67.いい年こいてペアルック、しかも相手は上司
……のだが。
「タイはこれに変えて」
「はい?」
「チーフはこれ」
いきなりダメ出しを食らった。
よく分からないまま差し出されたタイを受け取る。濃淡の紫色で複雑怪奇な幾何学模様が描かれたアスコットタイだ。
渋々、自前のタイを緩めて外す。ええと、リングがないときはどうやって結ぶのだったか。
微かな記憶を呼び覚ましながらタイを締め直している私を尻目に、殿下は勝手に胸ポケットのチーフを交換する。
光沢のある銀色の生地は、殿下のドレスに使われているものとよく似ていた。
思えば銀色と紫色、それに黒色というカラーコーディネートは、今日の彼の服装と酷似している。
リンクコーデというのか……いや、有り体に言ってしまえばペアルックというか。
夜会に夫婦や婚約者同士が参加するときには衣装の色を合わせて仕立てるのが通例だが、まさにそのお手本のような有り様となっていた。
ちょっとさすがにこれで人前に出るのは、仮面があっても遠慮したいところである。
いい年こいてペアルック、しかも相手は上司。嫌すぎる。
「2人で参加するんだもの。この方が自然でしょう?」
当の本人は甲斐甲斐しく私のタイを整えながら、機嫌よく笑っている。
分かった。この人、完全に楽しんでいる。
以前から女装にかける情熱が並々ではないと思っていたのだが、ついに連れ歩く男までコーディネイトしたくなったようだ。
私のことはアクセサリーか何かだとお考えらしい。
結局部下であり付属品であるところの私には断る術もなく、ペアルックを受け入れる羽目になった。
この会が終わったら最後の手紙は処分すると約束させたが、今のところはまだ彼の手中にある。
ほとんど人質のようなものである。下手なことはできまい。
「ねぇ、リジー」
ふと、殿下が真面目な声を出した。
顔には変わらず微笑が貼りついているが、俯き加減のせいなのか、どこかアンニュイな雰囲気が醸し出されている。
普段は服で隠れている肩周りが晒け出されていて、華奢なのがよく分かった。
当たり前だが胸部装甲もディーと比べると心もとないので、背中に腕を回して力を入れたら、簡単にぽきりと折れるだろうな、と思うくらいの儚さだ。
「失望した?」
「え?」
平坦な中に、いくらか落ち込んだような色が混じったトーンで問いかけられて、目を瞬く。
主語がなかったが、殿下に、という意味だろうか。
まぁ、失望というと大袈裟に感じるが「この人が王太子で我が国は大丈夫だろうか?」という気持ちは年々高まってはいる。
だが別の人間を王にという場合、対抗馬はロベルトである。
どっちがマシかと言われれば、それはもう王太子殿下にお任せしたいに決まっていた。
若干その差が縮まっているだけで、まだ大差でリードしているのでご安心願いたい。
そして今後は国民を失望させるような行動は慎んでもらえればそれで良い。
たとえば、他人の部屋から盗んだ手紙を振りかざして言うことを聞かせるような所業とか。
「私は結局、ダイアナ王女を落とせなかったから」
「……そんなことでは失望しませんよ」
続いた殿下の言葉に苦笑する。
何だ、そのことか。
途中まではいい線行っていたと思うのだが……それで「あちら」に目覚めてしまったのでは、もうどうしようもない。
こればかりはディー本人も言っていた通り、向き不向きだ。
「殿下のご尊顔で無理ならば、誰がやってもダメでしょうから」
「きみはマリー王女をどうにかできたのに?」
ぎゅっとタイを締められる。
あれ、ちょっと。締めすぎではないだろうか。
「私、自分にはそれなりに男としての魅力があると思っていたのに」
「殿下、あの」
「こんなの、きみに負けたみたいじゃないか」
恨みがましい手つきで締め上げられて、殿下の肩をタップした。
締まる、締まる。
はっと気がついた殿下が、再びタイを緩めて整えはじめた。呼吸の心配がなくなって、ほっと胸を撫で下ろす。
やれやれ。その美しい顔をしておいて、王太子とかいうノーブルでファビュラスな設定を引っ提げておいて、私などにライバル心を燃やすと言うのはどういう了見だ。
まぁ、ここまで磨き上げてきたものが認められたような気分になるのは確かであるので、悪い気はしないのだが。
これ以上締め上げられては堪らないので、宥めにかかる。
「ご安心ください。殿下は魅力的ですよ」
「……本当?」
「はい」
「どのあたりが?」
面倒くさっ。
思わず本音を吐き捨てそうになった。少し優しくしたらこれである。
「私のこと好き?」「私のどこが好きなの?」とか詰め寄ってくる彼女か、お前は。