閑話 エリザベス視点(3)
モブどれ書籍版5巻&コミカライズ2巻の発売日が7/16に決定しました~!
そしてな、なんとぉ! アクリルスタンドも作っていただけることになりました~!
詳しくは活動報告に書きましたので、ご興味のある方はぜひご確認ください。
今後ともモブどれをどうぞよろしくお願いいたします!
目を開けると、真っ白な執務室で王太子殿下と対峙していた。
ふむ。手芸屋とどちらになるのだろうと思っていたら、こちらだったか。
クリストファーも記憶が戻ることはなかったが、その後両親の夢を訪れて分かったことがある。
両親と私が接していた時間はそれこそアイザックやクリストファーよりも長いはずなのに、両親は私という存在が消えたことへの違和感が彼らより薄い様子だった。
それは私の公爵家での発言権が路傍の石以下なのが原因というわけではなく、今回の一件にいわゆる聖女の力が関わっているからだろう。
聖女の魅了……そしてその上位互換であるところの認識阻害も、認識改変も。モブほどよく効くのだ。
ネームドのボスに即死が入らないように、このゲームにおいてはネームド扱いの攻略対象には、効きにくい。そういう力だ。
つまり、私とあの国との繋がりを保つには、攻略対象たちを訪ねるのが最も勝算のある方法ということなのだろう。
そこで殿下の夢を訪れてみたのだが……彼は紫紺の瞳をわずかに見開いた後、険しい顔つきになって、言う。
「貴様、何者だ」
「ご機嫌麗しゅう、殿下」
「おい、誰か、不審者を摘み出せ」
「誰も来ませんよ」
殿下の言葉に、微笑みながら首を横に振る。
何だろう、このセリフ、妙に悪役じみている気がする。一応モブ同然とはいえ悪役ではあるのだが、私に求められていた役回りはこういう小悪党じみたものではなかった気がする。
眉間に皺を寄せる殿下に、やれやれと肩をすくめながら、続けた。
「夢ですから」
「夢?」
「ええ。殿下の夢です」
私の答えに、殿下はまだ納得していない様子だった。
身構えている彼を横目に、彼の文机へと歩み寄る。いつもこそこそと隠しものをしている一番下の引き出しを開けて、そこから糸と編み棒を取り出した。
「とりあえず、こちらをどうぞ」
「は?」
編み棒と毛糸を王太子殿下に手渡す。
「いつものあれ、やってください。糸とこの棒で、レースをチョチョイとやるあれ」
「な、何を、というか、きみが何故それを」
「夢ですから」
私が愛想笑いを浮かべると、不満げな顔をしながらも殿下が糸と編み棒をひったくった。
そして大きなため息をつくと、膝の上に糸の束を載せる。
束ねた糸の端を掬い出して、かぎ針型の編み棒にひっかけながら、ついついと糸を繰っていった。
静かな執務室で、殿下の指先だけが器用に動いていく。金属製の編み棒が窓からの光を受けて、まるでアクセサリーのように輝いていた。
黙ってその手つきを見つめながら、ふと思う。
西の国に行く道中の馬車でも、この部屋でも。殿下がべらべら話しかけてくるものだからあまりよく見ていなかったが……本当に細かい作業だ。気が遠くなる。
私なら金をやるからやれと言われてもご勘弁願いたいそれを、好き好んでやっているというのだから恐れ入る。
殿下の指先を見下ろしながら、問いかける。
「いつ頃から手芸を?」
「15くらい、かな」
「始めたきっかけは?」
「……覚えて、いない」
殿下の声がやや強張った。
やはりアイザックと同じで、覚えていないことを自分自身でもおかしなことだと認識しているのだろう。
それはそうだ。無理矢理に切り取ってつぎはぎにしたようなものだからな。
殿下はゆるく頭を振って、ため息混じりに言う。
「知人からたまたま、道具と材料をもらったから、とか。その程度のことだ」
「今までどんなものを作りました?」
「コースター、ドイリー、ストールに、マフラーに、……」
「カーテンとか?」
私が言葉を挟むと、彼は目を丸くした。
そしてまた怪訝そうな顔をする。
彼が挙げたものの一部は、彼の手元にはない。
何故ならば押し付けられた私の部屋にあるからだ。
物理的にあるはずのものが、存在しない。
これは一つのトリガーとなり得るのではないかと思って話を振ってみたのだが……やはり彼も、強く違和感を覚えたようだ。
