◇ リット=ホーネット 学生寮の相部屋はくせ者ぞろい
リット=ホーネットは短く刈り込んだオレンジ色の短髪を揺らして歩いていた。
「ふんふんふ〜ん」
ポケットに手を突っ込み、鼻歌交じりで歩いているリットは上機嫌だった。
荷物は背負ったバッグだけ。
ここで5年を過ごすに当たって準備したものと考えるといかにも身軽なのだが、その身軽さこそがリットにはうれしかった。
「お、ここかー。さすが『黒鋼』クラス。学生寮もいちばん遠いんだな」
王立学園騎士養成校は全寮制なので、王族や一部の貴族以外の生徒は全員「学生寮」で生活する。
授業を行う「講義棟」を中心に、学生寮は囲むように建てられてある。
いちばん近いのが「白騎」クラスで、いちばん遠いのが「黒鋼」クラスというわけだ。
レンガ造りの5階建て。
壁面にはツタが這っている黒鋼学生寮は「風格」があると言うべきか、「単に古い」と言うべきか……。
「ま、ボクが入るにはこのくらいがちょうどいいかな〜」
近くにいる他の黒鋼新入生らしき生徒は、「マジかよ」みたいな顔をしているのもいる。
それくらい、この古い建物は威圧感のようなものがにじみ出ているのだ。
だが怯む様子もなく入っていくリット——右の扉が男子用、左が女子用だ。
右の扉から中へと入る。
学生寮は1つの建物だが、男子と女子のエリアは壁によって真っ二つに分かたれている。
リットたち1年生の部屋は5階にある。見晴らしはいいから新入生は最初喜ぶのだが、毎日階段を徒歩で上がっていくのは——特に戦闘訓練でヘロヘロになった日には、しんどいものである。
だが今日まったく疲れていないリットは飛ぶように5階に上がり、自分にあてがわれた部屋を目指した。
「503号室——ここか」
コンコン、と軽くノックをしてから、
「こんちゃー!」
部屋は、広い。10メートル四方(この世界には違う長さの単位があるのだが、度量衡は地球のものに合わせておこう)もあり、だだっ広くもある。
窓は3つ並んでいて、北向きなのでさほど明るくはない。
部屋には3つベッドがあった。
左手の廊下側、左手奥の窓際、右手奥の窓際だ。
それぞれベッド脇には学習机とクローゼットが設置されている。
空いたスペースにはテーブル1台にイスが4脚。
それが、この部屋のすべてだった。
(先客あり、と——おやおや、窓際を2人とも占領しちゃうとはねぇ?)
リットが入ってきたことに気づいて、左奥窓際の少年がこちらを見る。
「……スヴェン=ヌーヴェルだ」
知っている。総合スキルレベル67という「低さ」で逆に注目された少年だ。
「あ、俺、ソーンマルクス=レック——ソーマ、でいいよ」
で、こっちは——なんとまあ。
(スキルレベル12のガリ勉くんかー!)
天を仰ぎたくなるのをぐっとこらえる。
スキルレベルワースト1、2がこの部屋にいるのだ。
「あー、ボクはリット=ホーネット。よろしくぅ!」
短い間の付き合いかもしれないけどねー、とは言わないが。
明らかにスキルレベルの低いふたりである、早々とこの学園を脱落しそうではある。
「さてさて、ふたりとも〜? 先に窓際を取るなんていい度胸じゃないかね」
「あー……それなんだけど」
とソーマが頭をかきながら言った。
「2人部屋かもしれないから、とりあえず暫定的に? そうしただけなんだよな」
「ま、ボクは窓際にこだわってるワケじゃないんだけどね、同室で暮らす仲間というワケだし?」
「あー……それなんだけど」
ソーマは同じ口調で言った。
「……間違い? なんだよね」
「ん? なにが?」
「俺、もっとスキルレベルが高いんだ。たぶん、あの水晶玉は1,000を超える数字を表示できないんだと思う。だから012なんていう、0が最初に出る表示になったんだ」
「…………」
今度こそリットは天を仰いだ。
ダメだ、こいつ、この期に及んで寝ぼけたこと言ってやがる。
「俺、だから先生にもう一度言ってこようかなって。4ケタでも測れる測定器を出してもらうんだ。そうしたらクラス分けが変わるだろ? だからこのベッドはお前に——」
「あー、ソーンマルクス=レックくん?」
「『ソーマ』でいいよ」
