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神と悪魔、天使と人間  作者: 根無草士郎
すべての始まり
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第1話ー2

 そして、少年が連れてこられた先は、恐ろしく暗い地下室だった。異様に熱い。大きな魔方陣が床に描かれており、いくつか炎が焚かれていた。魔方陣に沿って、五人の人間が

立っていた。四人は真っ白いローブを着ており、少年を連れてきた男と似たような恰好だったが、一人だけ違う格好をしていた。なんだか、他の人間よりもずっと高貴そうな服を着ていて、装飾がたくさんあった。そして、その人物だけ、胸にあるものが違う。バッヂではなく、ネックレスについた、輪に囲まれた白い宝石だった。

 そして、その男はしげしげと少年を眺めた後、もったいぶるように言った。


「・・・ようやく来たか。さあ、始めようじゃないか」


 そして始まった地獄は、始まりに過ぎなかった。



 少年は魔方陣の中央に座らされた。上半身の服を脱がされ、均等に並んだ五人の大人たちが怪しい文言を唱え始める。

 少年はこれから自分が何をされるのか、なんとなく想像がついた。五つの中で、一番大きな炎の横の台に、怪しい鉄の棒が二本立てかけてあるからだった。棒の先端には、奇妙な形の、薄べったい鉄の塊が付いている。そう、つまり焼きゴテだ。少年は煙草の火の、大きいものだと認識した。

(痛そうだな。・・・痛いだろうな)

 少年はぼんやりとそう思った。しかし、逃れる術などないのだ。

「・・・かくして、この贄を「贖罪の悪魔」と至らしめんことを、ここに・・・」

(・・・贖罪の・・・悪魔?)

 少年は生前から、散々悪魔呼ばわりされたものだったが、生まれ変わってまで悪魔呼ばわりされるなんて、なんだかこれからを生きるのが億劫になってしまいそうだ、と漠然と思った。

 というより。

(これから・・・僕は、悪魔にされるんだ)

 呪文の内容はこうだ。少年を悪魔にすることで、すべての罪を赦せと。そして、少年が贖罪の悪魔として完成した暁には、少年に渡された数多の罪と共に、少年を神へと捧げ、天使の礎とすることを誓う、と。

(・・・この世も、ずいぶん身勝手な人が寄り集まっているみたいだ)

 悪魔として完成・・・それは、恐らく死をももたらしかねない苦痛と拷問が、この先もずっと続くということだ、と少年は認識した。

(結局・・・僕は、こういうものなのかもしれない)

 きっと、永遠に、死んで生まれ変わっても、自分は幸せになどなれないのだ。少年は熱されつつある焼きゴテを、ぼんやりと見つめた。

(・・・というか、僕は幸せのなんたるかを知らない。なら、せめて前世よりもずっとましであればいいじゃないか)

 呪文を唱え、焼きゴテを熱している間、一切微動だにしない少年を見て、豪華な衣装の男が感心したような表情を見せた。男はニヤッと笑うと、熱された焼きゴテを一つ取り出した。

「始めようか。押さえつけろ」

 少年の口に布が押し込まれた。そして、両手を左右に拘束され、背中を向けさせられた。

「まず一つ目だ」

 少年の体が震える。ああ、どれほどの痛みになるのだろう。自分はこれを受けても、死なずにいられるのだろうか。

 凶悪な熱がどんどん、少年の背に迫ってくる。熱さのあまり、距離もわからない。

(どうか死ぬなよ、僕)

 少年は心でそう呟き、眼を閉じた。速くなる心臓の鼓動と熱で、酷い量の汗が流れていく。

 そして、熱さに恐怖の限界を感じ始めた頃、酷い激痛が全身を駆け回った。

「っ・・・! ぁ・・・! う、・・・!」

 あまりにも長い三秒間。その間、焼きゴテを押し付けられ、ようやく離された。痛みのあまり、声が出ない。喉がギシギシと痛んでいる。くらくらと視界が回る。

「・・・ふん。よく耐えたな」

 豪華な装飾の男は、感心するような声を漏らした。

「次だ」

 男は持っていた焼きゴテを水につけると、もう一つの熱していた方を取り出し、少年を正面に向けた。

「行くぞ」

 今度は、先ほどよりも早く衝撃と熱が体を襲った。怯える暇もないほど、酷い激痛がもたらされた。汗の量が増していき、痛みに体が痙攣する。両腕を拘束していた二人の大人が手を離し、口から布が取り出された。

 豪華な装飾の男はじっと、注意深く少年を見た。

「・・・・・・ここからだ。せいぜい持ちこたえてくれたまえ、贖罪の悪魔よ」

 豪華な装飾の男は再び呪文を唱え始めた。

 少年は両手を床に付き、荒い呼吸を繰り返した。汗が滝のように床に垂れ、微かに涙と交じる。痛みで、少年は意識を投げ出しかけていた。

 しかし、少年はこれに近い痛みを知っていた。文字通り、命に係わる痛みだ。微かに、前世の記憶がちらついた。

 あの時、死の間際。凄まじい勢いの炎に襲われた時、体は煙で動かなくなっていたものの、体は熱を感じていたのだ。凄まじい痛みに悶えることもできず、呻くことすら敵わないまま、気管を焼かれ、少ししてようやく途切れたのだった。

 しかしその時同時に、酷い喜びを感じていた。自分に痛みを与えるだけだった二人の大人が、自分と同じか、もしくはそれ以上の痛みを感じながら死んでいったことが、素直にうれしかったのだ。少年は死を以って、絶望に勝る喜びを手に入れたのだ。

 正直、耐えがたい痛みではあったものの、熱を帯びる痛みが過去の喜びを彷彿とさせたのは事実であった。

 だから少年は耐えきった。意識を閉じることなく、寒さに激しく震えながら、滝の様な汗を流しながらも、耐えきったのだった。

 それを見た豪華な装飾の男は、溢れ出る歓喜を隠しきれず、口元に凄まじい笑みを浮かべた。しかし、儀式の終わりを告げる文言を、忘れずに唱えた。

「・・・よし。これで儀式は終了だ。そいつの手当てをし、速やかに眠らせるように」




 少年は三日後の晩、眼を覚ました。痛みは少しましになったものの、苦しいことには変わりない。上がる息、絶え間なく流れ落ちる冷や汗、震える体。

この痛みがなくなれば、どれだけいいか。

 そう考え、微かに右手を持ち上げた。その時、右手に、暖かな炎が宿るのを感じた。

「・・・え」

 思わず声を出し、体が痛むのも構わず、寝具の上に起き上がった。右手を見ると、白く、静かな炎が手に灯っていた。少年は思わず、その炎に見とれた。

 炎は柔らかく熱を放っていた。少年の手は火傷することなく、ただ燭台のように火を灯していた。熱いというより、暖かい。

「・・・・・・穏やかな、火?」

 少年は右手を胸の前に持ってくると、そのまま、ためらいがちに胸に当てた。すると、何だか胸の痛みが和らいだような気がした。この炎を、体全体に灯して、全身の痛みを取り除けないだろうか。

 体全体に灯せれば、届かない背中の傷も痛みを和らげられるのに、と少年が思った瞬間、少年の体を白い緩やかな炎が包み込んだ。しかし、寝具は一切燃えることなく、少年の全身だけがただ、穏やかに燃えた。

 少年は眼を閉じて、ひたすら望んだ。このまま、この炎に包まれていたい。自分から、この終わらない痛みを取り除いてほしい。と。

 やがて、痛みを感じなくなった少年は、深い眠りについた。


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