私たちの可愛いお嬢様
第4章の「27.彼女がうんと言いさえすれば(エドワード視点)」の直後ぐらいのお話です。
侍女長がメインの三人称の番外編です。
エリザベスもメインキャラクターも出てこない系の番外編ですが、よろしければどうぞ。
実は活動報告にちょっとお知らせがありまして、そのご案内のために書いたお話です。
良いお知らせではないのですが、モブどれを応援いただいている方にはお知らせしないといけないなと思ったので……。
ご一読いただけますと幸いです。
「侍女長!」
「騒がしいですよ、マリー」
夜遅く、火急の用事から戻った侍女長の元に、一人の侍女が駆け寄った。
すでにマリーの勤務時間は終わっているはずだ。侍女長は自分が不在の間に何かトラブルでもあったのかと、眉根を寄せる。
「あの。今日王太子殿下がお見えになって」
「その予定でしたね」
「お出ししたお茶について聞かれたんです。それで、エリザベス様の話が出て」
興奮した様子で話すマリー。どうもいくつか話が飛んでいるようだ。
何故お茶の話から、エリザベス様の話になるのか、侍女長にはまったく見当がつかなかった。
「わたし、うっかり口が滑って。『どなたか貰ってくださる殿方が現れたら安心なのに』と申し上げたら」
「なんてことを」
「はい、すみません。お叱りは後でいくらでも受けるんですけど、問題はその後で」
マリーは侍女長の言葉を手で制してから、声を潜めて続けた。
「王太子殿下がおっしゃったんです。『彼女にその気があるのなら、こちらはいくらでも貰う気なんだけどね』って」
その言葉に、ピクリと侍女長の眉が動いた。
「……マリー。お仕えしている方やそのお客人のお言葉を不用意に他言するのは感心しませんね」
「ですけど、こんなの黙っているのは無理ですよ! エリザベス様、王妃様になってしまわれるかも……」
「マリー」
険しい声で名前を呼ばれて、反射的にしゃんと背筋が伸びる。口ごたえする気があっという間に消え去っていく。
この屋敷で働くものすべて……ともすれば、屋敷のご主人様たちでさえ……震え上がらせるほどの、凄みを持った声だった。
「貴女がお客人……それも王太子殿下のご冗談をまことしやかに吹聴したことは、黙っておきます。これ以上噂を広げるようなことをしてはなりません。ともすれば不敬罪で、貴女だけでなくバートン家の皆様にもご迷惑をおかけすることになるやもしれません」
「……はい」
「……そして、不敬のついでにひとつ、申し上げるのであれば」
侍女長はこほんとひとつ、咳払いをした。
「王家はエリザベス様とロベルト殿下との婚約を解消しました。つまり、エリザベス様は王家にとって不要と断じたも同然です」
「それは、まぁ、はい」
「それが今更になって、何だというのでしょう」
「え」
きょとんとした表情のマリーに、侍女長は低くゆっくりと、続ける。
その声からは、じりじりと焦げ付きそうな怒気が滲み出ていた。
「我々が願うのは、バートン公爵家の……エリザベス様の幸福。王家になど、私たちの可愛いお嬢様を、くれてやるものですか」
その言葉に、マリーは目を見開く。
自分の行いだって不敬かもしれないが……侍女長の――この、礼節と淑女の化身のような女性の言葉の方が、段違いで不敬なものだったからだ。
だいたいこのお屋敷でエリザベス様のことを「お嬢様」だなんて呼ぶのは、今となっては執事とこの侍女長くらいだ。本人の前では、そう呼ばないよう気を付けているらしいけれど。
「他言無用です、マリー。貴女が今日見聞きしたこと、すべて」
にこりと侍女長が微笑む。
今まで見た侍女長の表情の中で、もっとも恐ろしいものだった。
万が一他言でもしようものなら、クビになったほうがマシだと思うような目に遭うことを予期させる、そんな表情だ。
「よろしいですね?」
「はい!」
マリーは激しく首を縦に振りながら、これまでの人生で一番元気よく、返事をした。





