14.魔女と私どっちが大事なんだ
「あれぇ、お兄さん一人?」
「あー、騎士様じゃん」
「ほんとだ、騎士様だー」
路地に入ろうかと言うタイミングで、声を掛けられる。振り向くと、3人組の男が歩み寄ってくるところだった。
全員どこかぼんやりとしていて、目の焦点が合っていない。どうやら酔っているらしい。
まだ夜というより夕方に近い時間帯だが、もうずいぶんと酩酊しているようだった。
「しかも金髪だー」
「金髪の騎士様だー」
何がおかしいのか、へらへら笑いながら歩み寄ってくる。
警邏をしていると酔っ払いに絡まれることはままあるが、騎士を見ると大抵は気まずそうに逃げていく。
現代日本で言えば警官に出会したようなものだから、当然だろう。
その分別もつかないほどに酔っているのだろうか。
それとも……3人ともあまり身なりが良くはないので、何でもいいから騎士に因縁を付けたいチンピラ、というところか。
だが、今は酔っ払いよりも魔女である。チンピラに構っている場合ではない。
路地に向き直ろうとしたところで、男の一人が私に向かって手を伸ばした。
「おい、無視すん、いでででで!?」
「汚い手で隊長に触るな」
私が振り払うよりロベルトが一瞬早く、相手の腕を捻り上げた。
いや、何故戻ってきているんだ。回り込めと言っただろうが。あの威勢のいい返事は何だったのか。
自分よりもよほど上背のある屈強な男に腕を掴まれて、チンピラはすっかり酔いが覚めたらしく顔色を悪くしていた。
やれやれ、手が早くて困る。
「ロベルト。いつも言っているだろう。相手に手を出させてからにしろと」
「は。すみません」
口だけは殊勝に謝りながら、ロベルトが手を離す。
まったく、どうしてこうも堪え性がないのだろうか。
腕を解放された男はたたらを踏んで後ずさると、こちらを睨みつけた。
「ってぇな! 何すんだ!」
「すまないね、うちの番犬が」
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」
仲間の一人が腕を振りかぶって、こちらに殴りかかってきた。
手を出したロベルトではなく、彼ほどはガタイの良くない私の方に向かってくるあたり、……小物だな。
その拳を手のひらで受け止めて、ロベルトに目をやる。
「こうやって相手が先に殴りかかってきたら公務執行妨害だが、こちらから先に手を出すと後々ややこしくなるだろう」
「え?」
「……申し訳、ありません」
「え??」
きょとんとした顔でびくともしない自分の拳と私の顔を見比べる男には目もくれず、私は口の端を吊り上げる。
「まぁ、いい。さっさと畳んで魔女探しに戻るぞ」
「はいっ!」
◇ ◇ ◇
一瞬でチンピラをのして魔女探しを再開するが、あたりを探し回ってももう気配の残滓すらも感じ取れなかった。
腕を組んで、ロベルトを睨む。
「お前が余計なことをするから逃げられたじゃないか」
「すみません」
ロベルトはしょんぼりと項垂れている。
彼のつむじを見下ろしながらため息をついた。
「お前、魔女と私どっちが大事なんだ」
「隊長です!」
即答された。
聞いた私が馬鹿だった。
手の施しようがないロベルトは放置することにして消えた気配を探るが、そもそも始めに感じたものだってほんの微かなものだったのだ。今となっては辿れなかった。
幻惑の魔女はその名の通り、幻のように消えてしまった。