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かの姫君、婚約破棄はいたしません

作者: ゆいと

 


 大小様々な国々がある中、唯一別格として扱われる国。

 その名を「サンクトゥス」という。

 サンクトゥスには竜の血を引く一族がおり、その者たちが国をまとめている。

 人間よりも優れた能力をもつ一族は国として隔離することで、人間に危害を加えず、人間に害されずの距離を保ってきた。

 かの王族は妙齢の者がいる場合、人間の国から婚約者を選ぶことがある。

 クリフォードは大国グリースの第二王子。十歳の時にサンクトゥスの国より全世界へ二歳年上の姫君が公表され、あれよあれよと人間の国の婚約者と言う名の生贄となっていた。


 クリフォードは何故自分が、などと言う疑問は幾度となく抱いたし、父である国王へも何度も伺ったが明確な答えなど得られたことはない。

 世界に数多ある国の中で目に見えぬ取引があり、運悪く選ばれた、それだけだとわかってはいても納得はしていなかった。

 サンクトゥスへ姫、ないしは王子を嫁がせることは国にとっては利益と誉しかない。

 しかし嫁いだもののその後について、あまり語られることがないからわからないのだ。

 噂に聞くには冷遇はされていないようだが、真偽のほどは不明である。


「クリフォード様」


 愛らしく笑う彼女の髪は白に近い金色で、光が当たれば光そのもののような輝きを放つ。

 真っ直ぐにストレートな髪はサラサラと指通りが良さそうで、腰までの長さがありながらまったく絡まってはいなさそうだ。

 彼女ことが、サンクトゥスの姫君であらせられるスヴェトラーナである。



 クリフォードが十六になり、サンクトゥスへ行く期限が残り二年となった頃。

 突然サンクトゥスから自分の婚約者殿が御遊学へいらっしゃった。

 なんとクリフォードに残された自国でのあと二年、かの姫君もこちらで過ごすと言う。

 住居もサンクトゥスの手の者が貴族街の一角を買い上げ、クリフォードの通う学園への入学手続きも終わってからの事後報告であった。


 クリフォードは顔が整っているし、成績も優秀な方だ。

 ただ彼には難点がある。

 クリフォード第二王子は大変女性好きであると、知らぬ者がいない程浮名が流れているのだ。

 王家としても何度もクリフォードを諌めてはいたが、女性との問題は起こしていないと右から左に流される。口が上手く政務も問題ないため、見逃されていた結果、サンクトゥスの者にまで話がいってしまったのだろう。

