第1話ー6
「よし。これでいいかな」
次の日の朝。ユオはイグニスを見ながら、頷いた。
イグニスの身には、旅立ちの装備がされてあった。水、携帯食料、薬やナイフ、剣、盾など。そして最後に、ローブの様なマントをイグニスに着せた。
「いいかい。君は贖罪の悪魔だ。それを、なるべく他の存在に知られてはならない。君は弱い。・・・少なくとも、弱い普通天使一人や聖職者には負けないだろう。だが、それだけだ。君の魔力は恐ろしく高い。君の弱さに釣り合わないくらいに。それは、君が他の者たちにとって最高峰の素材でしかない、という意味になる。君は贖罪の悪魔だと知られてしまえば、恐ろしいほどの数の天使や悪魔に狙われることになるだろう。その時に戦闘経験が浅ければ、君はいともたやすく殺されてしまう。だから、ある程度の経験を身につけるまでは絶対に、贖罪の悪魔だと知られてはならないよ。ただの一冒険者として、使う魔力もセーブするべきだ。いいね?」
イグニスは頷いた。そして聞いた。
「もし悪魔が僕を殺したら、悪魔はどれくらいの段階まで進むの?」
ユオは頷いて答えた。
「そうだな・・・一段階目の悪魔なら、一気に四段階目までいくだろう。五段階目の悪魔であれば持っている魔力の、倍くらいの魔力を得ることになるかもしれないな」
それは大変だ、とイグニスは思った。想像以上に、自分は高級品のようだ。
イグニスはフードを被った。ユオは納得するように頷く。
「・・・そうだな。うん。それがいい」
ユオは独り言を呟くと、遠くの街を指差した。
「あの街まで一緒に行こう。俺は、はぐれの聖職者ってことにしてさ。道中、魔物が出てくるだろうけど、俺も戦おう。それで向かいながら、この世界のだいたいの常識を教えよう」
イグニスは頷いた。両腕にぐるぐると布を巻きつける。紋章を隠すためだ。
「それじゃあ、行こう」
そうして、イグニスとユオの短い二人旅が始まった。
「魔物・・・って、どんなの」
森を歩いている時に、不意にイグニスがユオに聞いた。ユオはちょっと考えてから言った。
「そうだな・・・動物の、かなり凶暴なやつだよ。作物を荒らすやつがいたり、家畜を食っちまうやつもいるし・・・魔法を使える奴もいる。基本的に大きな奴が多いな。あんまり、食用にはされていない。一部は食えるらしいが。基本的には人を襲う動物、と考えていい」
「・・・そう」
「まあ、そのうち出てくるさ。この先、嫌という程戦うことになるからな。・・・でも、そうだな」
ユオは一旦言葉を切った。
「俺も、君がいなかったら旅に出ようだなんて考えもしなかっただろうな。俺じゃ、魔物には勝てないから・・・弱いんだ。俺は。君よりずっとね」
イグニスは少し探るようにユオを見た。ユオは、嘘をついているようには見えない。
そして、少し広い場所に出た時、どこかからうなり声のようなものが聞こえた。
「・・・さあ、噂をすれば何とやら、だ。森は焼かないように気をつけてくれよ」
すると背の低い木の陰から「魔物」が現れた。
イグニスが想像していたものよりもずっと大きく、獰猛そうだった。鋭い爪と牙を持っている。目はぎらりと、イグニスたちを見据えている。何と言うか、少し熊に似ている。熊よりはもっと毛深くて、爪も鎌のように大きい。
「ガァァアオオォォ!」
見た目にあった、やはり獰猛な叫び声が森に響く。まるで、餌を見つけた、と言わんばかりの声だ。
「・・・来るぞ!」
言われるまでもなく、イグニスは構えた。両手に刃を構え、じっと魔物を見据えた。
どう動く? そう考えた瞬間、魔物は突進してきた。イグニスはぐっと足に力を込めると、魔物を飛び越えた。少し、浮遊魔法の力も借りている。イグニスはそのまま後ろから魔物に斬りかかった。グオオ、と言う声とともに魔物が仰け反る。そして、その毛皮に火が燃え移りメラメラと燃え始める。恐ろしく獣臭い。さらなる魔物の雄叫びが響く。
ユオが動いた。両手を前に構え、呪文を唱えた。すると、ユオの両手から強い風が吹き、それが鎌鼬のように魔物の体を切り裂いた。
魔物はユオに向かって鋭い爪を振り下ろそうとした。しかし、その前にイグニスの投げた刃が魔物の後頭部に突き刺さった。うまいこと首の関節に突き刺さったらしく、魔物はその場に力なく崩れ落ちた。
ユオはひどい汗をかいていて、肩で息をしていた。顔は真っ青だ。その場にどさりと座り込む。
「・・・し、死ぬかと・・・思った。ああ・・・イグニス。助かった」
イグニスは首を横に振った。
「ユオが狙われていたおかげ。囮みたいに。ありがとう」
イグニスは魔物の後頭部に突き刺さっていた刃を抜くと、魔物の首に突き刺し、とどめを刺した。魔物はうめき声をあげると、そのまま絶命した。
ユオは一つ息を吐くと、頭を振った。
「まあ・・・こんな感じのやつだ。魔物っていうのは。うん。・・・やっぱり、俺一人じゃ勝てなかったな。全く、三十にもなって魔物一体にも勝てないなんて・・・低級聖職者なだけあるよなあ・・・」
そう言って、自嘲的に笑った。
イグニスは刃を消して、ユオに向かって手を差し伸べた。
「・・・得意、不得意は誰にだってある。でしょ?」
ユオはその手を掴んだ。勢いをつけて、何とか立ち上がる。
「そうだな。俺は雑用に関しては誰よりも得意だったからな・・・。うん。そういうこともある。誰だってなりたいものになれるわけじゃないもんな。気を使わせて悪かった」
イグニスは首を横に振った。
「・・・じゃあ、行こうか」
イグニスとユオは再び歩き出した。