51.そういう「病気」です(リリア視点)
引き続きリリア視点です。
「先日、エドワード様がエリック様を抱き締めていらっしゃるのを見てしまってから、何だかおかしいのです」
ダイアナ様は宇宙猫しているわたしには気づかず、恥じらいながらも話し始めました。
「わたくし、エリック様のことはとても素敵な方だと思っていました。わたくしの我儘で呼びつけてしまったのに、おやさしくて……王女としてではなくて、わたくし自身の意見が聞きたい、なんて……そんなことを言っていただいたのは、わたくし初めてで」
ぽっと頬を染めるダイアナ様。
対するわたしの心はトゲトゲしていました。
ちょっと、エリ様。
話が違うんですけど。
ダイアナ様に嫌われるためにわたしのこと連れて来たんじゃなかったんですか? 何を好感度爆上げしてるんですか?
仮にも乙女ゲーマーのくせして好感度管理失敗しないでください。
そういうとこですよ、ほんとに。
「エドワード様も……以前とは違って、何だか角が取れたような……とてもやわらかい表情をしてくださるようになって……妹がお慕いしているお相手だと分かっていても、わたくし、何だかドキドキしてしまって」
ふぅ、とため息をつくダイアナ様。
その色っぽい仕草に、羨ましくなりました。わたしには出せない大人の色気です。
……いえ、でも負けませんけど!
「何となく、恋ってこういうものなのかしら、と。わたくしにもそういう気持ちが分かるのかしらと、そう思っていたのですが」
言葉を切ったダイアナ様に、先ほどの言葉が引っ掛かります。
そして、嫌な予感がします。
わたし……この展開、知っている気がします。
「あの時、わたくしやマリーには目もくれず、エリック様に駆け寄ったエドワード様を見て……今までに感じたことがないくらい、胸が締め付けられましたの」
「胸が」
「普段落ち着いていて、いつも穏やかなエドワード様が、切羽詰まったかのような焦った表情をしていて……対するエリック様は、驚きながらもどこか照れくさそうにそれを受け入れていらして……」
その時のエリ様の様子を思い出しました。
わたしも慌てていたので確かなことは言えませんが、完全に「何だこれ」という顔をしていたことしか思い出せません。
ダイアナ様、完全にフィルターが掛かってしまっています。
そういうものです。一度そういう目で見てしまったら、今までだったら何とも思わなかったことにすらバイアスが掛かってしまうものなのです。
そういう「病気」です。
「わたくし、思わず拍手をしてしまいそうになりました。お二人の友情がとても、とても尊くて、美しいものに思えて……わたくしの胸を打ったのです」
もう尊いとか言っちゃってますもん。
99%、いえ、99億%間違いないやつですもん。
そのあたりの語彙とか感性は万国共通みたいです。
「そして……帰りの馬車で話すお2人を見て、思いました。――お2人でずっと幸せに、暮らしてほしいと」
王女様の言葉に、わたしはどんどん遠い目になってしまいます。
おかしいなぁ。
ここは乙女ゲームの世界で、そのコミカライズの世界のはずなのに。
やっぱり「あれ」はどのジャンルにも現れて……そしてあっという間に広がっていく。
感染源がなくても、要素と素養を持った人間さえいれば、こんな風に生まれるものなんですね。何だか生命の起源を見た気がします。
いえ、生命と言うか、何と言うか。
「不思議ですね、こんな気持ち……知りませんでした。お2人が話しているのを見るだけで、こんなにも幸せで……満たされた気持ちになるなんて」
うっとりと頬を上気させて、恍惚のため息をつくダイアナ様。
その表情は完全に恋する乙女そのもので、どこか遠くを見つめる視線には確かに熱がこもっていて。
「この気持ちを言葉にするのはとても難しいのですが……わたくしの追い求めてきた『恋』に必要な気持ちと同じものが、そこにあるような気がして」
つまるところ、わたしが見たのは、生命の起源ではなくて。
「そう思ったら、気づいてしまったのです。わたくしはエリック様と恋をするより、エドワード様と恋をするより……仲良く過ごすお2人をずっと、見ていたい」
わたしははじめて見てしまったのです。
人が腐女子に堕ちる瞬間を。