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予期せぬ来訪者はいつだって突然に

 戻ってきました、黒鋼寮に。

 みんな心配しててくれたみたいで、しかもその日に帰るかと思ったらお泊まりまでしてしまったので「ついに処された……」「アイツはいつかやると思ってたんだ」みたいな犯罪者扱いまでされていたんだがどうなってんだ。

 一応、ジノブランド先生が王都へと俺の様子を見に行くことが決定し、ジノブランド先生が無事に帰ってくることをみんなで祈りましょう、と全員で黙祷しているところに俺が帰ってきたってわけ。

 もうね。

 ジノブランド先生は泣きそうな顔で直立不動して、みんなが祈るように黙祷しているのよ。

 なんなんこれ? なんの宗教なん?

 あ、ごめん、って俺がドアを閉じたらあわててみんなが飛び出してきた——で、あれこれ説明して今に至る。


「へえ〜、王宮に行ったんだ。一度見てみたいなあ」

「第1王子殿下が第3王子殿下に剣を抜いたって結構ヤバい話なんじゃないの」

「大人たちはその間になにしてたんだよ」

「えっ、キルトフリューグ様の勉強会……なんて素敵な響き」


 いろんな感想が聞こえてきたけど、


「なんにせよソーンマルクスが無事に帰ってきてくれてよかった……」


 ジノブランド先生のほっとした言葉がいちばん温かかった。

 先生……。


「……王都になんて行きたくなかったからな……」


 その後にそんなこと言わなきゃ最高だったのに!

 まったく。

 なんにせよ俺が知っている範囲を話すとみんな落ち着いてくれた。全部を話したわけじゃないけど。

 さすがに陛下が考えていたらしいこと、王宮に出入りしている神官がいるらしいという情報があったので彼の献上品にメモを滑り込ませようと考えたこと、そういった内容は伝えてない。

 危ない橋を渡ったという自覚はある。

 王宮の見学をした〜い、と駄々をこねて注目を集めている隙にこっそりと神官に会いに行ったわけだし。まぁ、それがフルチン先輩だとは思いも寄らなかったけど!

 あの人、全然変わらなかったな。「なにぃ、紙を典医様に気づかれないよう荷物に忍び込ませるだと? よゆーよゆー。俺、こう見えても手癖だけは悪りぃからな!」なんて言って。「こう見えても」じゃないのよ。どう見えてもアンタは手癖も女癖も悪いのよ。

 フルチン先輩は毎日神殿と王宮の往復をするのに飽き飽きしていたらしく、それが終わるというのならと俺の誘いに乗ってくれた。なにか問題が起きても全部俺のせいにするつもりだったんだろうけど、俺は俺で結構ヤバいことをあの人にさせていたからおあいこだな、うん。

 それにしてもマジで神官服、似合ってなかったな……。




「…………」


 その日の夜、俺はひとり、黒鋼寮のロビーにいた。


「…………」


 部屋ではスヴェンがぐーぐー寝ているはず。ヴァントールとマテューがガチの手合わせをしているということを知ったトッチョとふたりでやたら盛り上がって日が暮れるまで剣と槍を振り回していたからな、すやっすやよ。


「…………」


 暗いロビーに、俺以外は誰もいない。

 外の月明かりがほんのりと窓から差し込んでいて、俺の吐く息が白く見える。


「…………」


 俺は眠れなかった。

 ビシバシと感じていたからだ……誰かの気配を。

 こんなにわかりやすい気配ならば誰かが起きてきそうなものだけれど、気づいているのは俺だけ。ただひとり俺だけに向けた存在感……そんなことできるんだろうか。いや、現実として今それが起きているのだからできるんだろう。

