◇ リット=ホーネット 黒鋼クラスの洗礼はわかりやすく
さて、とリットは言った。
「この部屋なんだけど、男3人で生活するにもプライバシーが必要だと思うんだよね。だからさ、カーテンを引いておかないか?」
荷物からロープと大きな布きれを取り出すリット。
実のところリットの荷物の大半はこれだったりする。あとの着替えやらなんやらはこちらで買いそろえることを考えていた。
(荷物検査だってあるかもしれないしねぇ……)
ロープを張ってカーテンを吊す提案をしたリットだったが、ソーマやスヴェンはよくわからないような顔をしている。
「……なんも反応ないと困るんだけど?」
「あ、えーっと……カーテンで仕切りを作ったら、なんていうか狭くならないか? ていうか男同士なのにプライバシーとか要る?」
これだから田舎者は、とリットは内心舌打ちする。
「ソーマはそれでよくともボクはイヤなの。スヴェンは?」
「……どっちでもいい」
「はい。じゃあ2対1でカーテンを設置する方向で。このカーテン代金が銀貨3枚だから1枚ずつちょうだい。ロープの代金は、まーお近づきの印ってことでボクのサービスで」
「いやいやいやいや。なんで2対1なの!? スヴェンはどっちでもいいんだろ!?」
「細かいことぐちぐち言うなんて男らしくないなあ。ほら、アレだよ、アレ」
「アレ?」
「わっかんないかなー。男ってのはさ……ほら、ベッドでひとりになりたいときだってあるだろ? 部屋に誰もいないからって油断してるときに、ガチャって開いたら大変じゃないか。その点カーテンがあればいきなり見られることはない、たとえズボンをおろしていたとしてもだ」
「…………」
むっ、とした顔でソーマは黙ってから、ふむ、と納得顔でうなずいた。スヴェンは相変わらずボーッとしているが。
「しょうがねぇなあリットは。そんな可愛い顔して性欲ビンビンかぁ」
「か、可愛い言うな。あと言葉遣いが下世話にもほどがある。銀貨1枚! はい、払った払った!」
「はいはい……」
なんだかんだ押し切って、リットはカーテン設置の許可を得た。そしてふたりから銀貨を徴収する。
実のところこのカーテンセットは全部で銀貨1枚がいいところだ。
(儲け儲け! ふっふっふ。これからお金は必要だからねえ)
頭1つ分はスヴェンのほうが背が高く、ソーマもリットより大きいのでふたりにカーテン設置をしてもらう。
ロープを柱に打ちつけるための釘と金槌は寮の備品から借りてきた。
そうしてカーテン代わりの布が天井付近からぶら下がった。向こうが透けて見えない程度の布だが、それでもプライバシーは守られる。
カーテンを張ったことで部屋が狭くなった。病院の大部屋のような雰囲気である。
(ほっ……第一関門は突破だな)
昼間だというのに廊下側のベッドは薄暗い。だがリットは満足だった。
その手は薄い胸に当てられている。
シャツの下に巻いてある包帯——サラシについては誰にも見せるわけにはいかない。
(……ボクの正体はバレないようにしなきゃ。鈍そうなふたりと同室でラッキーだった)
と思っていると、
「リット、学園内の下見に行かないか」
バサッ、とカーテンがいきなり開けられた。
「こッ、こんのバカ! いきなり開けるヤツがいるかよ!? なんのためのカーテンだと思ってるんだ!?」
「え? ……あっ、ご、ごめん。お前……そうか、そうだったんだな」
「は!?」
「だからカーテンに執着してたんだな……そっか。ここに来るまで結構長かったのか? その、ほら、アレだ、溜まってるってやつだろ?」
「——は?」
「そんなにスッキリしたいなら俺とスヴェンは先に行ってるから、な? じゃ、また後で」
「え、ちょっ——」
違うわボケぇぇぇぇぇぇぇ!!
