……ごめんな、キールくん
* キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク *
幼いころから頭の出来だけは他の子どもより数段出来がいいらしいとキールは思っていた。他の子どもが苦戦する問題もなんなく解くことができたし、大抵の内容は1度言われるだけで暗記することができた。
時にキールは子ども扱いされず、親から——ラーゲンベルク公爵である父親から公爵領に関する問題を相談を受けることもあった。キールは自分の持っている知識を総動員してそれに応えた。もちろん、大人の基準からすれば足りない回答も多かったのだろう——だからこそキールは勉強し、父の求める水準に届くよう努力を続けた。
だから、たいていのトラブルは解決できる自信があった。
最高学年である従兄弟、第3王子ジュエルザードが卒業すれば、この学園を中枢で動かしていくのは自分だ。公爵家の子女は他にいないのだから。
今回のような貴族同士の私刑なんていうことも起きるに違いない。その対処の練習でもあるとキールは捉えていた。
(まずは関係者全員の名前を確認。それから主犯と被害者の間にある利害関係の調査……これは手が掛かるかもしれないから、家の者に頼む必要がありそうですね。まずは場を収めて、負傷者を救護するのが先)
そこまで考えていたキールだったが、決闘場から絶叫が聞こえたことで——最悪を覚悟しなければいけないかもしれないと思った。
その後は、生き物が絶えたような静けさが訪れる。
リエリィを先頭にキールが続き、その後ろに白騎クラスのクラスメイトと黒鋼クラスの4人が息も絶え絶えといった形で決闘場へと飛び込んだ。
「————」
最初に決闘場に入ったリエリィがぴたりと立ち止まる。
立ち止まる? なぜ?
疑問に思いながらもその後に続いたキールもまた——決闘場内の光景を見て息を呑んだ。
壁の付近にいた生徒たちは剣を手にしていたが、全員が倒れ伏している。剣を抜いていない男子生徒、それに女子生徒は壁際で頭を抱えてうずくまり、震えている。クラスや学年はまちまちのようだ。
決闘場の中央には2人の生徒が倒れており、ひとりが黒鋼クラス1年のトッチョ=シールディア=ラングブルクであること、もうひとりが上級生であることまではすぐにわかった。
だが——キールにとってあまりにも想定外だったのが、
「ソーマ……くん……?」
倒れたトッチョを抱き起こし、彼の腕を肩に背負った黒鋼クラス1年、ソーンマルクス=レックがそこにはいた。
ソーマはリエリィとキールを見ると驚いたように目を見開き、それからばつの悪そうな顔をした。
「——貴様、この騒動は何事だ!」
キールとは付き合いの長い、白騎クラスのクラスメイトが問いを投げかける。彼は侯爵家の人間でキールをのぞけば学年でも最高位にいる貴族のひとりである。
その高圧的な物言いに、ソーマが黒い瞳を向ける——それを見たときキールは背筋が寒くなるのを感じた。
(この顔が……あの、ソーマくん?)
