22.ここ十年で一番の出来
教官室に入ると、教官たちが机を囲んで何かを睨んでいた。
近づいて覗き込むと、何かイベントごとのチラシらしきものが机においてある。
日時は三か月後、場所は王立競技場。タイトルは……
「御前試合?」
「ああ。まぁ式典としちゃ候補生たちに隊列を組ませて行進させたり、剣技の型を披露したりもするんだが、メインはそれだな。陛下もご覧になっている前で、西と東の訓練場対抗で親善試合をするんだ」
「向こうのほうが身分の高いお坊ちゃんが多いからな。もともと家庭教師を雇っているような家の出身者がほとんどで、ここんとここっちが負け越してる」
「だが! 今年は違うぜ!」
グリード教官が机を叩く。普段はどちらかというと脱力系なのだが、今日はやけにやる気だ。
教官室でポーカーに興じているところも見るので、勝負事が好きなタイプなのかもしれない。
「地獄の扱きに耐えた候補生たちはここ十年で一番の出来だ。勝てる。今年は絶対に勝てる」
「なんだかワインみたいな言い方ですね」
適当な椅子を引いて、腰かけた。何の気なしに制服の袖を見ると、ボタンが取れかけている。
こういう小さなところは、洗濯に持っていってしまうと忘れがちだ。
直さないまま次回着てしまって、ああ、そういえばと思い出すことが多い。忘れないうちにつけ直さなければ。
「おい、隊長。ちゃんと聞けよ」
誰が隊長だ。
候補生たちにつられて、気づくと他の教官たちまで私のことを「隊長」と呼ぶようになっていた。
だから、何の?
仕方なしに、チラシに目を向け、妙にやる気の教官たちを見る。
円滑に仕事をするために、たまには上司の雑談に付き合ってやることにする。
「勝つと何かあるんですか? 賞金とか」
「いや、特にはないが」
「へー」
ボタンって、どうやってつけるんだったか。前世でやったことがあるような気もするが、思い出せない。
ちなみに公爵令嬢はボタンなど自分でつけないらしい。
淑女教育で習ったのは刺繍ぐらいだったし、絵心も根気もない私にはそもそも適性がなかったな。
「一気に興味を失うなよ……」
「意外と俗っぽいよな、隊長」
意外と言われても、私ほど世俗にまみれた人間はそういないと思う。
おそらく「人望の公爵家」の人間だからバイアスがかかっているのだろうが、そういうのはお兄様にだけお願いしたいところだ。
「隊長にかかってるんだぞ、やる気出してくれよ」
「そう言われても、私が出るわけじゃないですから」
私がやる気を出したとて、実際試合をするのは候補生たちだ。
私のやる気より、そちらを優先した方がはるかに効率がよさそうである。
ぼんやりボタンを眺めていたが、ふと一つ良いアイデアを思い付いた。
「……勝ったら、ひとつお願いを聞いてもらえますか? それならやる気、出しますけど」
「お願い?」
グリード教官の眉間に皺が寄る。乗ってやったら乗ってやったで疑うような目で見られた。心外だ。
まぁ、やる気を出すとは言ったが勝つとは言っていないのだけれど。
こういうところを見透かされて、疑われている気がする、
他の教官たちも、急に興味を持った私を怪訝そうな目で見ていた。
「お手柔らかに頼むぞ。バートン家のお嬢さんが欲しがるようなもの、俺たちには買えないぜ?」
その言葉に、私はにやりと口の端を上げる。その心配はない。
私が欲しているのは、私は持っていないけれど、彼らなら持っているかもしれないものだ。
「大丈夫です。高いものじゃないので」





