猫の日(リリア視点)
活動報告にあった小話を引っ越しました。猫の日記念? に書いたSSです。
時系列としては、第一部終了後あたりでしょうか。
リリア視点です。
みんなが出てきてどたばたする系のお話です。
「猫になる催眠術?」
「はい、街で流行っているって慰問先の孤児院で聞いて……」
久しぶりに足を踏み入れた生徒会室は、やっぱり何だか「アウェイ」感がびしばし漂っていました。
もうすぐエドワード殿下は卒業のはずなのですが……今日も生徒会長席にはわんさか書類が積まれています。
書類から視線を上げもせず、エドワード殿下がわたしに問いかけます。
「その庶民の遊びの話をするためにわざわざ生徒会室に?」
「えーと。実はさっき、エリ様に掛けてみたんですよね」
エドワード殿下の手が止まりました。
この部屋に入って初めて、彼がこちらを見ます。
ゲームでは余裕たっぷりの笑顔を貼り付けている印象の王太子殿下ですが、実際に3次元で見ていると意外と表情が豊かです。
……主にエリ様に振り回されているからの気もしますけど。
「そしたら、予想外にかかってしまって」
「何?」
「エリ様、窓から外に出て行ってしまって」
「は??」
「教室にアイザック様もロベルト殿下もいなくて。と、とりあえず一番権力があって、エリ様探しに協力してくれそうな人のところに来てみた、って感じなんですけど……」
わたしはてへへと頭を掻きながら、首を傾げます。
「……どうしましょう?」
「はぁ!?」
エドワード殿下が立ち上がりました。
やっとわたしの言葉が脳に到達したようです。
それはそうでしょう。普通の人間は窓から外に出て行きませんからね。教室、2階だし。
「どうして止めない!」
「と、止められると思います!? エリ様ですよ!?」
「…………」
わたしが言い返すと、エドワード殿下が口を閉じました。
ほら。無理じゃないですか。
◇ ◇ ◇
エドワード殿下が召集をかけて、攻略対象たちが生徒会室に大集合しました。
わぁ、乙女ゲームみたい。
「騎士団に連絡して捜索する。早く見つけなければ……事態は一刻を争うからね」
「い、一刻を、って、そりゃ早く見つかったら嬉しいですけどぉ」
「猫になったのはあのリジーだ」
エドワード殿下がやたら深刻そうな、特務機関の最高司令官的なポーズで言います。
前々から気になってたんですけど、エドワード殿下、何でエリ様のこと「リジー」って呼ぶんでしょう。ちょっと馴れ馴れしくありませんか?
エリ様も嫌なことは嫌って言った方がいいと思います。
「実際のところ、猫なんて可愛いものじゃない。虎を放し飼いにしているのと大差ない」
「それは……」
その場の全員が、エリ様が持ち前の腕力(羆級)で街中で何かしらやらかしているところを想像したのでしょう。さーっと顔色が悪くなりました。
かくいうわたしも、エリ様が馬車にじゃれついて荷台を大破させているところを思い浮かべました。
いや怖っ。笑い事では済まされません。
「彼女の好きな物で誘き寄せるというのはどうだろうか?」
秀才キャラのアイザック様がそう提案します。
さすが眼鏡をかけているだけあってこんな時でも冷静です。
「な、なるほど! で、エリ様の好きなものって!?」
「え?」
「え??」
わたしの合いの手に、アイザック様が聞き返します。
え?
な、何故に、質問に質問が返ってくるのでせうか??
「ダグラス、何か知らないのか」
「知らないですけど……え? み、皆さん何か一つくらい知ってますよね? わたしより長い付き合いのはずですし」
ぐるりと4人を見渡します。
……が、全員奥歯に物が挟まったような顔をしています。
目を見張るほどのイケメン力を持ってしても誤魔化せない、微妙な表情になってしまっていました。
おずおずと、クリストファー様が口を開きます。
「剣術と、トレーニング、でしょうか?」
「それでどうやって誘き寄せるんだ」
アイザック様がぴしゃりと却下しました。
1番年下に口火を切らせておいて却下するとかとんだパワハラ会議ですね。発言しにくいったらありません。
「きみ、一緒に暮らしているはずでしょう? 何か知らないの?」
「暮らしてますけど、姉上ぜんぜん好き嫌いの話とかしないから……」
「一ついいだろうか」
それまで大人しくしていたロベルト殿下が口を挟みました。
ひどく真面目な顔をしています。
エリ様をして「黙ってさえいれば顔はイケメン」と言わしめるその真剣さ溢れる表情に、つられて居住まいを正しました。
腐っても元婚約者ですし、何かご存じなのかもしれません。
「ロベルト? 何か心当たりが?」
「隊長は、『にゃー』と鳴いたのか?」
「それ今じゃなくないですか!?」
思わずツッコんでしまいました。
ここまで話を聞いていて気になったのがそこなのでしょうか?