 俺はドアを開けて外へと出た。

 外はもっと寒かった。

 キンと冷たい空気が満ちている。


「…………」


 誰もいない。

 いや、いる。

 瞬きした直後に、その人物は現れた。

 羽織ったマントの真紅が目に鮮やかで、上着も同じ真紅ながらパンツは染みひとつない真っ白だった。

 淡いブルーの髪は長く、右側で結んで流れている。頭に載った制帽もまた真紅だが、髪の色に良く合っていた。

 腰に吊った剣を見れば、その人が——彼女が騎士であるということがわかる。


緋剣姫騎士団プリンセススカーレット副団長、ノエリーネ=ランツィア=シュリーベンブルクよ。剣を抜きなさい、ソーンマルクス=レック」


 吸い込まれそうな青い目。

 整った顔はまるで作り物のようにさえ思えるほど。

 剣を抜くその姿すらも絵になると俺は思った。


「……理由は?」


 さっきまで存在感を放っていたのは彼女だ。

 でも「いない」と思った場所に瞬きしたら「いた」というのはどんな芸当で、なにをどうやったのかは見当もつかない。

 こんなにきれいな人が俺に会いに来て、剣を抜けと言った理由にも見当がつかない。

 ただ感じている——強い。

 強者のたたずまい。

 いや、それはそうか。さっきのように自分の気配を俺にだけ向けるなんてことができるんだから。

 しかも正騎士にして騎士団副団長。

 俺も初めて目にするような立場の人。

 緋剣姫騎士団は女性だけで構成される騎士団で、女性王族の護衛が表向きの任務だが諜報活動を含む隠密行動なんてこともやる。だからといって彼女たちが剣の実力で劣るわけではない——あのリエリィが緋剣クラスなのだ。彼女が正騎士になるころにはきっとめちゃめちゃ強い。


「騎士は理由を問わない」


 声は変わらず冷たいけれど、聞きやすい。


「俺はまだ騎士ではありませんし、剣も抜いていない。剣を抜かない子どもを攻撃するんですか?」

「…………」


 眉をひそめるノエリーネ。


「さすがに俺だって襲われる理由くらい知る権利があると思いますが?」

「騎士は口答えをしない」

「します」

「しない」

「クラウンザード殿下も口答えしませんか?」

「…………」


 おっと。これはハズレか。反応がない。


「ってことは、なるほど……あなたを送り込んだのは国王陛下ですね」


 緋剣姫騎士団副団長を動かせるような人物は王族だ。ジュエルザード殿下はキールくんが情報を話しているだろうから俺に注目する必要はない。

 で、クラウンザード殿下でなければ残るは国王陛下。

 王妃殿下の誰かかもしれなかったが、彼女たちが俺に注目するとは思えなかった。


「判断力は悪くない」

「あれ、もしかして褒めてもらえてます? なら、その剣をしまっていただいて——」

「インノヴァイト帝国の剣聖に認められたという才の片鱗を見せよ」

「……は?」


 いきなり剣聖の名前が出てきて俺は止まってしまった。

 え、なに? 俺がむこうで剣聖とじゃれ合った(・・・・・・)ことを言ってるの?


