なのだが、リリアがどれほど大根であろうとも大抵の人間は相手役の演技力と顔面の美しさでねじ伏せられるはずなのでまぁ、いいだろう。
「リリア嬢。誰と踊っても構わないけれど」
リリアの瞳を見下ろしていた王太子殿下が、そっと跪いた。
ざわ、とざわめきが広がる。
この国で国王陛下を除いては最も身分の高い人間が、公衆の面前でわざわざ膝をついたのだ。それも宜なるかなという反応だ。
王太子殿下はリリアの手を取ると、恭しげな仕草でもって、グローブ越しに彼女の指先に口付けた。
「ラストダンスは私に取っておくように。いいね?」
きゃあ、と今度は明確にご令嬢の悲鳴が聞こえた。
もちろん件の大聖女様ではなく、遠巻きに二人を眺めていたご令嬢の誰かのようだ。
悲鳴をあげたくなる気持ちもわかる。
まるで乙女ゲームのスチルのような、非常に絵になる光景だった。
まるでも何も乙女ゲームなのだが。
ほんの一瞬、ちらりと王太子殿下の視線がこちらを向いた、気がする。その表情はどこか、勝ち誇ったようなもので。
そのような顔をされても私としては「どうぞどうぞ」以外にコメントのしようがないのだが。
引き取ってくれるなら熨斗をつけてお渡ししたいくらいだ。どうぞどうぞ。





