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神と悪魔、天使と人間  作者: 根無草士郎
すべての始まり
4/11

第1話ー3

 朝。明るい日差しの中、ぼんやりと目を開けた。最初に目を覚ました部屋だった。右手を見たが、炎などない。あれは夢だったのか、と少年は思った。現実的に考えて、あんな魔法みたいなもの使えるはずはない。それに、自分があの夜炎を灯せたことを、まったく疑問に思っていなかったのも不自然だ。だから、きっとあれは夢だったのだ。

 そこまで考えて少年は気づいた。あの、悪夢のような痛みがない。驚いて胸に手を当てたものの、やはり痛みはない。

 さては痛みを感じない体になったのに違いないと、少年は服を脱いだ。そして、包帯の隙間から胸を覗き込んだ。体に、ガーゼが張り付いている。

 少年は驚きのあまり、口をぽかんと開けた。

 少年の胸の傷が半ば治っていたのだ。というより、痛む段階を超えた状態になった・・・というべきだろうか。完治してはいないものの、恐らく何週間もかかるはずの峠を越えているようだった。しかしやはり、焼きゴテでつけられた焼印は残るようだ。

「・・・信じられない」

 少年は思わず独り言を漏らし、服を着た。その時、部屋のドアが開き、あの日少年を儀式に連れて行った男が来た。

 男は少年が起き上がっていることに気付き、酷く驚いた。

「・・・え・・・め、眼が? 覚めたのか?」

 少年は黙ってうなずいた。男の持ち物を見る限り、どうやら意識がない間の世話をしていたのはこの人物である、と少年は認識した。

 男は動揺しつつも自分の仕事をこなそうと、少年のもとに歩いて行った。

「傷は、どうだ。見せてくれ」

 男はワゴンに持っていた治療具とカバンを置き、上着を脱いだ少年の包帯を取った。そして、体液がこびりついたままのガーゼを外すと、息を呑んだ。

「・・・なんだこれ・・・治って・・・? いや」

 男はしばらく、少年の火傷を観察していた。

「まだ魔法なんて使えるはずが・・・。理由はよく分からないが、かなり・・・状態がよくなってるようだ。少し痛いかもしれないが、ちょっと我慢してくれよ」

 男はカバンを開くと、何やらごそごそと探し始めた。

「あの程度に回復しているなら・・・これか。いや・・・もっと・・・違うな。これだ」

 男は一つ、選び抜いた薬を取り出して、少年に向き直った。

「いくぞ」

 男はそういうと、少年の胸と背中の傷に薬を塗り始めた。

 少年は痛いというより、むずがゆく感じていて、それを耐えるのに難儀した。

 男は薬を塗り終えると、真新しいきれいなガーゼをし、きれいな包帯を巻いた。

「これでよしと。どうだ、きつくないか」

 少年は頷いた。そして、戸惑ってもいた。一番最初に見たときの男と、大分雰囲気が違うように感じられて、なんだか不思議だったのだ。

 最初の追いつめられていたような雰囲気とは違う。なんだか、吹っ切れたような。ある意味朗らかそうな表情をしていた。

 少年が男を不思議そうに眺めていると男が、気が付いたように少年を見た。

「・・・? どうしたんだ。・・・ああ、もしかして」

 男は一旦ドアの方へ行き、廊下に顔を出して左右を見渡した。

「・・・よし、誰もいないな」

 男はドアを閉めると、少年の元に戻っていった。

「実はな、あの時、お前の言葉がきっかけでな。眼が覚めたような気持ちになったんだ。だからと言って何ができる、ってわけでもないんだが。一応、いろんなことを始めてみたんだ。・・・あの暗雲たる日々が嘘のようだ。それで・・・一つ言っておく。おそらく、俺はお前を助けることが出来ない」

 男は少年の目をまっすぐ見つめている。まるで、齢幼い少年が、自分の話の本質まで理解できるのだ、と思っている様子だった。

 実際、それは間違ってはいなかった。少年には、男が何を言いたいかまで、すべて理解できる程の理解力はあった。

 だから、少年はじっと男の話を聞いていた。

「多分、俺なんかが出来る事なんてたかが知れてるんだ。相手方は、昔の俺みたいに洗脳された、中級以上の聖職者が四人。いずれもっと増えていくだろうが・・・それに、天使が一人いるんだ。俺は低級の聖職者だから、奴ら一人にだって敵わない。・・・何かするにも、絶対にお前に被害が及ぶ。なんとかすれば、どっちかは生き残れるかもしれないがな。だがそんなの、恐ろしく低い可能性の話だ。・・・本当は俺が天使の力を使えたらよかったんだが、残念ながら俺にはそんな器がない。お前を救える可能性があるのは他でもない、お前自身しかいないんだ。だから・・・それまで、『その日』まで、絶対にあきらめちゃだめだ」

 少年は静かにうなずいた。少年の頭には、男の言葉は「事実」と「現状」として入念に叩き込まれた。

 要するに、自分が今すぐ助かる方法はない。が、この男の言い方だと、いずれ自分には男が恐れるあの男たちの力を何とかできるかもしれない・・・程度の力が身に付くのだ、と言いたいわけだ。

 だから、それまでは絶望してはならない。虎視眈々と、奴らの喉笛を狙い続けるのだ。と、男は提案しているわけだ。

 男は少年の頷きを見て、自分でも頷いた。

「ありがとう。俺はせめて、お前がここにいるまでの間、ひたすら粘ってみるよ。オレ以外の奴が雑用になったら、お前がどんな扱いを受けるか・・・そんなの、考えたくないからな」

 男は治療道具をしまった。

「じゃあ、俺は他の雑務があるから戻るよ。もうすぐ食事係がやってくるはずだ。・・・なに、食事だけは聖職者たちと同じものが出て来るさ。それは安心してくれ。この教会には金がないから、洗脳薬を作るだけの金も材料も、人手もないんだ。俺が保証する」

 男は足早に部屋のドアに向かった。そして、ドアの前で立ち止まると、思いついたように立ち止まった。

「・・・ああ、名乗ってなかったな。俺はユオだ。・・・お前にはすぐに「仮名」が与えられるが・・・それを気に入るか否かは別だな。・・・うん」

 ユオは頷いて少年の方を見た。

「十年だ。お前が贖罪の悪魔になるまで、十年。お前は今三歳だ。十年経った時、お前には本当の名前が与えられる。その時まで、お前が生き延びてくれれば・・・きっと」

 そしてユオは再び少年に背を向けた。顔だけは、微かに少年に向いている。

「それじゃあ、幸運を」

 少年は、静かに頷いてみせた。


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