「おしゃべりは十分だ」


 ノエリーネは、その瞬間、姿を消した。

 うっすら雪の敷き詰められた中庭を、足跡ひとつつけずに走った。


「ッ!」


 俺は左方向から迫る殺気に反応して思わず剣を抜いた。ッギィイインと金属音とともに腕に衝撃。軽い。次が来る。

 即座に「生命の躍動(ライトインパクト)」と「魔素波長(エレメントウェイブ)」を発動した。

 ほんとうは「空間把握(ホークアイ)」を使いたかったのだが、ふたつ以上のスキル常時発動は困難なのだ。

 俺はノエリーネの斬撃より、スキル発動のほうが厄介だと判断した。

 続く斬撃を剣によって防ぐ。

 踏み込みが、深い。

 そのくせダンスを踊るかのように軽やかなステップ。彼女を目で追おうとしても追いつかない。

 俺の足元は雪が踏みしめられているというのにノエリーネの足跡はついてもいない。


「その程度? ほんとうにクラウンザード殿下の剣を防いだのか?」

「ッ!」


 首筋にまとわりつくようなイヤな感じ。

「魔素波長」がスキルの発動を確認。

 俺はそれに合わせてスキルを放つ。


「『斬撃(スラッシュ)』!!」


 バンッ、と空気が爆ぜるような音。衝撃波が雪を舞わせる。

 ノエリーネが何を撃ったかはわからないが、それでも相殺した。


「どうやった、今の?」

「何がッ」

「こちらのスキル発動を把握していたでしょう」

「へぇー、それはわかるのに、俺がどうやったかはわからないんだ?」

「小細工で剣聖の気を惹いたのか」


 いや、小細工で気なんて惹いてない。むしろ剣聖のほうが小細工で空中に浮いたりして俺の気は惹かれまくりだったよ。あのやり方こそ教えて欲しい。


「思い込みの激しい人だな!」


 今度は俺から踏み込んだ。斬り主体の連続技。俺が使うのは日本刀のような湾曲した剣なのでノエリーネはすこしやりにくそうにしている。

 この国も、インノヴァイト帝国も直刀が主流だったもんな。

 流れるような連撃で数歩押し込んだが、


「ッ!」


 ノエリーネの姿が消えた。

 これが彼女の戦い方なんだ。軽やかなステップで——いや、違う。

 一段階速く(・・・・・)なってる。


(今までのは手加減だったってことかよッ!)


 俺はスキルの「魔素波長」を止めて「空間把握(ホークアイ)」に切り替える。

 近距離でのスキルはない。

 この人はそういうスタンスの戦い方だと俺は判断した。


(見える)


 死角から迫る剣も「空間把握」によってわかる。力は入らないが俺は剣を逆手に振ってノエリーネの剣に当てる。弾くことはできないが剣の軌道は変わる。それで十分だ。


「!」


 そのとき、ノエリーネの表情に変化があった。


「当たると確信してたのに、って思った?」


 その間に俺は身体の向きを彼女に向ける。

 ノエリーネは、強い。

 たぶんまだまだ速くなるし、隠してる攻撃方法もあるのだろう。

 彼女は単に俺の実力を測ろうとしているのか?

 それともガチで殺しに来た?


(まぁ、どっちでもいいや)


 俺は剣を鞘に収めた。


「どういうつもり」

「…………」


 だけど柄に手は置いたままだ。

 実力を測るなら見せてやる。

 本気で俺を殺すなら抗ってやる。

 すぅ……と息を吸って、吐く。感覚を研ぎ澄ませる。


「……負けを認めたわけではないようね」

「…………」


 ノエリーネもまた剣を構え直す。

 ……すごいな、彼女の整った髪は乱れてもいない。

 こっちは汗だくだってのに。風邪引いたらどうするんだ。


(バケモノみたいな強さを持ってるヤツがいる)


 インノヴァイト帝国で剣聖を見たときにもそう思ったけれど、この王国にもやっぱりいるんだ。

 緋剣姫騎士団はその武力を誇る性質はまったくない。だというのに副団長でこの強さ。

 俺がここで——そう、まさにこの場で、「特別訓練」なんて称された戦いの場で相対したインディ=パーカーよりもはるかに強い。


(上には上がいる)


 ならば、その上をさらに目指せばいい——。


「……行くわ」


 彼女は、トンッ、と地面を蹴って走り出す——俺はその瞬間を狙って柄を握りしめた。

 肉体に宿るすべての活力を腕に集中する。

 瞬間、俺の周囲の空気がビリッを震える。


「!」


 ノエリーネの表情が驚愕に染まるがもう遅い。剣を鞘に収めた時点で俺の勝ち(・・)だ。彼女は攻撃モーションに移ろうとしていたがそれを止め、防御態勢へと移る。


(それすらも遅い)


