40.思春期男子、お姫様抱っこで往来を行く
「おい、アイザック! そっちは植え込みだ!」
「む」
「アイザック! 足元を見ろ! そこは用水路だ!」
「む」
「アイザック!!」
あ――――もう!!
イベントを阻止するため、翌朝学園に行く時にアイザックを拾っていったのだが、馬車を降りて3歩進む度にやれ植え込みだ用水路だに向かっていくので私は早々にキレた。
最近はリリアの手前我慢しているが、本来私は気が短いのである。
「もういい、私が運ぶ。君は大人しくしていてくれ」
「は?」
彼の膝の裏に腕を差し入れ、ひょいとアイザックを横抱きに抱き上げた。
細身なだけあって、この身長の男子としては軽い方だろう。殿下といい勝負かもしれない。
「え!? は!?」
「文句を言うなよ。この方が早い」
私の顔と周囲に交互に視線をやるアイザックに、私はふんと鼻を鳴らした。
この調子で彼を自由に歩かせていたら、教室に着く前に日が暮れてしまう。
「大丈夫。殿下もよく抱き上げられているから」
「どうしてお前が王太子殿下を抱き上げる事態になるんだ?」
眉根を寄せるアイザックに、私は沈黙で返した。
どうしてかは私が聞きたい。
アイザックを抱いて廊下を進んでいくと、人並みが割れていく。気分はモーセである。
この学園、誰かが抱かれているときは道を譲らなくてはならない校則でもあるのだろうか?
まだ始業には時間があるが、廊下や教室にはそこそこの生徒がすでに集まっている。
雑談をしていた生徒たちは皆私たちに目を向け、何やらざわざわと騒いでいた。
「……いっそ殺してくれ……」
アイザックは両手で顔を覆っている。耳まで真っ赤だ。
このまま教室に行ったらどのみち誰だか分かるわけだし、顔を隠してもあまり意味はないと思うのだが。
「仕方ないだろう。これが一番効率が良い。好きだろ、効率的」
「効率とかの話じゃない……」
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだ。堂々としていたら気にならないぞ」
「恥ずかしくない方がおかしいんだ!」
力説された。
まぁ、アイザックも思春期男子、お姫様抱っこで往来を行くのは恥ずかしいのかもしれない。
お兄様だっていつの頃からか「誰かに見られたら本気で婚期が遅れる気がする……」とか言って緊急事態以外は背負われてくれなくなったしな。
「……分かった、じゃあこうだ」
アイザックを地面に立たせると、彼の手を取る。
「え」
「手を引いてやるからついてこい。これならいいだろ?」
「あ、ああ」
「ちゃんとついてこいよ。次に何かあったら今度は担いで行くからな」
よほど恥ずかしかったのか、アイザックはまだ顔を赤くしている。握った手も熱いし、何よりじっとりと湿っていた。
「君、手汗がすごいぞ」
「今それどころじゃない」
教室に着くと、すでに登校していたご令嬢が私たちを見てはっと息を呑んだ。
誰も声を掛けて来ないが、ご令嬢たちの何とも言えない生暖かい視線がアイザックに向いている。
詳しい事情は知らないが、何故かアイザックはクラス内で寂しがり屋の愛されキャラ認定をされていて、友達と仲良くなることを応援されているようなのだ。
彼は視線から逃げるように、頭を抱えて俯いていた。
なるほど。彼にしてみればこれは確かに恥ずかしいかもしれない。
リリアはまだ登校してきていないようなので、それまでに収拾がつくなら私は何でも構わないのだが。