なんか忘れている……なんか忘れている……(大事なことなので2回)
まずは授業のための筆写。同時に授業でなにを教えるかを考えるカリキュラム設定。それから試験対策になにをすべきか考えて……いや、授業そのものを試験対策にすべきだな。ってことは過去問でもあればいいんだけど、そもそも問題を口述している時点でそんなもんあるわけない。でもきっとあるところにはある。
ずばりキールくん。
またキールくんに借りを作るのは悩ましいんだけど……しかも「俺はライヴァル(いい発音)」とか言った舌の根も乾かぬうちに「過去問教えてよぉ~」と泣きつくのはどうかと思うんだけど……背に腹は代えられないよな。
あとは……なくなったお金をまた貯めないといけないけど、俺ができることって野獣やモンスターを狩って食肉を卸すくらいだ。この「王立学園騎士養成校」は王都の郊外にあるから、そのすぐそばに自然の森と山がある。あそこに行ければ狩猟もできるんだろうけどその時間があるかどうか……。
学園に実技の授業ぶんのお金を支払った、その残金を数えてみる。
えーっと……夏まではもちそうだな?
だったら統一テスト後に狩猟の方法を考えよう。いや待てよ、寮の食事にもお金が掛かってるわけだろ? あと先輩の酒は……まさか寮費でまかなってないだろうな? それは後で確認するとして……寮の食事はもうちょっと安くする方法があるかもしれないな。どうやって作ってるのかはわからないけど毎日結構な量が残っているようだし。食堂改革も進めたほうがいいかもしれない。
「うぅっぷ……」
まだ夕飯前だというのになんだか満腹感が襲ってきて気持ち悪くなった。俺は誰もいない部屋でひとりごろんと横になる。外は夕暮れに沈もうとしている。
「……あれ?」
あとなんか、なんか忘れているような気がするんだけど……なんだっけ?
「ま、いいか……とりあえず今日は寝よう。——あ、そうか、木刀ちゃんの代用品を作らなきゃいけないんだった! やべー忘れてたそんな大事なこと」
と俺はタスクリストに「新しい木刀ちゃんを探す」と書いたんだが、もっと大事なことを忘れていたと気づくのはそれから数日後のことである。
トッチョは相変わらず引きこもっており、授業に出てこない。ただ俺の座学講義は「わかりやすい」と評判になり、クラス内クチコミによって参加者が増えていった。今では50人ちょいが参加してくれていて、参加していないのはトッチョとその取り巻き——つまり貴族たちだけだ。
そろそろ4月末……5月の統一テストは中旬にあるので、実質的にもう2週間ちょいしかない。大丈夫かなぁ。マズイよなぁ……。
「碧盾クラスの知り合いからも聞かれる○」
「お前の授業の内容について×」
「ノートの交換もしているんだ◇」
と座学の休憩時間に俺のところにやってきたマルバツシカク……ではなくマール、バッツ、シッカクの3人。ハンターなんちゃらのヒ○カではない。
実のところ彼らも貴族の子弟なので地味に他クラスとのネットワークがある。
こいつらはまとまって話しかけてくるので俺も混乱しやすい。声が似てるんだよ……顔の形以外でも個性出してこ?
「もうそんな情報が広まってるのか? ていうか、黒鋼クラスのことなんてみんな気にしてないのかと思ってたけど」
「例年ならそうっぽいけど、今年の碧盾は教師がイマイチらしいぞ○」
「うちはソーマがいるから平均点を上げてくるんじゃないかっていう心配×」
「あー。なるほど。ウチに追い抜かれるかもしれないって思ってるんだ?」
「碧盾だけだからな、黒鋼に抜かれる可能性があるのは◇」
ほーん。そういう認識ですか。俺の目標はすでに白騎なんですけどねえ?