 この一撃は不可視の斬撃。

 すべてを薙ぎ倒す必殺の剣。

 行け——。


「『抜刀一閃(ゼロスラッシュ)』——」

「——待った」


 俺の剣が発動する寸前、誰かの手が剣の柄を押さえ込んだ。


「この勝負、俺が預かる」


 そこにいたのは白い制服を着た騎士——白騎獣騎士団(ホワイトライダーズ)の正騎士である、


「……ラスティエル様?」


 三大公爵家のひとつヴィルカントベルク家のラスティエル様、その人だった。




「おっと動くなよ、ノエリーネ殿」


 いつ剣を抜いたのか、ラスティエル様はその切っ先をノエリーネに向けていた。

 ……いましたね、この人も。そういや、この人もバケモノだったわ。


「なんすか、これ」

「……そうふてくされるんじゃねぇよ、ソーンマルクス」

「ラスティエル殿。白騎獣騎士団とて私の任務遂行の邪魔をさせません」

「あ?」


 ノエリーネに対してラスティエル様はぎろりと視線を向けた。


「誰に向かって口利いてんだ?」

「ッ……!」


 お、おっかねぇ〜。俺に向けられてないけど、ガチの殺気だ。


「ひ、退く気はないということか」

「お前が失せろ。大体な、お前、俺が止めなかったら今ごろ胴体が真っ二つになってたぞ」

「は?」

「そうだろ、ソーンマルクス」


 ラスティエル様は俺がなにをしようとしていたのかわかっていたらしい。


「ハッ、正騎士ともあろう者がなにを言うのかと思ったら……ロイヤルスクールの初年度生徒がそのようなこと、できるわけがないだろう」

「もういいよお前。さっさと帰れよ」

「んなッ!?」

「コイツの実力は十分わかったろうが。所詮は陛下のお戯れだ」

「貴様! 白騎獣騎士団に正式に抗議を申し入れるぞ」

「好きにしろ」

「後悔するなよ!」


 先ほどまでの優雅な動きとは裏腹に、ずんずんと雪を踏み散らしてノエリーネは去っていった。


「……いいんすか? 抗議するって言ってましたけど」

「問題ねぇよ。毎月数回は俺宛の抗議が来てるんだ。アイツ、ロイヤルスクールのころからキャンキャン吠え散らかしてていつものことだ」

「…………」


 ロイヤルスクールのころからの付き合いってこと?

 で、ノエリーネがラスティエル様に抗議をし続けている?

 ……ははーん。


「ソーンマルクス、なんだその顔は」

「別にぃ〜」

「アイツとはなんもないぞ。抗議されてるだけだ」

「あ、そうすか〜」

「お前っ」


 腕を回されて頭を締めつけられる。


「いでっ!? マジでいてえ!」


 ゴリラかよってくらいのパワーがえぐい! ちゃんと頸動脈を圧迫しないようにしてるのがまたえぐい!

 力が緩んだ瞬間に逃げ出した。


「ったく……お前、わかってんのか。ノエリーネだって手加減してただろ。そこにエクストラスキル撃ち込もうとしたな? あれ、スキルレベル300のヤツだろ?」

「なんでわかるんですか。ラスティエル様も何か特殊なスキル持ち?」

「違う。鞘に収めた状態からしか放てない上位スキルがあることを知ってるってだけだ。インノヴァイトの初代皇帝が使っていたらしい……まあ、ノエリーネは知らなかったようだが」


 へえ、インノヴァイトの初代皇帝って、国境にあった石像の人か。


「でも胴体を真っ二つにはできませんよ。だってこれ、刃をつぶしてますもん」


 俺が剣を抜いてみせると、「え!?」とラスティエル様は目を丸くした。


「ノエリーネは真剣だったのにお前は模擬剣だったのかよ!? 正騎士がロイヤルスクールの生徒を相手に真剣だったってのにお前は模擬剣! ぎゃははははははは!」


 めちゃくちゃ笑うじゃんこの人。「今度会ったときにもっとバカにしてやろ」とか言ってるし。


「……で、なんでラスティエル様がここに? 俺、なんも悪くないですよね。いきなりケンカふっかけられて反撃してただけだし」

「ま、気にすんな。そういうこともある」

「それって……騎士団とか貴族とか、それこそ王族とかのワガママに振り回されるってことですか?」

「細かいことをほじくるな」

「聞く権利くらいあるでしょ。だって」


 俺が振り返ると、黒鋼寮の窓に明かりがいくつかついてて、仲間たちが心配そうにこっちを見下ろしている。特にリットが「なに!? またトラブル!?」って顔してるんだよ……説明しなきゃいけないんだよ……。


「ははっ。お前はいい仲間に恵まれたな。まあ……知る権利か、そうだな、お前にはあるかもしれんが……心当たりだってあるだろう?」

「え?」

「ルイーズ=マリー殿下と陛下に手紙を届けた」

「…………」


 ドッ、と冷や汗が噴き出した。

 え。なんで? なんでもうバレてんの? フルチン先輩がゲロった?