それほどまでに厳しい表情だったのだ。まるで13歳がするような顔ではない。
視線を向けられた侯爵家のクラスメイトがわずかにのけぞった。
「……見ての通り、弱い者イジメだよ。黒鋼クラスが他のクラスからいじめられていた。学園じゃありふれた光景だろ?」
「ふ、ふざけるな! 倒れているのは圧倒的に他のクラスの生徒ではないか!」
「どけよ。トッチョを医務室に運ぶ。この中でいちばんの重傷者はコイツだ」
ソーマが歩き出すと黒鋼クラスの4人が出てきて彼に群がる。
「トッチョ! トッチョぉ!」
「ごめんよ、俺たち怖くて……」
「ありがとう、ソーマ。お前が行ってくれて」
「クソッ。早く運ぼう」
ぼろぼろになったトッチョを受け取りながら、4人のクラスメイトは泣いていた。
彼らが決闘場を出て行くその後ろにくっついて、ソーマも歩いていく。彼もまたケガをしているようで歩き方がおかしかった。
「……ごめんな、キールくん」
キールの横を通り過ぎるとき、小さく、ソーマが言った。
ハッとして振り返ろうとしたキールだったが、
「気を失っていない者は立て! こちらにラーゲンベルク公爵家のキルトフリューグ様がいらっしゃる! 事情を聴取する!」
侯爵家のクラスメイトが言ったのでそちらを見ざるを得なかった。
* ソーマ *
……やっちまった。
これはやっちまったわ……。
「は……?」
俺の説明を受けたリットが唖然としている。俺だって「は?」って言いたい。自分が「やっちまった」ってことくらいよくわかってるんだ。
ただ寮のこの部屋には同室がもうひとりいるわけで、スヴェンだけはことの顛末——トッチョを助けるためとはいえ貴族の子どもたちをワンパンで沈めまくりなおかつ威圧をして少々粗相をした女子生徒も現れた——を聞いて、
「さすが師匠」
って満足げに親指を突き立ててくる(無表情)。
「スヴェン、これ、マジで遊びの延長とかで許されない内容なんだけど?」
とリットさん(半ギレ)。
「ていうか、ソーマが累計レベル12だって間違った情報が広まりすぎなんだよな……とにかく。合意の上での決闘ならまだしも、一方的に相手をボコボコにしたというのはマズイ。ひたすらまずいよ」
「だよなぁ……あ、でもそれはちょっとだけ事実と違うぞ」
「なに」
「ボコボコにしたんじゃなくてワンパンで沈めたんだ。顔とかはきれいなままだよ」
「……ソーマさぁ」
「すみません」
どう? 多少は配慮したんだよ? と言い訳しようとした俺へと絶対零度の視線を向けてきたリットに、早々に白旗を揚げた。またもや親指を突き立ててきたスヴェンの手をぱしっとリットがはたき落としている。
「……向こうはどう出るかな」
「考えるまでもないでしょ。ソーマが卑怯な手を使って襲撃してきたって言うでしょ。そうしたら君はめでたく退学。下手したら暴行罪で捕まるかもね」
「暴行罪って懲役刑……?」
「ははっ、まさかそんなわけないじゃん」
「だ、だよな、そこまでいかないよな……よかっ」
「事故を装って殺されるに決まってる」
「ぴゅるんッ!?」
変な声が出た! 変な声が出たよ!? ついでにタマがヒュンッてなったわ。
殺されるて。法治国家じゃないのかここは!
……法治国家じゃなかったな……超法規的存在の貴族様がいる世界だったな……。
「ソーマさぁ……わかってるの? ボクだってこんな状態でどうしていいかわからないよ。せめて決闘場に乗り込む前に相談してくれたら——」
「——それじゃ、間に合わなかった」
トッチョはトッチョで、自分を通そうとしていた。
それで再起不能になるかもしれないってのに。
「未来はヤベーって思うけど、それでも俺は後悔してないよ」
トッチョの取り巻きたちは泣きながら俺に感謝していた。ルチカは半狂乱で昏々と眠るトッチョに抱きついていた。
なにか手を打つ余裕なんてなかった。
「……トッチョの取り巻きくんたちも実家に掛け合ってみるって言ってたけど」
「はー。ダメダメ。貧乏男爵家がなに言ったって焼け石に水だよ」
「デスヨネ」
「師匠」
するとスヴェンがぐぐいと身を乗り出した。
「俺も、実家に掛け合ってみます」
「お、おう……サンキュな」
スヴェンの実家っつったって貴族家じゃないんだよなぁ……。「スヴェン=ヌーヴェル」という名前でミドルネームはナシだもんな。
でも「剣の先生がいた」みたいなこと言ってたからそこそこのお金持ちだったんだろうか? そういや実家の話なんてスヴェンとしたことなかったな。スヴェンはいつだって剣の話しかしない。
そういう意味で、俺のためになにかしてくれると言ってくれたことはうれしい。
「任せてください」
「えーっと……あのね? いや、気持ちはうれしいけど、無理しないでね?」
「大丈夫です」
大丈夫と言われてここまで不安にさせてくれるのはスヴェン、お前しかいないよ!
「ソーマ……」
リットが「どーすんだよこれ」って目で見てくるゥ!
なんかもう日常に追われるだけの人生を送っている気がする……あかん、あかんで工藤! そんなこと言っても更新が遅い理由にはならないのだ!