1.お前は私の上司じゃないだろ
「アイザック、頼みがあるんだけど」
「何だ」
リリアを連れて訪れたのは、アイザックのところだった。
もうすぐ「次期」が取れて宰相職に就くことが決まっている彼はほぼ毎日のように王城で何かしらの書類を見たり書いたり誰かに指示をしたりなどしている。
正直宰相なるものの解像度が低過ぎて私にはその程度の認識しかないのだが、とにかく忙しそうにしていることは確かである。
今日も今日とて王城の書庫で何某かの書類を手にしていた彼は、しかめっつらをして私を見上げた。
「経費精算書類はこの前手伝ってやったところだろう」
「あれは本当に助かったけどそれじゃなくて」
じろりと眼鏡越しに睨まれて苦笑する。
貯めに貯めていた訓練場の経費書類を前に途方に暮れ、早々に諦めてアイザックを動員したのは記憶に新しい。
適材適所、持つべきものは親友だ。
あの書類は騎士団の総務部門で処理されて最終的には上へ上へと上がっていくのだから、正しい状態で期限までに提出された方が助かるのはアイザックだって同じはずだ。
巡り巡って自分のためにもなっているのだから、そう目くじらを立てないでほしい。
アイザックの冷ややかな視線の前に、背後からリリアを引っ張り出した。
「ちょっとリリアをちやほやしてほしいんだ」
「………………」
「エリ様、ちょっと、ちょっと!!!!」
アイザックの視線がさらに一段冷たくなった。
絶対零度と言ってもいいほどの眼差しを向けられて、リリアが一瞬で縮み上がった。
大慌てでこちらを振り向いて私の腕をぐいぐい引っ張ってくるので屈んでやると、器用に小声で怒鳴りながら耳打ちしてくる。
「いきなり何言ってるんですか!?」
「何って」
何と言われても、言葉にしたことがすべてである。
今あの巫女候補はリリアを完全に舐めている。舐めくさっているといっても過言ではない。
ではその見くびられまくった前作主人公の威厳を取り戻すにはどうするか。
簡単である。ロイラバ2よりも難易度の高い無印で、最難関のルートをクリアした主人公だと思わせるのだ。これが一番手っ取り早いとそう確信していた。
「あの子が逆ハーレムエンドを目指しているなら、こっちは逆ハーレムエンドを余裕で達成した主人公になるしかないだろ」
「は、ハーレム……」
リリアがよろりとその場でよろめいた。心なしか顔色まで青い気がするが、乙女ゲーマーのくせにそんなことで動揺しないでもらいたい。
ロイラバにもロイラバ2にも、逆ハーレムエンドは存在する。というか乙女ゲームには割とありがちだ。前にコンプしたような話もしていたし、リリアだってプレイしたことがあるはずなのだが。
リリアはぶんぶんと顔と両手を勢いよく横に振って、悲鳴のように喚いた。
「いやいや、無理です、無理ですって! 何故ならわたしはエリ様一筋だからです!!」
「別に嘘でもいいからあの子の前でだけ、そう振る舞ってもらえばいいだろ」
「報連相が足りてないんですけど!!?? ここに来るまでに報告連絡相談してほしかったんですけど!!??」
まるで社会人みたいな責められ方をした。
お前は私の上司じゃないだろ。