呼び方なんてどうでもいいっつーの、とリットは言いたいところである。
「あのさあ、スキルレベル4ケタとかなに言ってんの? あるわけないじゃん。というか4ケタ超えなんて歴史上でもわずかにしかいない高レベルでしょ? 勉強しすぎて頭がどうにかなっちゃった?」
「俺の頭は冷静だ」
少々むすっとしてあぐらをかき、両腕を組むソーマ。
お前も止めてくれよ……と思ってスヴェンを見るが、すでにスヴェンはぼんやりと窓から外を眺めていた。
コイツはコイツで問題があるらしい。
(やれやれ……これは先が思いやられるなぁ。まあ、ここでソーマが先生に文句言って退学になってもボクとしては構わないんだけど……それはそれで気分よしとはならないよね)
と、そこまで考えたリットは、
「ソーマくん、冷静なアタマで聞いて欲しいんだけども」
「なに? 俺、今から先生のところに行くから手短にな」
すでにベッドから下りて荷物を持っているソーマ。
「4ケタのレベルを確認してもらって、どーすんの?」
「決まってる。碧盾クラスに行くんだ」
碧盾? と疑問には思ったが、まあそれはいい。
「なんで黒鋼はダメなん?」
「そりゃそうだよ。黒鋼は問題アリの落ちこぼれ——」
と言いかけて、あ、とソーマは口を開く。
リットは腰に手を当て、はー、と息を吐く。
「つまり、ボクもスヴェン=ヌーヴェルも落ちこぼれだと、そう言いたいワケ?」
「あ、あの……悪い、そういうワケじゃ……」
「君の言い方は『碧盾クラスが偉く、黒鋼クラスがダメ』と聞こえる。そーだよね?」
「ちがっ」
「違わない。聞いていなかったの? 第3王子ジュエルザード=クラッテンベルク様がこう言っていたじゃないか」
——大陸の覇者たる我らがクラッテンベルク王国は、白騎獣騎士団、蒼竜撃騎士団、緋剣姫騎士団、黄槍華騎士団、碧盾樹騎士団、黒鋼士騎士団の6騎士団によって成り立っている。その、どの1つも欠けてはならないのだ——。
「!!」
ソーマの身体が、ぴしりと固まる。
「……どの騎士団も重要なんだ。黒鋼だからってボクは恥じたりしない。胸を張っているよ。それに『公正の天秤』が君を黒鋼クラスに決めたんだ。もう一度測ったとして、君が4桁超えのスーパールーキーだとわかったとしてもなお、『公正の天秤』からは同じ結果が出るかもしれない。そうしたら君はどんな顔でボクらに『同室だな、よろしく頼む』だなんて言うんだい?」
リットの言葉に、完全に打ちのめされたようにソーマは担いでいた荷物をドサリと落とす。
「リット……お前の言うとおりだ。ごめん、ごめん俺、お前を傷つけた……! 俺は倒産した社長の息子に心ない言葉を投げつけた社員たちと変わらねえよ!」
なんか感極まって涙を流しながら抱きつこうとしてくる。
「わー、来るな! 来るなっての! ていうか後半意味不明だし!? それにそういう暑苦しいのボクはイヤなんだよ! 女の子なら大歓迎だけど!」
「ごめん! 男でごめん!」
「だから来んなっての!」
近づこうとするソーマの額を押さえつけて遠ざける。
するとソーマはなにを納得したのか、両手の拳を握りしめた。
「決めた! 俺、決めたぜ!」
「……一応聞くけど、なにを?」
「黒鋼クラスのみんなと頑張る! そして碧盾クラス……だけじゃない、全クラスがうらやましがるようないいクラスにしたらいいじゃねーか! それで俺は、安定高収入の騎士になる!」
ソーマがぐっと拳を握りしめた。
どうやらこのガリ勉くんは、「高収入」に惹かれて騎士を目指しているようだ。
「わーチョロい」
「え? 今なんて?」
「なんでもないよ? すばらしい意気込みだなって。ねぇ、スヴェン=ヌーヴェル?」
そちらに一応話を振ってみると、スヴェンはぼんやりとこちらを見てから、
「……スヴェン、でいい」
今、呼び方の話はしてないしそれ特別な呼び方でもなんでもないしなぁ……。
リットは、黒鋼クラスはさすがに厄介者ぞろいだなとため息を吐いた。
開始3日目ですが多くのブックマーク、評価、ありがとうございます。
とても励みになっておりますので、今日読み始めたよ〜という方もいらっしゃいましたら是非お願いします。