「ソーマの授業のノートは碧盾に売るといい小遣いになるんだ○」
「……なんだって?」
なにさらっと聞き捨てならないこと言ってんだ。
「ノート交換って言わなかったか? お前らなに、売ってんの?」
「…………○」
「…………×」
「…………◇」
「露骨に顔を逸らすんじゃねーよ! オリザちゃん、ちょっとこっち来て!」
「あっ、オリザ様に密告るんじゃない×」
「そうだぞ、卑怯だぞ◇」
わーきゃー言うがオリザちゃんがこっちにやってくると蜘蛛の子を散らすようにマルバツシカクが逃げていった。
「なんだよソーマ。気安くちゃん付けで呼ぶなって言ってんだろ」
「聞いてくれよオリザちゃん」
「お前もアタシの話を聞けよ」
「オリザちゃんの子分のマルバツシカクが俺の授業のノートを碧盾クラスに売ってるんだけど?」
「…………」
「オリザちゃん?」
「……アイツら、そういうことか」
「え、なにが」
「最近やたらとアタシにプレゼントとか持ってくるようになったんだ。おかしいと思ったんだよ、あの3人は貧乏貴族の息子だからさ、金なんて余裕ないはずなのに」
なにそれずるい! 俺の努力がめぐりめぐってオリザちゃんを潤しているなんて!
「まあ見返りに求められてるのが蹴り一発だからアタシもほいほいプレゼントもらってたけど」
「もらってたんかーい」
「? そりゃもらうだろ。貴族の娘がプレゼントを断るなんてよほどのことがない限りあり得ないぞ」
貴族ってずるい。
ちなみに「見返り」というのは、本来なら回りくどい文章で感謝の手紙を出さなければいけないのだが、それを蹴り一発で済むのだから「ラッキー」とオリザちゃんは思っていたようだ。
「でも、俺の授業ノートが必要なほどに碧盾クラスはヤバイのかな」
「そうみたいだぞ。あそこの担任は自分で全部の授業を教えるって言い張ってるなんて話だし」
「なんでそんなことを」
「教員は教員で自分の手柄を作るのに必死なんだろ。ここだって貴族社会の一部になってるんだ」
「ふーん……」
それは朗報だった。碧盾クラスは簡単に追い越せるかもしれない。
碧盾クラスは学年で最多の80人超えだ。だから数人が俺のノートを使ってもそれほど平均点は変わらないはずだ。
マルバツシカクたちが売ったノートは腹立たしいが目をつぶってやろう。そこまでして「ちゃんと勉強したい」って思ってくれてる子がいるなら、その子にはがんばって欲しいし。
座学の授業を終えた俺は、キールくんの様子をうかがうために白騎クラスの実技授業が行われている訓練場へと向かった。
訓練場へと向かう途中、キールくんと軽く話をした中庭を通りがかる。そうそう、ここは人気がなくていいんだよな。
あれ? なんだっけ? 確かに俺はなにかを忘れているような気が……。
「いましたもの!」
ん。この女の子の声は——。
「約束しましたのに、リュリュちゃんを捕まえてくれるって約束しましたのに!」
ちょっと半べそをかいている少女、リエルスローズ=アクシア=グランブルクがそこにはいた。相変わらずの信じられないくらいの美貌だったけれども、半べそと怒りによってでもそれは崩れない。
あ……やべえ。
そうだった。忘れてたのはこれだ。
彼女のために猫を捕まえるとか約束したんだっけ。
「よ、よぉ。元気だった?」
「…………」
ひぇっ。
俺が気さくに声を掛けたというのに、人でも殺しそうな目でこちらを見てくる。「吹雪の剣姫」の異名は伊達じゃないですねぇ!?
「あ、あのー……そのね? 忘れてたわけじゃないんだよ、約束」
「ウソですもの。先ほど『あっ』て顔をしましたもの!」
あっ、バレてる。
「いやあのね? 違うんだ、守るつもりはちゃんとあって、でも、統一テストまでちょっと忙しくて」
「決闘ですもの」
「だからそれは止めて!?」
「剣に誓いましたもの」
ヤバイこの子、目がマジだ!?
「ごめん、ごめんって! ちゃんと謝ります! 確かにうっすら、軽く、ほんのりと忘れていたようなきらいがないでもないんだけど」
「いつ決闘しますか」
ノォォウ!
「約束をしたときには、ちゃんと果たす気はあったんだよ! ほんとにほんとだから!」
「今からでもいいですよ、決闘」
この子ほんと話聞かないよね!?
「……わ、わかった。じゃあ決闘しようか」
「いつにしますか」
決闘になると話が通じるの止めてよぉ!
13歳なんて大概ひとの話なんて聞かないよね?