ていうかそれにかまけて話を聞いていなかったのでしょうか、この人。
ちなみに窓から出ていってしまうまでが一瞬すぎて、鳴き声までは確認できていません。
わたしも一生懸命エリ様の好きなものを考えてみますが、驚くほど何にも心当たりがありませんでした。
何だか……わたしってエリ様のこと、知っているようで全然知らなかったんだなぁ、ということに気づいてしまいました。
誕生日、はかろうじて知ってますけど。血液型も知らないし、好きなものも嫌いなものも、知りません。
それでも、前世のことを知っている分……この4人よりはリードしているのでしょうけど。
「ロベルト殿下、婚約してた頃は贈り物とかしてたはずですよね? 何か知らないんですか?」
「……全て侍従に任せていた。何が贈られていたのか俺も知らない」
「まぁ、それはリジーの方も同じだったようだけれどね」
気まずそうに視線を逸らすロベルト殿下。
本当にお手本のような「形だけの婚約」ですね。ゲーム内外問わず婚約破棄されるのも納得の関係の薄さです。
この人だってエリ様のことを好きなはずなのに、どうしてそんなことになるんでしょう。
一番アドバンテージを持っていたはずなのに、まったくもって生かされていません。
わたしたちの白けた視線に気づいたのか、ロベルト殿下が慌てた様子で言い繕います。
「こ、この前の誕生日には剣帯を贈りました! ちゃんと俺が選んだし、隊長も喜んでくれていました!」
「そうだ。その件だけれど。王族として自分の行動がどういった意味を持つかくらい……」
「込み入った話は後にしてください」
兄弟喧嘩ーーというよりたぶんエドワード殿下のお小言ーーが始まりそうになったのを、アイザック様が止めました。
そうです、今はトラ様、いやさネコ様、じゃなかった、エリ様のことです。
「僕たちだけで考えていても埒があかない。彼女をよく知る人間に助力を求めるのが効率的だ」
「リジーを」
「よく知る」
「人物?」
アイザック様の言葉に、首を捻ります。
「でも、一緒に暮らしているクリストファー様以上に…………あ」
そこまで言いかけて、皆が同じ結論に到達しました。
◇ ◇ ◇
「やぁ、急に押しかけてすまないね」
「それは構わないけれど。どうしたの?」
バートン公爵家に着くと、エリ様のお兄様が出迎えてくれました。
クリストファー様よりもエリ様のことをよく知る人物となると、もうご両親かお兄様しかいないのでした。
初めてお会いしましたけど、エリ様のお兄様、たいへん、何というかこう、……もっちりふくよかでいらっしゃって、話し方もおっとりのんびり、人畜無害という印象で……あまり、エリ様とは似ていません。
背もエリ様の方が高いのではないでしょうか。
髪の色と瞳の色は近いですけど、それ以外に似ているところを探す方が難しそうでした。
サロンに案内されて腰を落ち着けたところで、エドワード殿下が話を切り出します。
「実は、きみの妹が」
「リジー?」
「にゃう」
ふと声がして、あれ、この声は、と思った次の瞬間。
我々は発見しました。
どこからかやってきて、ふかふかもちもちしていそうなお兄様の太ももに上半身を乗りあげて、くつろぎ始めたエリ様の姿を。
お兄様が優しく髪を撫でると、ごろごろと喉を鳴らして目を細め、すっかりリラックスモードになっています。
全員呆然としていました。
流石のエドワード殿下も口を開けてエリ様を凝視しています。
アイザック様なんて眼鏡がずれてしまっていました。
それぐらい、衝撃的な光景だったのです。
目を閉じて幸せそうにお兄様に懐いている、エリ様という構図が。
そしてエリ様のお兄様も戸惑いながらも、さして疑問もなくそんなエリ様を受け入れてよしよしと撫でてあげています。
エリ様が誰かに頭を撫でられているというのもなかなかのインパクトでした。エリ様はいつも「撫でる側」という感じだったので。
わたしなんかが髪に触ったら「セットが乱れる」と怒られる気しかしません。
だんだんとエリ様のお兄様が猛獣使いに見えてきました。
エリ様のお兄様が、エドワード殿下を見つめて不思議そうに首を傾げます。
「もしかして、リジーがまるで猫みたいになってるのと、何か関係ある?」
「…………そうだね」
エドワード殿下が何とか絞り出したというような声で応じました。きっとそれが、精一杯だったでしょう。
エリ様の、好きなもの……ありましたね、そういえば。
機嫌良くお兄様の膝でうとうとし始めたエリ様を見ながら、わたしを含めて全員が敗北を悟り、一斉に肩を落としました。
…………勝てない。
まだ、今は。誰も。