リットの声が響き渡った。
とはいえ、そんな話題を最初に振ったのはリットのほうなのだが。
ソーマに懇々と「プライバシーとは」について説明しながら3人で寮の階段を下りていく。
他の学年の生徒にはまったく会わない。
よそのクラス——白騎や緋剣といったクラスでは、新入生の歓迎会をやったりするらしいが黒鋼ではやらない。
それが、黒鋼だからである。
無頼派と言えば聞こえがいいが、とどのつまりが「協調性のない」「親切でもない」「自分さえよければいい」生徒の集まりだ。
「じゃ、どこから行く? やっぱり『食堂』あたりを押さえておかないとかな?」
ソーマが嬉々として寮の入口ドアを開けると——彼ははたと立ち止まった。
「どうしたんだよ? 急に停まったりして」
言いながらリットは、ソーマの視線の先にあったものに気がついた。
寮の前はちょっとした石畳の広場になっている。ベンチが置かれてあり、花壇——花壇らしきエリアには土しかないが——がある。
そこにいた4人がこっちをにらみつけていた。
黒鋼の制服ではない。制服が支給されるのは明日なので、今制服を着ていない生徒はもれなく新入生というわけだ。
ひとりは、女。リットよりはずっと大きい、大柄の女。青い髪を流しており、右目に半分かかっている。
かなりきわどい短いスカートで足を組んでいて、偉そうにベンチにふんぞり返っている。
彼女の左右にいるのが3人の男だ。どれもこれも目つきが悪く、こっちをじろじろ見ている——と思うと、3人がこちらへやってきた。
「おい、お前らちょっと来いよ。オリザ様がお呼びだ」
3人の男子は、丸顔、眉が吊り上がって垂れ目のバッテン顔、それに角張った顔。わかりやすくて結構である。
(ははーん)
すぐにリットは察した。
(不良にありがちな、新クラスのマウント取りだな?)
新たに始まるクラスで、仕切り役になりたいと、そういうわけだろう。
3人の男子はあの女子を担ぎ上げて、おこぼれを得ると。
(こういうのに関わるのは無駄なんだよね。最初は様子見、トーゼンでしょ。しばらくしてからどいつについていけばいいかを判断する。最初からひとりと決めてくっついていくのは悪手だ)
そう考え、
「残念だけど、ボクらは用事が——」
「よかったなぁリット」
「へ?」
いきなりソーマが肩を組んできた。
いやいやいや、接触してこないでよ! と言いたいところだが、ますますソーマは近づいてきて、こっそりと耳元で言う。
「お前、女の子大好きだもんな。お近づきになっておこう」
いや。いやいやいや。
それは確かに「女の子なら大歓迎」とかさっき言ったけれども。
(むさ苦しい男より可愛い女の子のほうがいいのは当然のことだろ? ——ってそうじゃない。そこじゃない! 違うっての、この女の子は近づかないほうがいい女の子なんだよ! なに「俺って気が利くだろ」みたいなドヤ顔してんだよ!)
ソーマの力はやたら強く、リットはオリザ様の下へと連れて行かれてしまう。
ふんぞり返っていたオリザはじろじろとリットたちを見ると。
「……アタシはオリザ=シールディア=フェンブルクだ。アンタたち、アタシの下につきな。この意味わかるね?」
あーあー、とリットはため息を吐きたいのをこらえる。
シールディアというミドルネーム。
これはこの国で「男爵家」を意味する。
つまり彼女は男爵令嬢というわけだ。平民からすれば「お偉い貴族家」である。
だけれども、今回の新入生でトップたるキルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルクのような「公爵家」からすると「木っ端貴族」という扱いである。
(つまるところ男爵令嬢のオリザは、黒鋼を仕切りたいわけか……)
リットは3人の男子について思い起こす。確か——累計レベル110前後の、「ふつう」の生徒だ。で、オリザは140とかそのあたりだったはず。
黒鋼クラスにしてはオリザのレベルは高いが、それだけとも言える。
(猿山の大将になりたい気持ちはわかるけどさー。そのやり方は反感を買うだけでしょー。大体、卒業して騎士になったら男爵相当の地位をもらえるんだよ?)