「内容は知らんが、届けたのは事実だろ? それでルイーズ=マリー殿下が血相を変えて王宮に入ったロイヤルスクールの生徒を調べさせたんだ。それで、キルトフリューグと、お前が浮かび上がった」

「いやいやいや! キールくんはともかくなんで俺!?」

「ふたりの王子殿下と接触したろ。剣持って」

「いや、アレは……俺だって間に入りたくて入ったわけじゃ……」

「わかってる。おかげで血で血を洗う展開にはならなかった。だからこそ浮かび上がるわけだ。クラウンザード殿下が仕向けたロイヤルスクールの嫌がらせを退け、王宮ではふたりの王子殿下の間に入り込んだ。さらには、俺も内容は知らんが(・・・・・・・)、ルイーズマリー殿下が血相を変えるほどのなにか(・・・)を伝えた」


 言われてみると確かに俺って怪しさ満点だな。

 でもさ、俺が悪いわけじゃないよな? 誰が悪いかって言うとクラウンザード殿下だよな?


「陛下としてはお前に興味が湧いたんだろう。ああ、あと、剣聖がどうのとか聞いたけどお前なに? インノヴァイト帝国に亡命でもしようとしてる?」

「ないないないない!」


 ぶんぶんを首を横に振った。

 インノヴァイト帝国の件は、はい、俺が悪いです。でもなんでもう知ってるの?


「だから陛下はお前が本物(・・)かどうかを確認させるべく緋剣姫騎士団プリンセススカーレットを動かしたんだろう。まあ、ノエリーネが来た時点で緋剣姫のレベルの低下を嘆きたくなるがな」


 にやりとしているラスティエル様。この人、ほんとにノエリーネをからかうのが好きなんだな。


「はあ……なんかわかったようなわからないような感じですけど、ラスティエル様はその辺のことを知って、俺を助けに来てくれたんですか」

「……ま、そうだよ。ノエリーネだって一応副団長だから、強い。でも学生を甘く見たせいでお前にやられそうになっていたのは想定外だったが」


 ラスティエル様はちょっと気まずそうに肩をすくめて、


「だけどこれで、お前はますます注目されるようになったぞ。俺に情報が入ってきたのも、三大公爵家の集まりがあって速報がそこに来たからだからな。まあ、キルトフリューグが関与しているからというのもあるが……他の貴族家もやがて知ることになるだろう」

「げっ、止めてくださいよ……」

「やっぱり白騎獣騎士団(ホワイトライダーズ)に来ないか? お前は鍛えがいがありそうだ」

「それも止めてください」

「おいおい、白騎獣(ウチ)にスカウトされて嫌がるヤツなんてふつういないぞ」


 ふつうじゃなくて構わないんですわ。

 俺は堅実な収入に安全な仕事がしたいんですわ。

 毎日定時帰りして、行きつけの居酒屋で酒を飲んで「ぷはーっ、仕事帰りの酒は最高だな」って言いたいだけの人生なんですわ。


「それじゃ、俺は帰るぞ」

「あっ、ラスティエル様。キールくんたちはいつごろ来ますか?」

「そうだな、春が来るころには戻ってくるんじゃないか?」


 春って。

 そんなに掛かるのかよ。


「お前のように身軽に王都を出ていくわけにはいかん。これから陛下の快癒祝いをして、遠方の貴族たちが領地に戻る前に挨拶回りをする。うちもそうだが、公爵家にだって挨拶が来る。年始の挨拶だってまだだったんだからな」

「うへー、貴族ってこれだから……」


 俺が不敬に近いことを言ったが、ラスティエル様は同感を示しつつもあきらめたように両手を広げて首を横に振るだけだった。


「ああ、ソーンマルクス。お前のその剣、もうガタが来ているな。俺の鍛冶匠を紹介しようか?」

「……いや、いいっす。懇意にしてるところがあるんで」

「そうか」


 ラスティエル様はそれだけ言うと去って行った。

 俺は俺で、ガタが来ている——確かに、傷だらけになった黒い模擬剣を見た。

 ふたりの毛むくじゃらのドワーフがやっている「穴蔵鉄血工房」のことを思い出すと、緊張していた身体がふっと軽くなった気がした。


「あー……どっと疲れたわ」


 俺は剣を鞘に戻し、寮へと戻る。1階のロビーにも明かりが点いていて、心配そうなリットがドアを開けて俺を待っていてくれた。なんて言い訳しようかな……。


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威圧を朝まで無視してたら副長団長凍えて終ってるんじゃ もしかして副団長 諜報専門でなく暗殺専門だった?
平の正騎士より軽症でしょと煽れば
副団長、意外とポンコツ系か?知人からは「黙ってれば美人」とか言われてそう。
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