3.刺激が強すぎます(リリア視点)
今回からリリア視点が少し続きます。
教室に着き、席に座るエリ様の後姿を見つけました。前髪を確認してから、声を掛けます。
「お、おはよう、ございます!」
「あ、リリア」
エリ様が頬杖をついたままこちらを振り向き、ふにゃりと笑った。
今まで見たことのない、無防備な笑顔でした。
「おはよ」
その声は、いつもの完璧にかっこいいエリ様とはどこか違っていて。
角のない、どこか気の抜けたような……気だるげなような、それでいてどうしようもなく、甘い。そんな声で。
表情も相まって、とんでもない色気を感じます。むんむんです。
そう。まるで朝目覚めた時、隣にいる女の子に向けられるもののようで。
妄想力豊かな私は、白いシーツに包まってベッドに寝転んだまま、上半身をはだけさせたエリ様が私に微笑んでくれている光景を幻視しました。
エリ様の様子に、背後からほうっとため息が聞こえます。
振り返ると、クラスの女の子たちが頬を染めてこちらを……エリ様を凝視していました。
いけない。慎ましいご令嬢方には刺激が強すぎます。
これは、CER○Cどころの騒ぎじゃありません。R18です。
「え、エリ様、ちょっと、こっち」
「ん? どしたの?」
くいくいと袖を引くと、エリ様は不思議そうに首を傾げながらも着いてきてくれました。
廊下の隅っこまで引っ張ってきて、彼女に詰め寄ります。
「ど、どど、どうしちゃったんですか、その髪! あと、その顔と、声!」
「髪? ああ、セットせずに来たんだけれど。変かな?」
「いえ、死ぬほどイケメてますけど」
「ふふ、ありがとう」
ふっと優しく微笑まれてしまいました。
いつもの余裕たっぷりの微笑みとも、私に愛おしそうな眼差しをくれるときとも違う。
やはりどこか気だるげで、優美で、妖艶でした。
何これ。全方位型イケメン砲かな? 殲滅兵器かな?
「ほ、ほんとにどうしちゃったんですか、エリ様! 養殖ジゴロが天然ジゴロになってますよ!?」
「養殖ジゴロって、何」
わたしの言葉尻を捉えて、エリ様が首を捻る。養殖は養殖です。
「ひ、表情も、声も、いつもと違う気がするんですけれど!」
「うーん、どうだろう。ちょっと気が抜けているかも。燃え尽き症候群ってやつかな」
「も、燃え尽き症候群……?」
「何というか……ずっと君に攻略されることだけ目指してきたから。自分でも次にどうしたら良いのか、考えあぐねているところで」
エリ様が軽く肩を竦めます。話し方も、普段の紳士っぽいものより、ちょっと自然な感じがしました。
これは、これで。ええ。これはこれで。
「まぁ、ほら。私のこういう姿を見たら、君も幻滅して攻略を諦めてくれるかもしれないし」
「いえ、むしろラブが募ってますけど。キャントストップラビニューですけど」
「女の子って難しいなぁ」
困ったように笑うエリ様。いや、あなたも女の子のはずなんですけれども。
「早めに幻滅しておいた方が君のためだと思うんだけど……ほら。新しい恋を見つけた方が、真実の愛とやらに近づけるかもしれないだろう?」
「それが、不思議なことに……『星の観測会』以降、聖女の力が強まっていまして」
わたしは自分の手を見つめます。
あの日以来、身体の中に巡っている「力の流れ」というものが分かるようになっていました。
単純に命の危機だったからかもしれないけれど……
性別に関係なく、目の前のこの人を愛しいと思ったから。利害に関係なく、ぼろぼろになって戦うこの人を癒したいと思ったから。
そういう「真実の愛」っぽい感情を抱いたからなのではないかと、わたしは考えています。
今なら、捻挫やたんこぶくらいまでは自分で治せるかもしれません。
「むしろ、振られてさらに強まった感じがあるんです。つまり、諦めないのが真実の愛なのでは、と」
「いや、それは世界が『力はやるからこいつはやめておけ』と言っているんじゃないかな?」
エリ様がまた苦笑いした。