76.ああ、そうか。首を絞めたら話せないのか。
「誰に雇われた?」
「…………」
「おい、黙ってたっていいことないぞ。助けが来ない時点で察しろよ。お前、とっくに見捨てられてるぞ」
男を見下ろし、やれやれと肩を竦める。
武器を破壊してからは簡単だった。伸して畳んでやるまでに5秒もあれば十分だ。
地面に引き倒した男の頭をぐりぐり踏みつけながら、私は困ったように呟く。
「私、グリード教官と違って得意じゃないんだよな」
ぐいと、正面から男の首を片手で掴んで持ち上げる。
息苦しそうに呻く男の顔を見上げた。呻くということは、まだ十分余裕があるようだ。
「拷問」
私の言葉に、男が眼球だけを動かしてこちらを見る。
「人間って、ほら。割とすぐ死んじゃうだろ? 苦手なんだ。細かい加減と言うか、そういうの」
首を掴む手に力を込める。赤かった男の顔が、だんだんと土気色になってきた。
「ま、て……」
「だから万が一私が、力加減を間違えても……恨まないでくれよ」
「ぐ、がッ」
「何? 聞こえないな」
ぱっと手を離した。男の身体が地面に落ちる。
「げほ、ごほ、ごほっ」
「ああ、そうか。首を絞めたら話せないのか。ごめんごめん」
私は笑いながら、男の横にしゃがみこんで背中を擦ってやった。
そして、殿下に聞こえない程度の声で、そっと囁く。
「まぁでも、話す気がないなら、一緒だな」
「え、?」
「上司の前だから、いい子にしてるけど。私は正直、君が今死んだって一向に構わないんだ」
男がこちらを見た。
男の髪を掴んでその顔を引き寄せ、にっこり微笑んでその目を見つめる。
拷問は冗談にせよ、尋問の類は得意ではない。力の加減が苦手なのも本当だ。
だが……「脅す」コマンドは、私にも実装されている。楽隠居中だが一応は悪役令嬢の端くれだ。脅しや騙しは得意分野といえるだろう。
「犯人だってすぐに調べがつく。君が手を出した私の上司、実はやんごとない身の上でね。君はどうせ死刑か終身刑だ。うっかり手を滑らせてしまったほうが、私は早く家に帰れたりするのかな?」
「は、話す! 全部、話すから!」
「でも、脅されて話した内容なんて、本当かどうか」
「リジー」
「もが」
どん、と、背中に何かがぶつかった。
回って来た手のひらが、私の口を塞ぐ。
殿下が後ろから、私に抱きついているらしいことを理解した。
胸部の詰め物が背中に当たっている違和感が、シリアスな雰囲気をごりごりと削いでいく。靴下か何かだろうか、これは。
「これ以上は、きみがしなくて良いことだ」
「もご」
「きみの兄さんが今ここにいたら、きっとそう言う」
そう言われて、目を見開く。
そして、苦笑いしながら軽く両手を上げた。
その言い方は、ずるい。
ここにいないお兄様に怒られた気分になる。
お兄様にバレたら、間違いなく怒られるからだ。
殿下の手のひらと身体が、私から離れる。
振り向くと、殿下はいやに真剣な顔で私を見つめていた。大丈夫ですよと肩を竦める。
ちょうど騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵に、男を引き渡し――その日の捕り物は幕を閉じた。





