10.「『義姉上』でお願いします」「却下」
「あ! エリ様!」
「君はどっちがいい? 『リリア先輩』と『リリアお姉ちゃん』」
「突然の二者択一」
サロンで待っていたリリアが、頭の上にクエスチョンマークを飛ばしていた。
はてなと首を傾げ、そして私の後ろをついてきたクリストファーを見るや、すべてを察したらしく真顔になって言った。
「『義姉上』でお願いします」
「却下」
即答されたので即答で返した。
何故私の許可なくパートナー枠に収まれると思っているのか。本人の許可が一番必要だろうに。
「今度は何の遊びですか?」
「……私、そんなに遊び歩いているように見えるかな」
「はい」
先生にも似たようなことを言われたなと思って尋ねてみれば、当たり前でしょうと言わんばかりの顔で頷かれた。
学園を出てあわや自宅警備員と言ったところから、正式に騎士団で働いている姉に向かって何だその言い草は。
「騎士団に就職してくれたのはよかったですけど……やっぱり心配ですし」
「割と評判がいいのに」
「いつの間にか本物の騎士様になっちゃうし……お城に行くたびに侍女から『お手紙を渡しておいてください』って頼まれるんですよ」
「そうなのか?」
今度は私が首を捻った。お兄様にくっついて城に行っている様子はよく見かけるが、そんなことになっていたとは。
だが、その割に彼から手紙の取り次ぎを受けたことはないように思う。
クリストファーの顔を見ると、にこにこと微笑んでいる。
受け取らずに断っているか、他の手紙と混ざって届いているか、ということだろうか。まぁ、その手紙だけを特別扱いする必要もないか。
「訓練場や騎士団の詰所に行こうとするご令嬢もいたみたいで……学園の先輩たちが中心になって友の会が再結成されてなかったら今頃どうなってたことか」
「ああ、それで最近会報誌が復活したんだ」
「そういう他人事なところが心配なんです」
クリストファーがまた私を睨んだ。おお、怖い怖い。最後に一杯お茶が怖い。
両手を上げて降参の意を示すと、彼が一つ大きくため息を吐いた。
「もう。兄上も心配してますよ」
「う」
「リリアさんも。いつまでも姉上に振り回されてないでもう少し大人に」
「そ、それはクリスくんだって同じじゃないですかぁ!?」
私を黙らせたついでにリリアにもお説教モードで話しかけたクリストファーが、リリアにシャーシャー威嚇されていた。
クリストファーは年齢から考えればずいぶんしっかりしている方だと思うのだが、彼なりに何か思うところがあったようで反論せずにぎゅっと口を閉じている。
そしてそっと私の腕を取ると、リリアから隠れるように寄り添ってきた。
「……弟だから、いいんです、ぼくは」
クリストファーが長い睫毛を伏せた。
何となく元気がなかったので頭をぽんぽんと撫でてやってから、リリアに向き直る。
「こら、いじめるなよ」
「また甘やかしてる!!」
「しょうがないだろ、可愛いんだから」
瞳を潤ませるクリストファーを見て、きっぱりと言いきった。
もう21になるのに姉の後ろに隠れる弟など、可愛くなかったら許されるはずがないのでそのくらい察してもらいたい。それが許される時点で大抵のことは許される弟力を備えているのだ。
ぐぎぎとおよそ主人公らしからぬ歯ぎしりをして、その場に崩れ落ちるリリア。
「わたしだって、わたしだって!!」
「そりゃ君も可愛いけど」
膝をついて床を叩いていたリリアが、首をグリンと回してこちらを向いた。
何だその動作。怖い。
ぽかんとした顔のままですっくと立ち上がり、しばらく私の言葉を反芻するような仕草を見せた後、でれっと表情を崩した。
「で、でへへへ、そうですかね」
「うん」
「も、もう! エリ様ったら! 昨日から何なんですか、その突然のデレ供給! 温度差で風邪ひいちゃいますよぅ!!」
「クアッカワラビーみたいで」
「クアッカワラビー!!!!」
再び床を叩くリリア。
何でもクアッカワラビーは世界一幸せな動物と言われているらしい。
この乙女ゲームの世界で一番幸せな動物はまぎれもなく主人公だろうに、いったい何が不満なのか。





