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12.戦争がこんなに悲しいものだとは

 晴れた昼下がり。私とリリアは裏庭のベンチに腰掛けて、木漏れ日を抜けて届くのどかな光を浴びていた。

 授業が終わった後、リリアに誘われたのだ。


 アイザックは今年からメンバーになった生徒会の仕事に行ったし、ロベルトは最近王太子の名代としてこき使われているらしく、護衛に引っ張られて王城に帰って行った。

 正真正銘、ふたりきりである。


 彼女に導かれるまま着いてきて、裏庭のベンチが目に入った瞬間、私は脳内でぽんと手を打った。

 これは手作りお菓子のイベントだ。

 

 王太子殿下のイベントで、たまたま「秘密の場所」であるベンチで王太子殿下と行き会った主人公は、ときどきそこでおしゃべりをするようになる。


 平等を歌う学園と言えど、誰かの前では話すことすら憚られるような身分の差があるふたり。

 「秘密の場所」で逢瀬を重ねていたある日、主人公は自分で焼いてきた手作りのクッキーを差し出すのだ。

 手作りのお菓子という素朴なものなど口にしたことがなかった殿下は驚きつつも、そのやさしい味わいに主人公を感じ、「また作ってきてね」と次の約束をする……とか、だいたいそんな流れだ。


 肝心の王太子殿下がいない今、彼のイベントは誰のものでもない、宙ぶらりんの状態だ。殿下のものは私のもの状態である。

 リリアもそこに目をつけて、私とそのイベントを起こそうというのである。

 それはすなわち、リリアがこの乙女ゲームのイベントを利用して、私の好感度を上げようとしていることにほかならない。


 もちろん私は喜んで乗っからせていただく。

 どんな選択肢でだって、好感度がものすごく上がったような反応をしてみせる。


 リリアがどう出るかを窺っていると、彼女は意を決したようにこちらに身体を向けた。


「あ、あの。ば、バートン様は、こういったものをあまり召し上がらないかもしれないのですが」


 ばっと、ワックスペーパーの包みを差し出してきた。


「く、クッキーを焼いてきたので、よ、よろ、よろしければ、いかがですか!」


 ゲームの中の主人公の台詞をなぞりながら、リリアは頭を下げた。

 包みを受け取って、開く。おいしそうなクッキーが姿を現し、ふわりとバターの香りがした。


 彼女に「手作りなんです」と言って差し出されたら、たとえ炭でも笑顔で齧る自信があった。

 そう。どんなものでも「おいしいよ」と微笑む自信があった。


 なので、内心で「意外と肝が据わっているんだな」と思いながらも、私は微笑を崩すことはない。

 ワックスペーパーに押されている焼印に、見覚えがあったとしても、だ。

 これが下町の小さなパン屋さんで売っている、手作り感が売りの素朴なクッキーだと知っていても、「おいしいよね、これ!」とか、言ったりしないのである。


 そもそも正直なところを言ってしまえば、私は「手作り」というものに対して特に何の感情もないのである。

 手作りかどうかより、おいしいかどうかの方が重要だ。


 わざわざ手作りと偽らなくても、自分の好きなお菓子をあなたのために買ってきました、とか言われたら、物珍しさもあってノーブルな攻略対象たちは十分喜びそうなものだ。

 私だって、おいしいものを食べてもらいたいと選んでくれたことを知ったら大いに喜ぶだろう。


 だが、乙女ゲームの世界では、やたらと「手作り」が重要視されがちだ。

 それが本当に男性は手作りをすべからく喜ぶものなのだからなのか、はたまた手作りを喜んでほしいという女子の希望が具現化されているのかについては、私には分からない。


 乙女ゲームの主人公はお菓子作りや料理が出来るのがデフォルトだからそれでいいのかもしれないが……本人が「何も出来なくていい」と言われ続けていたといっていたし、リリアはそちら方面のチート能力的なものは持っていないようだ。


 無理もない。この世界、電子レンジも電気オーブンもないのだ。

 もちろん、便利なお料理サイトもお手軽な手作りキットもない。

 細かいところを言うなら、調味料や小麦なんかもおそらく前世で売っていたものより純度が低い。


 たとえ前世で腕に覚えがあったとしても、ちょっとやそっと練習したくらいでは、まともなものは作れまい。

 腕に覚えがなければ、なおさらだ。


 ちなみに私の今世での得意料理は、「川魚を何匹かまとめてそのへんに生えてるデカめの葉っぱで包んで焚き火で蒸し焼きにし、塩をかけたやつ」だ。


 遠征訓練のときに振る舞ったところ「食べられるだけありがたいという自己暗示が必須」「これを美味しいと感じる精神状態はヤバいという指標」「戦争がこんなに悲しいものだとは知らなかった」など、期せずして戦争の抑止力となってしまった。

 食べ物でSAN値チェックしないでもらいたい。


 彼女もおそらく失敗したか諦めたかで、イベントを再現するための苦肉の策をとして「既製品を手作りだと偽る」という選択をしたのだろう。

 彼女は悪くない。炭を笑顔で食べるよりもよほどいいし……普通の公爵家のご令息なら、下町のパン屋のクッキーなんて知らないものだ。

 ノーブルでファビュラスな攻略対象の反応としても、知らない体でいくのが正解だろう。


なんと! レビューを書いていただきました!

誰かにおすすめしたいと思ってもらえるというのは、とても幸せなことだと思います。

この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございます!

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