第1話ー7
そんなような魔物を、何体倒しただろうか。人間に近い姿のものもあれば、液状のものもいた。狼に似ているのもいれば、浮遊している岩のようなものもいた。見たことのない生物がたくさん見られて、イグニスは少しだけ、魔物と戦うのに対して少し心を躍らせていた。次はどんな魔物が出てくるのだろうか。
「そうだ。その調子で、あまり魔力を使いすぎないように戦うといい。あの教会でやったような派手な戦い方だと、すぐに感付かれてしまうだろうからね」
歩くのに疲れ始めてきた頃、大きな道に出た。整備されているというわけではなさそうだが、少なくとも草木が生えていない土の道が伸びている。そこに、二頭立ての馬車がやってきた。馬車は荷車らしく、ものを運んでいるようだった。
その馬車から声がかかった。
「よう、そこの二人!」
ユオが顔を上げた。
「え、何です?」
馬車が止まる。御者は大柄で人の良さそうな男性だった。
「スーヌの街に向かうんだろう! 乗せてってやろうか?」
ユオが少し怪訝そうに言った。
「それはありがたいが・・・なぜ?」
御者は豪快に笑った。
「それがなあ、この道、いつもより魔物が多くってなあ! お前さんたち、冒険者だろう?ってことは、戦いの心得があるってことだよな。街まで護衛してもらえねえかと思ってさ。いつもなら魔物なんか振り切って走るんだが、今日の荷物は繊細でねえ。あんまり激しい運転ができないんだ。頼めるかい?」
ユオは納得したように頷いた。
「スーヌの街っていうのは俺たちが向かおうとしている都市だ。というわけだが・・・護衛、問題ないか?」
イグニスは黙ったまま頷いた。
御者は再び豪快に笑った。
「よっしゃ! 決まりだ! じゃあお二人さん、後ろの席に座ってくれ! ちっと狭いが、まあそこは容赦してくれ。な!」
「ああ、わかった」
ユオとイグニスは馬車に乗り込んだ。そして、荷物を確認した。たくさんの野菜が入った箱に混じって一つ、梱包材に包まれた大きなツボがあった。繊細な荷物、というのはどうやらこれのようだった。そして、荷物的にこの馬車は野党や罠などではないらしい。まあ、もし野党などであったとしても、イグニスの力があれば一瞬で倒せるだろうが。
御者は明るい声で話しかけてくる。
「やあ、今日はいい天気だなあ! お二人さん、旅を始めてどのくらいなんだい?」
ユオが一瞬口ごもった。しかし、すぐに言った。
「もうすぐ半年になる。こなれてきたところだ」
昨日の今日で冒険者となったと言ってしまえば、馬車を降ろされるかもしれない。戦力として認められなければ、この距離を歩くことになるのだから、二日はかかるだろう。イグニスは黙ったまま話を聞いていた。
「へえへえ。じゃあ、新米さんってことか! てことはもしかして、スーヌの街に行くのは初めてかい?」
「ああ。そうだ。どんな街なんだ?」
御者は眉をひそめた。
「それがなあ。最近、闇属性たちの居住区ができちまってなあ。まあ、もともとあそこにはあったようなもんなんだがなあ・・・参ったもんだ。まあ、あんなような居住区はどの街にもあるさ。闇属性のやつらはどこにでも沸きやがる。あいつらの中には野党や強盗もいるし、娼婦もいるし、物乞いはいるしで治安がなあ・・・おっと」
そういうと御者は口をつぐんだ。
「なあ、冒険者さんたちは闇属性が多いって聞いたが。何でも、どこにも居場所がないもんで、腕っ節に自信のある奴がフラフラとしてくってなもんだ。兄ちゃんたちはどうなんだい?」
「俺達は光属性だ。そんな話は初めて聞いたな。そうなのか?」
御者はホッとしたように笑った。
「まぁ、俺も伝聞だ。闇属性のやつらはいつ悪魔になってもおかしくない連中だから、こええってだけだね。ただ、闇属性のやつらは強いんだよなあ」
「確かにそうだな。彼らは、俺達と魔力の質が違う。だから、光属性の人間達よりずっと強い奴が多いんだったな。・・・俺も気をつけないと」
ユオはそう言いながら、少しの間イグニスを見た。
イグニスは悪魔だ。当然、闇属性である。どうやら、闇属性の人間は普通の人間よりずっと強いらしい。その上で、イグニスは悪魔である。強さが桁違いになるのはまあ、当然のことだろう。
しかし、紋章を見せたり、判別用の魔法道具を使ったりしない限り、悪魔だとはばれない。当然油断はできないが、警戒しすぎても怪しまれてしまうだろう。
「だからなんだろうなぁ。スーヌの街の宿屋はどこも属性判別をしないんだよな。まあ、他の街にも共通してある宿屋なんだが。街によっては判別機を使わないと物の売り買いさえしてくれないところもあるからまあ、闇属性になっちまった時は気をつけるといい。・・・おっと!」
魔物が出てきた。明らかに荷物を狙っている。ユオとイグニスは荷台から降りた。
虎のような大きさの狼だ。四体いる。イグニスは刃を二本召喚し、そのまま浮遊魔法で二体に向けて投げつけた。そして両手に拳銃を召喚して魔物に向けて交互に撃った。刃は一体に命中し、その狼は燃え始めた。もう片方の狼は避けたが、イグニスの拳銃が命中した。二体ダウン。
次に、ユオが片手を前に伸ばし、呪文を唱えた。すると、手から光線が放たれた。しかし、狼はその光線を避けた。そして、ユオに向かって走り出す構えを見せた。ユオは焦ったように別の呪文を唱え始めた。ユオの両手に魔法陣が出現して、光の球のようなものがいくつも放出された。その球は真っ直ぐ構えている狼の元に向かっていく。狼は体制を逃げに変え、走り出すが、光の球は狼を追尾している。そして、全弾が命中した。その狼はキャン! と声を上げて倒れた。ユオの息は上がっている。どうやら、魔力を多く消費する魔法だったようだ。
最後の一体がユオに向かって走り出す。イグニスは、両手に刃を召喚して走った。そして、すれ違いざまに狼の腹を切り裂いた。狼は走りながら倒れこみ、うめき声をあげながらのたうちまわった。イグニスはその狼に近付くと、首に刃を突き立てた。狼は絶命した。
イグニスは座り込んだユオに手を伸ばした。
「・・・二回目だな。すまない、力になれなくて」
イグニスは首を振った。
「僕は得意なことをやっただけ」
ユオは再びイグニスの手を取って立ち上がった。戦闘を重ねるにつれ、イグニスの動きはどんどん上達していったのに対して、ユオはあまり咄嗟には動けないようで、走ったりするのはできないようだった。そして、どうしても倒せなさそうな相手が現れた時は、ユオには飛行してもらい、その間にイグニスが倒す、というようなことをやっていた。
そうして馬車に戻ると、御者がはしゃいだようにいった。
「なんだあ、おい! だんまりのチビちゃんの方が強えのかよ! いやあ、見事だったぜ!」
「・・・・・・・・・うん」
イグニスはボソッとそう言うと、そのまま馬車に乗り込んだ。ユオも着いていって馬車に乗り込んだ。
「まあその、彼のほうが強いんだ。なかなかな。たった半年でここまで成長したんだから、すごいもんだろう」
御者はまだ興奮している。
「いやあ、すげえすげえ! おっどろいちまった! 俺もそれだけ戦えたらなあ!」
その後は順調で、魔物が出ることなく、スーヌの街に着くことができた。