第1話ー8
「じゃあなあんちゃんたち! 助かっちまったぜ!」
男は豪快に笑うとイグニス達を下ろし、男自身の目的地へと馬車を走らせていった。
「さあ、着いたぞ」
ユオの言葉とともに、イグニスは辺りを見渡した。
なかなか賑わっている街だ。たくさんの人、店、露天商など。
イグニスはこの街の様子を見て、改めてここが異世界だと認識した。服、物、人。それらのあらゆる全てが元の世界と違う。皆、中世風の服や、鎧をつけている者もいる。
前世では一応、小学校には通ったことがある、途中から、虐待が苛烈になっていって、学校に行かせてもらえなくなっていったが。だから、外の世界は知っている。
「とりあえず、何か食べに行こう。大丈夫、お金は教会から持ってきてある」
そういうとユオは重そうな小袋を取り出した。その中から、一枚の金貨を取り出した。
「これが通貨だ。この通貨は世界共通で、どこでも使うことができる。・・・ああ、後で通貨の種類と物の買い方とか・・・あと、高そうな店の基準とかを教えてあげよう」
そういうと、ユオは辺りを見渡した。
「そうだな・・・あの店なんかいいかもしれない。行こう」
そして、ユオとイグニスは店へと向かっていったのだった。
店の中も日本とは大違いだった。ビールは、中くらいの樽のような器でできている。さらに盛り付けられた料理も、随分と雰囲気が違う。呼び鈴も面白い形をしている、銀のベルを鳴らして手を上げる、といった呼び方だった。ただ、店によっては声で店員を呼ばなくてはならないらしいので、イグニスは少しだけ抵抗感を抱いた。
イグニスはフードを深くかぶり直した。言葉を出すのに、非常に抵抗感がある。前世で、なるべく親の気分を損なわないようにじっと黙って端で座っていた影響だろうと察する。その上、この整った顔も非常にコンプレックスになっている。
不思議なことだった。拷問を受けていた時間の方が長いはずなのに、前世の方が精神に影響を及ぼしている、なんて。
食事が来るまでの間、イグニスはここで一通りの通貨の額と使いかたを教えてもらった。
「ちなみに、通貨を手に入れるには魔物を倒して素材を集めて店で売るのが基本だ。ただし、冒険者は基本的に「依頼受託所」という場所で依頼を受けることができる。その依頼を遂行すると、お金がもらえるからな。危険度によって金額が変わる。・・・君はある程度は強いが、きつい依頼を受けすぎない方がいいだろう。君の体も心配だが、何より闇属性であること・・・下手したら、「あれ」であることもばれてしまう」
「あれ」とは、悪魔のことだろう。確かに、こんな公共の場で悪魔と口にするのは危険だ。
「お待たせしました! フレイムラビットとミズクサの盛り合わせと、風のエレメンタルスープです」
「ああ、ありがとう」
ユオが答える。
料理は、見たこともないほど豪華だった。いや、一般的には豪華というほどではないだろうが、少なくとも前世で食べたものや教会で食べていたものほど安いものではない。
イグニスはなんとなく、前世のことを思い出した。食べていたのは学校給食と親の食べ残しだけ。食べ残しですら、ありつけない日もあった。土日は、空腹との戦いでもあった。
イグニスは他にも色々と質問をした。些細なことから大きなものまで、気になったことを片っ端から聞いていった。ユオも、それに対して全て答えてくれた。
例えば、この世界の命の概念。元の世界よりかは、重要視されていないらしい。そして基本、死んだら火葬するそうだ。時に、当たり前のように命の奪い合いも起こるそうで、警察のポジションに国の警備隊や王国の騎士団などが入るらしい。
この街はどうやら「国」ではないらしい、ただの街なのだそうだ。それもなんだか変わっている。
「そうだな・・・。せっかくだし、依頼受託所に行ってみようか。そこで、簡単な依頼を済ませてみよう。まあ、お試しに、ってことだ」
イグニスはそれに同意した。
食事を終え、会計を済ませると、二人は街を歩き出した。
「えーっと、依頼受託所は・・・お、看板だ」
ユオは看板を指差した。
「基本的に地図がない時は、こんな感じで看板を見るといいよ。初めての場所なんかそうだね。もしくは、店の人に聞いてみるといい」
そうして、二人は依頼受託所へ行った。
受託所は人で溢れていた。基本的に、戦いの装備をした者が多い。魔法使いらしき者から、大剣を背負った者までいる。
「あんな感じの大きな大剣っていうのは基本的に、魔法を使って力を強化して持っていることが多いよ。・・・ああ、そうだ」
イグニスの視線の先を見て、ユオが説明を始めた。視線の先には、頭の上に耳が生えているひとがいた。
「この世界にはいろんな種族がいるんだ。体の小さな者から、大きな者もいる。獣人も亜人もいるし、龍の血を継いでいる者も、珍しいがいる」
イグニスは感心して辺りを見渡した。確かに、そう言われてみるといろんなひとがいる。そして、看板が四つある。
「この看板は依頼の難しさによって分けられている。俺たちが見ようとしている看板は、初級看板だ。あまり、難しくない依頼が並んでいるよ」
段々と人がはけていった。ついにイグニス達が、看板の前にたどり着く。
「できそうな依頼は・・・そうだなあ・・・うーん・・・」
ユオは悩んでいた。イグニスは看板に貼られている文字を読んだ。この世界の文字は、ユオに習っているおかげで読むことができる。
依頼は非常に簡単そうなものばかりだった。弱い魔物退治から警備隊の加勢、お届け物なんてものもあった。
「・・・勉強ついで・・・かな」
ユオは頷き、一枚の紙を取った。
「これなんかどうだろう。初級にしてはハードルが高いが・・・やってみるか?」
内容はものを届けて欲しい、というものだった。が、場所が問題だった。
闇属性達の居住区・・・スラムのようなところに、手紙を届けるというものだった。
「一応、この居住区には出入り自由なんだ。でも、入りたがる奴はほとんどいない。あそこは、掟も規則も通じない、警備隊だって入らない場所なんだ。スリ、強盗、殺人者、なんでもいる。本当に危険な場所なんだ。時折、悪魔もいるらしい。十分に警戒をしながら行かないと、酷い目に合うような場所だ。それでも、こういうところに行ってそこがどんなものなのか、一度見ておいた方がいい気がするんだ。君にとって・・・ね」
イグニスは黙って頷いた。ユオはそれを見て頷き返し、その依頼書を持って受付に行った。
「すみません。この依頼を受けようと思うんですが」
「はい。どれどれ・・・」
受付の女性は依頼書をみると、少しだけ不安そうな顔をした。
「冒険者歴はどのくらいですか?」
「半年です」
「半年・・・半年ですか。うーん・・・闇の居住区に行ったことは?」
それを聞いたユオは、少しだけ遠い目をした。
「数年。俺は光属性だけど、そこの生まれだったから。どんなもんなのかは知ってますよ」
受付の女性は少し複雑そうな顔でユオを見た。が、すぐに「少々お待ちください」というと、受付の後ろにある部屋へ入っていった。
五分ほどたっただろうか。受付の女性が戻ってきた。一通の手紙を持っている。
「これです。これを、居住区奥の三角屋根の家の魔女に届けて欲しい、という依頼です。どうか、お気をつけて」
ユオは手紙を受け取った。
「わかりました。それじゃ」
ユオはイグニスを連れて、受託所を出た。