第1話ー10
居住区を出て、大きな屋敷に向かった。途中、ユオが説明してくれた。
「依頼受託所から依頼書を取って依頼を遂行したら、依頼書に書いてある依頼人のところに行って報酬をもらう、って形で依頼を遂行するんだ。依頼書を依頼者に返す。これで依頼の遂行ができるんだ。中には依頼を途中放棄して重要品を売り払ったり焼捨てたりする奴もいるから、完全に信頼関係のみでやるんだ。だから、証拠を求めてくる依頼主もいる。絶対に遂行してほしい重要な依頼は、冒険者ギルドに直接頼む、ってことになっているんだ。依頼書の期限は一ヶ月。それが過ぎても遂行されていなかった場合・・・つまり、証拠が依頼主に届かなかった場合、依頼主は再び依頼することになる。っていう流れだよ」
イグニスはこのあまりにもゆるい仕組みが、なんだか不安に思えた。
「・・・とにかく、二重の依頼になったね。どのみちこの・・・レイラ、だったか。と言う名の人物に会うことになるから、構わないんだけど」
話しているうちに屋敷についた。聞いた通り、大きな屋敷だ。イグニスは、こんな大きな屋敷など見たことがなかった。小学校より少し小さいくらい、だろうか。
ユオが大きな門の扉を叩いた。ノックする用の取っ手がある。
すると、すぐ隣にあった人間大の大きさのドアから、使用人らしき服を着た男性が出て来た。
「どちら様でしょうか?」
ユオが答えた。
「冒険者だ。この屋敷にいるらしい、レイラという人物に用があって来た。呼んでくれないか?」
使用人は頷いた。
「わかりました。少々お待ちください」
そして・・・十分は経っただろうか。さっきの使用人に連れられて、広いつばの帽子をかぶり、大きなメガネをした黒衣の女性が出てきた。
その女性は出てこようとして、ドアの端に足をぶつけてストンと転んだ。
「わわっ・・・!? うわあ・・・いった・・・」
「あなたがレイラという方かな?」
女性は頷きながら立ち上がり、服の裾をぱっぱと払った。
「は、はいぃ・・・。そうです、手紙ですかっ!?」
「向こうの女性からもう一つの依頼を頂いたんだ。そっちの依頼料も頂きたいが・・・いいかな?」
「もっもちろんですっ! て、えっ!? 返信ですか!? ありがとうございます!」
女性はせわしなく動いた。ユオは少々押され気味に言った。
「ま、まあ・・・落ち着いてくれ。そうだ。返信だ。ほら、どうぞ」
女性は深く頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! どうか、私の部屋に来てください。こっちです!」
そういうとレイラは屋敷の扉から出ると、横の庭へと続く道に向かった。
「・・・。行こうか。」
イグニスは黙って頷いた。
庭から伸びていた道は、屋敷の塔のような場所につながっていた。中に入ると、大量の本が天井まで積み上がっていた。部屋の中央には天球儀がゆっくりと回っており、ボコボコと音を立てながら緑色の液体が蒸留されている機械もあった。
そしてレイラは二人に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。
「えっと、改めて自己紹介いたします。私、レイラと申します。このお屋敷で、黒魔導士として働いています」
イグニスはユオを見た。ユオは頷いた。
「この子は黒魔道士に会うのは初めてでね。どういうものなのか、説明してあげてくれ」
「は、はいっ」
そういうとレイラは息を吸った。そして、ゆっくりと吐いて、イグニスに向き合った。
「えっと、黒魔道士っていうのは魔法使いとして公的に雇われた闇属性の人間のことです。戦士だったら黒戦士、騎士だったら黒騎士など、いろいろと呼び名が変わります。単純に雇われた闇属性の人は、闇従者などと呼ばれます。・・・中には、奴隷として扱う人も居ます。それに比べたら、私の待遇はすごくいいんです。ご主人さまも良い方で、私のことを気にかけてくださっています。お給料もいただけるし、衣食住も与えてくださっています。それに・・・こうして、魔術の研究もさせてくださる、素晴らしいお方なんです」
ユオは柔らかく笑い、頷いた。
「説明してくれてありがとう。俺も実は詳しくなくてね。助かったよ」
「いえいえ! お手紙、届けてくださったんですから・・・!」
そういうと、レイラは思い出したように手紙を見た。
「そう、手紙! 手紙です! 読んでも良いですか! あっそうだ、そこのお席にお座りください!」
そういうとレイラは一心不乱に手紙を読み始めた。ユオとイグニスは本に埋もれかけている椅子に腰掛けた。
しばらくして、レイラはぎゅっと手紙を握りしめた。その両目から、ぼろぼろと大粒な涙を流している。涙はメガネに溢れて、そこから床に垂れた。
「・・・そうだった・・・んですか。やっぱり・・・居住区では、みんな・・・」
レイラは座り込んだ。
「・・・・・・あの方は・・・ジュリアンさんは、嘘をつくとき、「大丈夫だよ」、の前に「まあ」って言うんです。その癖が、手紙にもあります。やっぱり・・・」
レイラは座り込んだまま、呆然と言った。
「私、お給料で居住区に食料を回してもらっているんです。それでも・・・やっぱり、薬とかは高くて・・・病気が流行ると、みんな・・・食べ物だけじゃ、私は・・・」
レイラは涙を拭いた。
「・・・だからこそ・・・か。そう、そうなんです。だからこそ、私が安くてたくさん作れる薬を開発して、居住区のみんなに行き渡るようにしたい・・・だから、研究しないと」
レイラは立ち上がり、棚から袋を出した。
「とにかく、依頼料をお支払い致しますね。ええと・・・二つ分の依頼料だから・・・」
そう言うと、一番高い硬貨を五枚、取り出した。
「これで、いかがでしょうか・・・私の、少ない小遣いですけど、足りるなら」
ユオは三枚だけ受け取って、二枚を返した。
「これでいい。どうか・・・君の研究が実るといいな。陰ながら応援しているよ」
レイラはまた深く頭を下げた。
「ありがとう、ございます・・・。それじゃあ、ありがとうございました」
二人は、レイラに見守られながら屋敷を後にした。




