29.「アンタほんと人の心ねぇな」
一応婚約者らしさの演出のために頻繁に我が家を訪ねてきているリチャードも、家族同様に乳児にメロメロになっていた。
「こんなに小さいのに、頑張って生きてて……偉いな……」
もはやメロメロを通り越して瞳を潤ませている。
年の離れた妹がいる彼にとっては、いろいろと重ね合わせるものがあるらしい。
お兄様と2人で「分かる……分かるよ……!」と言い合っていた。すっかり我が家に馴染むのをやめていただきたい。
まぁ、確かに可愛らしい。
そもそも子猫しかり子犬しかり、動物の子どもというのは庇護欲をそそる造形をしている。
可愛らしいと思うのは本能的なもので、抗えるものではないのだろう。
「私だって頑張って生きてる」
「アンタ、乳児と張り合うなよ……」
リチャードが抱き上げている乳幼児を見下ろしながら呟けば、じろりと冷めた視線が飛んできた。
子どもの抱き方が妙に様になっている。あんなにふにゃふにゃしていてへにゃへにゃしているものを、よくも安定させて抱き上げるものだ。
私など背負い紐で縛っておいてくれないと怖くて手に持てない。
「……マリーがこのくらいの頃は、まだオレも城にいたんだ」
乳児を抱いてゆらゆらと体を揺らしながら、リチャードがぽつりと呟く。
「今は我儘娘で手を焼いてるが……あの頃はほんと、可愛かった」
リチャードは目を細めて、やさしい眼差しを乳児に向けている。
対する私は眉間に皺をよせていた。
乳児に気を取られているうちに、いつの間にやら身の上話が始まっていないか?
いや、ここで終わってくれればまだ、身の上キャンセルできるのでは。
「何でか分かんねぇんだけど。オレが抱き上げてやると泣き止むんだ」
普通に続いた。心のBボタンを連打したのだが無駄だったようだ。
何故だ。キャンセルはBボタンと相場が決まっているのに。
私が「聞きたくない」を包み隠さず顔で表現しているのに、子どもに夢中になっているリチャードはこちらに目もくれず、話し続ける。
「下手くそでさ、おっかなびっくり何とか抱えてんのに」
リチャードが立ち上がった。
彼が身体をゆらしてやると、乳児は機嫌よくほにゃほにゃ言っている。
子どもの扱いが上手いのは、幼い頃の経験故だったか。
それはよく分かったので、このあたりでご容赦願おう。
「それ見て、『きっとにいさまのことがすきなのね』なんて、ダイアナが言ってて」
「うん。私、もう行っていい?」
「アンタほんと人の心ねぇな」
強制キャンセルを決行したところ、リチャードが呆れたようにため息をついた。
人様の個人情報をやたらめったら聞きたくなるのが人の心なら、別になくても構わない。
リチャードがこちらに寄ってきて、乳児の顔を見せてくる。
乳児の、黒か、灰色か、……その中間くらいの色の瞳が、こちらを見るともなくぽけーっと中空を見つめている。
「可愛くないわけ」
「可愛いとは思うけど」
「アンタの子だろ」
「産んでないよ」
軽口を返して、部屋を後にした。
それからもリチャードはしょっちゅう我が家に入り浸って、乳児の世話を焼いていた。
やれやれ、母性なのか兄性なのか知らないが、妹が1人いなくて有り余っているそれを、素性の知れない赤子にぶつけようとするな。
◇ ◇ ◇
数日後。
乳児の母親の様子がおかしいと情報が入った。
それまで何を聞いても「私の赤ちゃんはどこ」「あの子をどこにやったの」しか言わなかった母親の様子が、突然変わったのだという。
「子ども? ……何の話?」
と。何を聞き出そうとしても、まったく要領を得ないのだそうだ。
詳しくは知らないし知りたくもないが――相当に厳しい取り調べを受けているらしい。今更とぼけているとは思えない。
この子どもが、いったいどこの、誰の子なのか。
その謎がまた一段、深まっていた。





