57.どうやら何かを間違えたらしい
「姉上!」
訓練を終えて片付けを手伝っていると、クリストファーが私のところに駆け寄ってきた。
今日は本当に、闖入者が多い日だ。
慌てた様子で走って来た彼は私の腕を掴むと、キッと目を吊り上げる。
ただでさえ可愛らしい彼がそんなことをしても怖くないどころか、愛らしさが増すだけだが。
「ぼ、ぼくの部屋、勝手に入りました!?」
「はて。何のことだか」
詰め寄る弟を、私は首を捻って躱す。
自分の荷物を持って、西の国の騎士たちに軽く手を振って挨拶をしてから足早に撤収する。クリストファーはそんな私の後ろを走ってついてきた。
「兄上からの手紙が無くなってました! そんなものを盗むなんて、姉上しか考えられません!」
「ひどいな。証拠もないのに私を疑うなんて」
しれっと言っておいたがもちろん犯人は私である。
隙を見て彼の寝室に忍び込み、手紙を回収しておいたのだ。驚くことにまだ2通も持っていた。
あんなものが2通もあったら、最後には私は舌を噛んで死ぬかもしれない。いや死にはしないが、気分的に。
幸い未開封だったので、このまま持ち帰ってしかるべき方法で処分する。私が、責任を持って。
主にお兄様に突き返すなどの方法で。
ちなみにそれ以外の荷物には悪さはしていない。出した荷物だってきちんと元に戻したし、漁った感じ特に見られて困るようなものは入っていなかったと思う。
どこぞの生臭聖女とは大違いである。
せいぜい、私とお兄様と三人でいるところを描いてもらった絵が入っていたくらいだ。
私が言えたことではないが、彼もなかなかにブラコンを拗らせている。
少々弟の行く末が心配になる。健全な男の子に育ってほしいと思っているのだが、いずれそういうことに興味を持つのだろうか。
姉の姿を見て女性に絶望していたりしないといいのだが。
私は相当なレアケースだという自覚があるので、もっと世間一般の女性を見て判断してほしい。
「結婚前の女性が、男の寝室に入るなんて! そんなの絶対ダメです!」
「男って……弟だろう?」
声を荒げるクリストファーに、私は軽く肩をすくめて見せた。
怒り慣れていないからか、クリストファーの怒りのポイントがズレている気がする。そんなことよりも泥棒の方を怒るべきだ。
「あ、姉上の、分からずや!!」
クリストファーが叫んだ。
急に大きな声を出すものだから、思わず目を見開いて彼を見つめてしまった。
今にも泣き出しそうな、涙をぎりぎり下睫毛に引っ掛けた状態の瞳で、私を睨みつけている。
「いつもそうやってぼくのこと、子ども扱いして! 姉上のデリカシーなし!」
甲斐性なし、みたいに詰られた。非常に不名誉だ。
やれやれとため息をつく。
たしかに手紙を取り上げたのは私が悪いが、元はと言えばそんなものを使って私に言うことを聞かせようとしたお兄様とクリストファーが悪い。
腰に手を当てて、彼を見下ろす。
「クリストファー、いいか。この際だから言っておくけれど、君の姉はたしかに他のご令嬢とは少々違う所がある。デリカシーもないかもしれない。だがそれも私の個性だ。いくら家族に言われたって、私には変えるつもりがない」
「……っ……」
「あまりお小言ばかり言っていると、侍女長のように眉間のシワが戻らなくなるぞ」
「き、兄弟だって、言うなら」
眉間を指でつついてやろうとした私の手を、クリストファーが振り払う。
これまで弟に拒絶されたことのなかった私は、一瞬反応が遅れた。
彼は唇を震わせながら、喉の奥から絞り出すように、悲鳴のように叫びを上げる。
「兄弟だって言うなら、ぼくの気持ちくらい分かってよ!!」
涙混じりの声を残して踵を返すと、クリストファーは走り去っていった。
ちらりと垣間見えた横顔には、堪えきれなかった涙が溢れていた。
泣かれると困ってしまう私は、咄嗟に追いかけることができずにその背中を見送る。
分かってよ、と言われても……私には彼がどうしてほしいのか、分からなかった。
分かったのはただ、どうやら何かを間違えたらしいということだけだった。