関わらないに限る。それがリットの結論だ。
さて、どうやって切り抜けようかなと考えていたところへ、
「オリザちゃんは俺たちと友だちになりたいってこと?」
平民であるソーマはオリザの言わんとしていることがよくわかっていなかったらしく、リットに向けて「よかったな!」とばかりに親指を立ててくる。
平民が、男爵令嬢に対して「オリザちゃん」である。
オリザの頬のひくつきが止まらない。おそらく彼女はこう考えているのだろう。
——子分にするにしたって人を選ぶ必要がある。こいつは間違いなくハズレだ。
と。
そしてその一方でこうも思うはずだ。
——ナメられたままでいるのはよくない。
と。
「おい、マール、バッツ、シッカク、そいつら押さえろ」
「へいっ、オリザ様」
マルバツシカクの3人がリットたちの背後に回り、羽交い締めにする。
「お、おいっ、ちょっとちょっとやめろよっ!」
リットは抵抗するが、体格的に彼らのほうが大きく動けない。
「お前ら、オリザ様を怒らせたのが運の尽きだ。大丈夫、じっとしてろ。一瞬で気絶するだけだ。むしろちょっと気持ちよくさえある」
「お前も食らったのかよ!?」
「へへ……1日1発はいただいてるぜ」
へへ、と3人そろって鼻の下をこすっている。
あ、こいつらダメなヤツらだ。
この隙に逃げればいいのだが、そんなことすら忘れてしまうほどに呆れてしまう。
「ハァァァァ……」
オリザはベンチから下りて、両の手で拳を作り腰の横に構えている。
それを見てリットはハッとする。
「ま、まさか——格闘系統の高レベル者!?」
「へへ、そのとおり。オリザ様はなんと、『蹴術』のエクストラ持ちだぜ」
「げっ!?」
エクストラ持ち——つまりスキルレベル100超えということである。
13歳で100超えなんてよほどの才能がなければ到達できない。
「おーっ、オリザちゃんは『蹴術』上げてるんだ? 俺も上げたかったんだけど『拳術』と組み合わさっちゃって『格闘術』が生えちゃってさ」
するとソーマが話題に食いついてくる。羽交い締めされたまま。
「いや累計レベル12のクセになに言ってんの!?」
「……剣を使わないのなら、話は合わないな……」
「いやそもそもスヴェンと話が合うヤツなんてほとんどいないでしょ!?」
「…………」
「リットぉ、さすがに今のは言い過ぎだろ……スヴェンがしょんぼりしてるぞ」
後ろから羽交い締めされながらうなだれているスヴェン。そんなことどうでもいい! と叫びたくなるリットだが、逆に、なぜそんなにこのふたりが平然としていられるのかがわからない。
「——まずはいちばん生意気なお前からだよ、黒髪!」
そんなことを話しているうちに、オリザの準備は整ったようだ。
「『旋回蹴り』!」
ぐるんと回転する彼女の姿に、リットは美しさすら感じた。
足がムチのようにしなってソーマのこめかみに一直線に向かう。
(うわあぁっ)
思わず目を閉じてしまったリットだったが——その後、聞こえたのは「ぱしっ」という音だった。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、ソーマがオリザのキックを片手で受け止めていた。
目を剥いているのはオリザもそうだ。
「え?」
「え?」
「え?」
3バカも呆けている。
「あー……その、オリザちゃん? そのぅ、丸見えだよ?」
「へ?」
とオリザは視線を下げ——どうやらソーマが言っているのはスカートが完全にめくれ上がっていることだと気がつく。
「っぎゃああああああ!? なに見てんだよ変態!」
足を引いて後ろに飛びずさったオリザだったが、13歳にしてはなかなか大人びた下着だったなとリットも少々感心する。
レースの入った濃紺のショーツ。
体つきも13歳とは思えないほど大きいので、実のところよく似合っている。
「テ、テメェ、なに受け止めてやがる!」
「あ、ごめん。受けといたほうがよかった?」
「調子に乗るなよレベル12のガリ勉がッ!!」
「だからそれは間違いなん……」
とソーマが言いかけたときだ。
「皆さん、それが騎士になろうという者の振る舞いですか」
凜、とした声が響いた。