14.主人公
パーティー会場に足を踏み入れた。
学園のダンスホールに来るのは卒業してから初めてだ。
それはそうである。普通は卒業したら縁がなくなるものだ。
そもそも学園に来るのだって、クリストファーの卒業式にお兄様と一緒に顔を出して以来だから……3年ぶりになるだろうか。
時が経つのは早い。
あの頃はさして気にしていなかった――というかダンスパーティーでは他にインパクトの大きいイベントが起きすぎて気にする余裕はなかった――が、意外と学園外からの来賓も多く参加している。
2では攻略対象の神父なんかも参加していた。攻略対象なのだから当然と言えば当然か。
学園長の挨拶とともに、パーティーが始まった。さりげなく飲み物を片手に、目当ての人物を探して徘徊を開始する。
ちなみにクリストファーはきちんと男物の正装に身を包んでいたので杞憂であった。
さすが我が家の兄妹で一番のしっかり者と言われているだけのことはある。
部屋に入った瞬間まだ着替えていたようで悲鳴を上げられたが。きちんとノックしてからドアを開けたというのに、姉に対してなんたる仕打ちだ。
先ほどすれ違ったアイザックも、きちんと男物を着ていた。
すれ違いざまに「首尾よく頼むよ」とウインクを投げたところ、眉間に深々と皺を寄せて睨まれた。この世の終わりのような顔だった。
主人公をちやほやするだけなのにそんな顔をしなくたっていいだろうが。本当に攻略対象に向いていない。
遠目に見かけた先生とヨウもまともな格好をしていたし、思わぬダークホースの乱入は避けられそうだ。
王太子殿下とロベルトはまだ見かけていないが……もうここまで来たら大丈夫だと信じるしかない。
万一女装で現れたらこの国はもう見捨てた方がいい。
目当ての人物……巫女候補ことユーリ・アンダーソンを見つけて、彼女と談笑する。
華奢な身体によく似合う、シンプルな形だがパッと目を引く鮮やかでみずみずしい色合いのチュールが華やかなドレス。
流行を追っているというより、万人を好ましいと思わせるような定番のアップスタイルにセットされた髪、きらりと揺れる小さなイヤリング。
大きな瞳に桜色の唇、明るく朗らかで、ころころと変わる表情。
話していると、まるでこちらが話し上手なのではないかと錯覚させるような話術。
他の女の子たちよりもほんの少しだけ、いやらしさを感じさせない程度に近い、距離感。
ぽっと染まる頬に、長いまつ毛を生かした上目遣い。
その、すべてが計算尽く。
リリアは「女子に嫌われる女子」、などと言っていたが、ここまでくるといっそ清々しいと感じるのは私だけだろうか。
確かにここでの彼女の振る舞いすべてが、目標を達成するために計算し尽くされたもので、作り物で、演技だ。
だが、作り物で何が悪い?
作り上げて、演じ切ったのなら立派なものだ。相手が気づかなければ、それはもう本物と同じだろう。
少なくとも……私はそう思う。そう思って、ここまで生きてきた。
彼女にダンスに誘われるが、それをやんわりと断る。
やはり私もハーレムに加えようとしてくれていたらしい。
まだまだ現役攻略対象として通用するようで何よりだ。
断られた彼女の瞳の奥で揺れるのは、衝撃。
だがそれは、私への感情に起因するものではない。
自分の予想が外れたことに対する悔しさと、これからどう巻き返せばいいのかとフルスロットルで動き始めた思考に揺られているのだ。
まぁ、私が少々驚かせるような返答をしたので、別の意味で動揺させてしまっているかもしれないが。
彼女は私と、よく似ている。
私は、攻略対象になるために。
彼女は、逆ハーレムエンドを迎えるために。
己の持てる武器を磨いて、理想の自己を作り上げて挑む挑戦者だ。
そういう意味では私は彼女に同族意識を持っているし、徹底したプロ意識を尊敬してもいる。
ーーだが。
彼女はまだ理解していない。
彼女が戦うべき相手のことを。
攻略対象のことを、そして、主人公のことを。
私たちのような偽物の前に立ち塞がるのは、いつだって「本物」なのだ。
彼らは、彼女は、我々とは違う。正真正銘の「本物」だ。
本物を目の当たりにしてもなお、立ち向かえるのか。
それを特等席で見学させてもらおうではないか。
ざわざわと、ダンスホールにざわめきが広がる。
真打というのは遅れて登場するものだ。
人波がモーセよろしく割れて、ダンスホールに現れた人物たちに道を譲る。
中心にいるのは、リリア・ダグラス。
無印主人公の彼女が、両脇にこの国の王太子と第二王子を従えて、そこにいた。





