65.乙女ゲームの世界機構
迎えた「星の観測会」当日。
目の前にあるのは、制服で集合なだけあって特別な装備がなくとも登れそうな、ちょっとしたハイキング程度のなだらかな登山道だ。
木々はそこそこの密度で生えているが、見通しが極端に悪いわけでも、霧が出ているわけでもない。道幅もそこそこ広く、足元もきちんと整備されている。
この山で遭難というのは、少し無理がある設定ではないだろうか。
私とリリアは挨拶と視線は交わしたものの、それ以上の会話はしなかった。
リリアの様子を確認する。背中を丸めて俯いていて、元気がない。
一番最初に会った頃、教室で縮こまっていた姿を思い出す。
最近は背筋――は怪しいが、少なくとも前を向いていた。
ずいぶん成長していたんだな、と思った。
今年は全学年合わせて60名程度が参加していた。4つの班に分かれて登山することになる。
乙女ゲーム的な事情で、私たちの班には攻略対象たちが勢ぞろいしていた。
当たり前のように班長になった王太子殿下を先導に、纏わりついてくるロベルトを引き剥がし、早々に息が上がっているアイザックをからかい、クリストファーと以前森で見たうさぎの話をしながらハイキングコースを登っていく。
誰かと話しながらも、ちらちらとリリアの姿は視界に入れていた。
ゆっくりではあるが、アイザックより体力があるくらいで、ちゃんとついてきているのを確認していた。
だから安心していた。
こんなのどかなハイキングコースではぐれてしまうなんて、まさかと思っていた。
私は侮っていたのだ。
乙女ゲームの世界機構、強制力と言うやつと――リリアの、主人公力を。
リリアがいなくなったことに気づいたのは、王太子殿下だった。
そろそろ休憩をしようとの声に立ち止まると、不思議そうな顔の殿下が近づいてくる。
「リジー。リリア嬢は?」
「え?」
言われて振り返ってみると、リリアの姿がない。
そんな馬鹿な。さっきすぐ後ろをついてきているのを確認したばかりだ。
一応周囲の気配にも注意していた。リリアが音もなく消えたのでなければ、気がつくはずだ。
こんなもの、手品か――さもなくば、神隠しだ。
「ちゃんと見ていなかったの?」
意外そうな声に、僅かに責めるような色が含まれているような気がした。私としてはぐぅの音も出ない。
見ていたつもりだったが、結果がすべてだ。申し開きのしようもない。
とりあえず、すぐに追いついてくるかもしれないということで少し待ってみることになった。
だが10分待てども20分待てども、リリアは現れなかった。
最初は雑談していた班のメンバーたちも、次第に口数が少なくなっていく。
30分経つ頃には、全員が無言になっていた。
リリアは聖女である。単にはぐれただけの可能性も十分ある――し、実際のところはそれが真相なのだが――が、何らかの事件に巻き込まれた可能性もある。
それほどまでに忽然と消えてしまったのだ。
皆口にはしないが、どんどんと悪い方向に考えが進んでいるのが分かった。
しん、とあたりが静まり返る。
私はイベントが発生したことを理解した。