68.だってこんなにも、顔が可愛い。
「皆も心配していたよ。早く戻ろう」
「あ、はい、あの」
「ん?」
「じ、実は、足を挫いたみたいで」
「足? 見せて」
リリアの靴を脱がせる。確かに足首が腫れあがっていた。そうそう、これが主人公力である。
とすると、ここまでは乙女ゲームの筋書き通りだ。
ロベルトは彼女を背負って夜通し歩いてロッジまでたどり着くし、他の攻略対象の場合は2人で夜を明かすことになる。
私の場合、登山道への戻り方も覚えているし、彼女を抱えてロッジまで行くのは難しいことではない。
リリアが足を挫く展開を知っていたので、ハンカチを裂いて包帯代わりにする方法も予習済みだ。
手際よく手当てをする私を、リリアは俯き加減でじっと見つめていた。
「とりあえず固定はしたけれど、動かさない方が良い。私が運ぼう」
「で、でも」
「大丈夫。リリアは羽のように軽いから」
立ち上がって微笑んで見せるも、リリアはまだ俯いたままだ。
「ば、バートン様」
彼女の小さな手が、私の服の袖をぎゅっと握っていた。
リリアは顔を上げ、意を決した表情で私に言う。
「あ、あの! ……この前は、すみませんでした!」
「リリアが謝る必要はないよ。私が悪かったんだ」
「い、いえ! わたしが、か、勝手に……勘違い、してたのに。勝手に、……傷ついた気になって。ば、バートン様の気持ちも、事情も、何も、ほんとなにも、知らずに」
リリアが目を伏せ、苦しそうに胸を押さえる。
もし本当に私の事情を知っていたら、きっとリリアは今そんな表情をしなかっただろうな、と思った。
知らない方が良いことも、世の中にはある。知らない方が幸せなことも、だ。
「わたし、いろいろ考えたんですけど! 男とか、女とか関係なくて! だって、バートン様がかっこいいことは、変わらないから!」
リリアが私を見つめる。彼女は顔を上げて、私を見ていた。
琥珀色の瞳が、まだわずかに涙で潤んでいる。
それでも彼女は、私から目を逸らさず……叫ぶように、絞り出すように、言葉を紡ぐ。
「友達がいないわたしを助けてくれたのも、学園で上手に振舞えるように教えてくれたのも、……出来るよって、頑張ろうって言ってくれたのも。なりたいわたしになれるって、言ってくれたのも。ぜんぶ、ぜんぶ……他の誰でもなくて、バートン様だから」
リリアの口から出る言葉は、ゲームの中で攻略対象に向けられる台詞とも、主人公のモノローグとも違っていた。
だからだろうか。
彼女が私を「攻略対象」ではなく、一人の人間として見ているような気がして。
私も彼女を、主人公ではなく、一人の女の子として見なければならないような気がして。
初めて、一抹の罪悪感が胸を掠めた。
こんなに一生懸命で、素直で可愛い女の子を騙してまで、ひたすら利己的に幸せを追い求めることは、本当に幸せに繋がっているのだろうか。
そもそも、騙す必要などあるのか? 普通にふたりで、しあわせに暮らせばよいのではないか?
涙の浮かんだリリアの大きな瞳を覗き込んでいると、だんだんと脳が揺さぶられるような感覚に陥る。
そうだ、私だって、騙すつもりで近づいて、いつのまにか彼女に本気になっていたりしたのでは? 何か心のどこか、片隅のほうで。いや知らんけど。
だってこんなにも、顔が可愛い。