「妙な話だ。カーテンも、ドレスも。確かに作ったはずなのに、私の手元にはない。この趣味のことを知っているのはレンブラント卿くらいで……贈る相手など、いないはずなのに」
なるほど。
彼の言葉に1人で頷いた。
クリストファーの時には私のしたことはお兄様のやったこととしてすり替わっているようだったが、殿下の場合はそれがマーティンになるのか。
街でも主従丸出しでいては速攻で正体がバレそうなものだが、マーティンが殿下に気安く接している様子は全く想像がつかない。
その珍道中、少々気になるな。
眉根を寄せながらも殿下の指先が作り出すそれはとても繊細で、私などが触れては指先一つで粉砕しかねない儚さを纏っている。
じっくり見ていても何故そうなるのか全く理解できなかった。
指の動き自体は追えるが、その動きから生み出される結果には疑問符が浮かぶばかりである。何でそこの糸をひっかけたらこの形になるというのが脳内で思い浮かべられるのか、てんで見当がつかなかった。
空間認識能力だったか何だったか、物を見ると展開図が浮かぶ人間もいるというが、そんなもの特殊能力みたいなものではないだろうか。
私には到底無理そうだ。
「丁寧な仕上がりですね」
「それは、そうだろう」
思わず呟いた私に、殿下が視線も上げずに返す。
「こうしていると、落ち着くんだ」
長い睫毛が瞬く。
伏せられたその瞳は自分の手元にひたすらに注がれており……確かに彼の表情は、穏やかなものだ。
彼はその口元をほんのわずかに緩ませて、私に答えるというより、自分に言い聞かせるように、ぽつりとこぼす。
「それにどこか、……胸があたたかくなる」
そこではたと気がついた。
そうか、そういうことか。
胸があたたかくなる、というのは少女漫画的なあれそれによるところでは、想い人を思い浮かべた時に頻出する表現である。
つまり殿下は、いつもこの手芸に勤しみながらリリアの……主人公のことを思い浮かべていたわけである。
なんといじらしいことか。
どっちが主人公だよと聞きたくなる程度にはいささか乙女趣味のきらいがあるが、そこは多様性の時代だ。
大切なのは受け取る相手がどう思うかだ。このご尊顔でそのいじらしさ、ギャップにときめく女の子は多かろう。
もはやあざとくさえある。
ここは方向転換をしよう。
普段私のことを恋敵だと思っているので、殿下は私がそういった類の話を振ると不機嫌になるが、今ならその先入観はないはずだ。
私に関する記憶を呼び起こすのは望みが薄そうなのだから、早々にシフトチェンジして、この時間を私が戻った後のために有効に使うべきだろう。
具体的にはこの王太子にもっとグイグイ行ってあのトンデモお騒が聖女を引き取ってもらうために、利用すべきだ。
そうと決まれば話は早い。
「時に殿下」
「何だ」
「聖女リリアとの関係は順調ですか?」
私の言葉に、彼が目を見開く。
そしてみるみるうちに、眉間に皺が寄っていった。
何とも険しい表情に、首を捻る。
あれ。何か予想と違うな。
「……何故、そんなことを?」
「いえ何となく」
「ただの知人だ」
殿下は額に指を当てて、大きくため息をつく。
やれやれと言わんばかりに首を横に振られた。
「まったく。誰も彼もどうしてそう物事を恋愛に結びつけたがるのやら。私には理解できない」
「左様ですか」
ロマンチストの殿下らしくない言葉に目を瞬く。
どこかゲームの中の彼を思い出した。そういえば病で厭世的になっていた頃(という設定)の彼は、恋愛に対してもどこか俯瞰的に物を見ているような台詞を言っていた気がする。
何ということだ、この王太子。
私というライバルがいないとまだ「その段階」なのか。
そりゃあリリアは好感度をまともに上げていないだろうが……攻略対象としてどうかと思う。
内心呆れている私をよそに、殿下がまたため息をつく。
「私は王太子だ。パートナーは国益を考えて父が……陛下が決めることだ。私の意思は関係ない」
「しかし、聖女と結ばれたとあれば十分な国益でしょう」
「それは、そうだけれど」
殿下が私を見上げる。紫紺の瞳と目が合った。
お愛想笑いを返してみると、彼はついと目を逸らす。
「……誰かもわからないのに。君に言われると、何故だか無性に腹立たしい気分になるのだけれど。これも夢だから?」
「ええ、おそらくそうですね」