 婚約者を見極めるため、わざわざ自国から滅多に出ないとされる王族がいらっしゃった。

 それが周りの見解であった。


 サンクトゥスの姫君がいてもクリフォードはあまり変わらなかった。

 婚約者としてのご機嫌伺いのプレゼントや文、舞踏会などへのエスコートは最低限行われていたが、学園での彼の行動はあまりよろしくない。

 クリフォードが卒業の年になると、彼は平民の特別編入の少女と過ごすことが増えた。

 サンクトゥスの姫君の前でこそその姿は見せてはいないが、姫君の耳には確実に入っているだろうに、愚かにも益々少女との時間は増えていく。


 卒業のその日に、二人で駆け落ちでもするのではないかという噂が学園内には飛び交っていた。


 卒業パーティー当日、いつものようにクリフォードはスヴェトラーナをエスコートしていた。

 そしていつものように周りへ挨拶、一曲を儀礼的にこなすと、クリフォードは自然と離れようとする。

 スヴェトラーナは視界の端にかの平民の少女を捉え、クリフォードへ微笑んだ。


「クリフォード様」


 キラキラと輝く金糸の髪は卒業パーティーの為に複雑に結い上げられている。

 周りが見惚れるこの美貌を前にしても、クリフォードの態度は他のものへ対するそれと変わらないのだ。

 わかっていて呼び止め、いつもはそのまま見送るスヴェトラーナは、クリフォードの手を離さない。


「どうしました、我が姫君。どこかお加減が優れませんか?」


 言外に、用がないなら解放するように言っている。

 昨日までの粛粛と従うスヴェトラーナならば離していただろう。

 しかし今日この日から、スヴェトラーナは殻を捨てると決めていた。


「クリフォード様、私、気分が確かに優れません」


 はっきりとした返答に周囲の人が騒つく。

 貴族は皆、アクシデントや修羅場などが好物な者が多い。

 このあとどうなるか、楽しみにしている者の好奇の視線が突き刺さる。

 クリフォードはその視線に慣れているが、かの姫君をそんな場所に置いてはおけない。

 不自然にならないよう、控え室へ移動させようとした手はスヴェトラーナその人にはたき落とされた。


「私、クリフォード様の評価をこのままにして、国へ連れ立って帰るようなことはいたしません」


 ざわついていた周囲がシンとなる。


「クリフォード様は、私との婚約を恙無く解消されたかったようですが、婚約解消はいたしませんし、支度とご挨拶がすみ次第、サンクトゥスへ来ていただきます」


「……なぜですか?」


「なぜ?私はクリフォード様、あなた様しか伴侶として迎える気はないからです。

 あなた様について知るため、こちらへ留学させていただきましたが、やはり私の目に間違いはないようです」


 周りがクリフォードとスヴェトラーナのやり取りを固唾を飲んで見守る中、一人だけ異論を唱え割り込む。


「待ってください!クリフォード様の事を思うなら、今一度お考え直しを……!」


 クリフォードとスヴェトラーナの側に来て膝をついて懇願する少女こそ、クリフォードとの仲を囁かれる平民、ミリアである。

 クリフォードはミリアがスヴェトラーナへ話しかけたことに驚いていた。

 そして直ぐにその不敬についてスヴェトラーナへ謝罪する。

 スヴェトラーナは不敬ではないとして、発言を許した。


「クリフォード様、あなたは罪深い方ね」


 そして憂いたように目線をミリアへ向ける。


「私から婚約の破棄をさせるように、好いてもいない女性をその気にさせるだなんて」


 スヴェトラーナの発言を聞いたミリアは信じられなかった。クリフォードと自分は想いあっているし、ミリアと出会ってから彼は他の女性との話は全くと言ってなかった。スヴェトラーナに割かねばならない時間以外は、ミリアを優先して考え動いてくれていた。

 信じられずクリフォードを見れば、彼はただ少し困ったように笑んでいるだけ。

 ミリアはそこで初めて、本気なのは自分だけだと気付いた。

 知らず涙が出るミリアへ、スヴェトラーナはハンカチを渡し従者に彼女を移動させる。

 周囲の目は変わらぬまま、スヴェトラーナはクリフォードを批判する。


「夢を見せたままでは、彼女も進めないでしょう。それを考えて身分ある方ではなく彼女だったのでしょうが……私としてはそれは許せるものではなくってよ」


「……では伺いますスヴェトラーナ様、どうすれば良かったのでしょう?」


 困ったように作った表情をしているが、あまり内心困ってはいないのだろう。

 きっと内心で舌打ちしてるに違いないと思いつつ、スヴェトラーナは返答する。


「どうすれば私の婚約者にならずにすんだのか、という疑問であれば、クリフォード様が五歳の時遠乗りをし、偶然竜などに出会わなければですわね」


 予想外の言葉だったのか、初めてクリフォードが目を見開いてスヴェトラーナを見る。


「お転婆などこぞの姫君が、そこでクリフォードと言う名の王子様に出会わなければ、この縁は結ばれておりません


なのでいくらあなた様が、お兄様とこの国を支えたいがために浮名をながしお兄様の地位を盤石なものにしようと、冷徹で最低な男を装い不敬にならない程度の嫌な態度であろうと関係ないのです」


 もっとも、最低さを装うならば最低限を超えるべきですし、義務的なプレゼントを、毎回私が喜ぶような物を選ぶ必要もありませんけれど。そう付け加えながらも嬉しそうな彼女の握りしめる扇子も、アクセサリーも、彼女に似合うようクリフォードが選んで贈った物である。どうせ送るならと相手の事を考えている時点で、クリフォードは間違えている。


「郷に入らば郷に従え、との言葉が私の国にありますので、この二年間はこちらの女性を見習い大人しくして参りました」


 スヴェトラーナは放心するクリフォードの手を取り、両手で包む。


「クリフォード様の事、更に好きになれました。どうやら本当に好いた方はいないようですし、オイタは一線を超えていないご様子。でしたら……


 あとは私の国で、私を好きになってもらうだけですわね」


 にっこり笑うその姿は、年上に見えぬほど無邪気なものである。

 しかし続く言葉にやはり彼女はあのサンクトゥスの姫君だと皆が実感する。


「でも私、実はとっても嫉妬深いのです。なので貴方と親しくされる方がまた現れたら、きっと噛み殺してしまうでしょうね」


 クリフォードはここでようやく逃げ道はない事を悟った。

 どうやら本当に、これからは彼女のことを考える時間しかえあたえられないようだ、と。











尻に敷かれる未来しか見えない。


設定ふわふわです。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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