親愛なるエリザベス・バートンへ(アイザック視点)
活動報告にあった小話を引っ越しました。
時系列としては、第2部第5章西の国編の「11.またリリアにブラコンだと言われてしまう」あたりです。
お留守番をしているアイザック視点のお話です。
「アイザック様! どうしてバートン様について行かれなかったのですか!?」
バートンが西の国へと発った日、僕は教室でミケーレ侯爵令嬢たちに詰め寄られていた。
「僕が行く理由がない」
「愛に理屈は必要ありませんわ!」
「このままリリアさんやエドワード殿下にバートン様を取られてしまったらどうなさるおつもり!?」
「……公務の付き添いだと言っていた。旅行というわけではない。お前たちの心配するようなことは」
「起こらないとは言い切れませんわ!」
反論してみたものの、ピシャリと跳ね除けられた。
ミケーレたちはなおも鼻息荒くまくしたてる。
「いくら親友だからと言って、その油断でリリアさんに奪われかけたのをお忘れですの!?」
「まぁまぁ、そのくらいにしとけって」
見兼ねたクラスメイトが割って入ってきた。
確か、バートンが教官をしている訓練場の一員だったはずだ。
令嬢たちはわずかにトーンダウンして浮かせていた腰を椅子に落ち着けたが、なおも強い語気で言い募る。
「アイザック様はもっとこう、ぐいぐいと行くべきですわ!」
「そうです! もう女が三歩後ろを着いていく時代ではありません! 自分から積極的にアプローチする時代です!」
「いや、そもそもギルフォードは女じゃないだろ」
気づけば男女問わず大勢のクラスメイトたちに囲まれて、やいのやいのと指図を受けていた。
ミケーレたちの言っている意味が全く理解できないわけではない。
表向きは視察だが、本来の目的は彼女の兄の結婚を阻止することにあるという。あいつのことだから、何かしらの問題を起こしそうなことも想像に難くない。
だからバートンのことを心配する気持ちも……彼女の周囲の人間が何か行動を起こすのではないかと心配する気持ちも、確かにある。
だが、そもそも僕には着いていくという選択肢が存在しなかったのだ。
「バートンが僕に言ったんだ。『戻ってきたら勉強を教えてくれ』と」
「え?」
「は?」
「『君だけが頼りだ』と、……『頼む』と」
僕がこぼした言葉に、クラスメイトたちが目を丸くする。
「だから僕は、こちらであいつが戻ってきた時のために備えておかなくては」
「……アイザック様……」
「ギルフォード、お前……なんつー健気な……」
「バートン様は本当に罪作りなお人ですわね……」
「それだけで?」と呆れられるかと思いきや、彼らは何故かしみじみとため息をついただけだった。
妙にしんみりとした空気が流れる。
「いやしかし、男だったらやっぱこう、ガッと行ったほうがいいんじゃないか!?」
「そ、そうですわ! ガッとまいりましょう!」
「擬音で話すな」
空気を変えるようにまたあれやこれやと話し出したクラスメイトたちに、今度は僕が嘆息した。
「あ、手紙はどうだ!? 女の子って手紙はもらうのも書くのも好きだろ!」
「あら、いいですわね! わたくしたちもバートン様にはいつもお手紙を書いていますもの。お友達のアイザック様が書かれてもおかしくありませんわ!」
手紙。
そう言われて、少々心が揺らいだ。
僕自身も考えてはいたのだ。長く休むのならば、学園から出る課題だけでは、戻ってきたときにろくに授業についてこられないだろう。
だからそのフォローをするためのノートを送ってやる程度なら……そしてそれに付ける添え状の範疇ならば、友達の僕にも許されるのではないかと。
頼むと言われたのだから、そのくらいはと。
だがそれが友達の範疇を超える行為になりはしないかというのが断定できず、二の足を踏んでいたのだ。
提案に飛びつきたい気持ちを抑えて、努めて冷静に、追加の情報を収集しにかかる。
「だが、女同士と、僕とあいつとでは、話が違うだろう」
「……違うか?」
「違いませんわよ」
「むしろ自然」
「それはあいつの見た目の話じゃないのか?」
怪訝そうな顔をしている僕に、バートン隊の候補生が苦笑いをしながら肩を竦めた。
「男だろうが女だろうが、友達から手紙来たって別に変なことなんかないだろ」
「……そうか」
男子生徒の目から見てもそうらしいことに、安堵する。
そうか、いいのか。
僕が……彼女に、手紙を書いても。
「そうと決まれば、まずは書き出しですわね!」
「は?」
「ここは『愛しのエリザベスへ』でいかがかしら?」
「はぁ!?」
「いえいえ、『僕の大切なエリザベスへ』が良いのではなくて?」
「はぁ!!??」
思わず大きな声を出してしまった。
「愛しの」だの「僕の大切な」だの、考えただけで顔が熱くなる。
それはどう考えても友達への手紙の範疇を超えている。
驚きでずれた眼鏡を直しながら、断固として却下する。
「もっと普通のものでいいだろう!」
「そうそう。『親愛なる』あたりが無難だろ」
「し、ッ!?」
また顔が熱くなった。
親愛、というのはどうなのだろう。
「親」は良いが、「愛」という言葉が入っているのがどうにも気になってしまう。
「そ、それはまだ、僕たちには早過ぎないだろうか」
「いや何でだよ……手紙の作法で最初に習うやつだろ……」
「ていうか手紙の内容まで口出すのはアレだろ。プライバシーの侵害だろ」
「だってアイザック様、放っておいたら報告書みたいな手紙を書きそうなんですもの」
ミケーレたちはまだ文句を言っていたが、結局「プライバシーの侵害」という言葉が効いたのか、この話はこれまでとなった。
その日家に帰った僕は覚悟が決まるまで、便箋に「親愛なる」を書いては捨て、書いては捨てを繰り返すことになった。





