勉強会は急遽、謎解きに変わって
それから俺たちは多くのことを話し合った。
どうやら勉強会では第1王子が呼び出したという地方の騎士養成校に通う貴族家の子女も来たという。1回きりだったようだが。
王都の貴族は王都から出ることができず、この1か月ほどは籠もっているという。
ドラッヘンブルク伯爵のように地方に在住だが国王が病に倒れたと聞いてやってきた者も多いという。そういった貴族は王都の貴族とは違うコミュニティがあって彼らは彼らで情報交換をしている。意外なことにクローディアちゃんのパパがそういうコミュニティに出入りしているので彼女がいちばんよく知っていた。
「多くがサウスロイセン州とマウントエンド州の貴族で、ノーザングラス州、ウェストライン州の貴族はいらっしゃらないようです」
ドラッヘンブルク伯爵はノーザングラス州の貴族だが、彼は例外的にこちらに来たのだろう——第3王子殿下に会うために。
「サウスロイセンとマウントエンドの貴族が来ているのはなぜでしょうか? クラウンザード殿下が呼ばれたのですか?」
「いえ、そうは聞いておりませんわ」
「リエルスローズ嬢はなにかご存じですか」
水を向けられたリエリィは首を横に振った。
リエリィ自身は緋剣クラスだが、彼女の家は武人を輩出しまくっている完全武闘派のグランブルク家なので、父も兄弟も日々剣の鍛錬ばかりしているという——それを聞いたヴァントールがうらやましそうな顔をしている。
「キルトフリューグ様、サウスロイセンとマウントエンドの貴族当主が王都に来ることはむしろ自然ですもの。考えなければならないのはノーザングラス州とウェストライン州の貴族がなぜ王都に来ないのか。陛下のご病気であればなにをおいてもはせ参じるべきでしょう」
ラストボーダー州は荒野で、王家直轄なので貴族がいないという。
「ノーザングラス州は雪が深いからでは?」
「おそらく。ドラッヘンブルク伯爵は飛竜に乗って王都に来たということですもの」
「ではウェストライン州は?」
キールくんの問いには誰も答えられなかった。
「うーん……俺が見てきた範囲だとウェストライン州はふつうだったけどね。街は活気づいてたし」
「……え? ソーマくんはウェストライン州にいたんですか?」
「あ、いや、通り過ぎただけ。年末年始はインノヴァイト帝国にいたから」
「ええ!?」
あれ、この話はしてなかったっけ。全員がびっくりしている。
「スヴェンの実家が『流水一刀流』って流派の当主でさ、『剣匠』って立場を与えられるほどだったんだけど、『剣匠戦』って戦いを申し込まれ……って今日の話には関係ないよな。そうそうウェストライン州だけど——」
「ちょっと待てェ! その話もっと聞かせろィ!」
「そうだぜソーマ! そこで止めるなんて生殺しだ!」
鼻息荒くヴァントールとマテューが身を乗り出してくる。ああ、そうだった。こいつらはスヴェン病の患者だった。
「いや、でも、今は各州の貴族の話を……」
「休憩だァ! 休憩!」
「そうだそうだ! 休憩を挟まないといい知恵も出ない! そうだろ、キルトフリューグ様」
完全にキッズの目になったふたりを止められるわけがなく、キールくんは苦笑する。
「そうですね。お茶も冷めてしまったので淹れ直しましょう。フランシス様、リエルスローズ嬢とクローディア嬢もよろしいですか?」
「こうなったマテューは止められないからね〜」
「…………」
「はい、私はもちろん問題ありません」
「……リエルスローズ嬢?」
「あ、はい。構いませんもの」
一瞬上の空だったらしいリエリィも賛成し、お茶を淹れ直しながら俺がインノヴァイト帝国でなにをしてきたのかを話す場になった。
スヴェンの実家の話はもちろん、ジャンという剣士の話も、「雷火剣術」という流派から「剣匠戦」を申し込まれ、その戦いがあったことも盛り上がった。スヴェンの父が奥義「水影斬」を繰り出したくだりではヴァントールとマテューが目をキラッキラさせて腰を浮かせていた。俺の話術も捨てたものではないな。
話の途中、枯れ木に生えているピンクの毒々しいキノコであるピンキノさん——本人は大精霊を名乗っているが俺から見ればただのキノコ——の話はみんな「へぇ〜」という感じで。「天稟を教えてくれる? まあそういうこともあるよね」くらいの反応だったからビックリした。この世界だと天稟を知る魔道具も存在しているし凶悪なモンスターもいるのでそこまでの驚きではないらしい。えぇ……俺はめちゃめちゃびっくりしたし、テムズとリッカも自分の天稟を知ってめちゃめちゃびっくりしたんだけどな……。
その後、剣聖が道場に現れて俺が戦いを挑んだくだりでは、
「なにやってるんですかソーマくん!」
「ソーマさん……」
「ソーンマルクス様、ほんとうにそのようなご無理はもう……」
とキールくん、リエリィ、クローディアちゃんに呆れられ、
「僕は知ってた、君がそういう無謀な人間だってこと」
フランシスには遠い目をされ、
「いいから続きィ!」
「どうなったんだ!? 強かったか!?」
ヴァントールとマテューはアニメの次回予告で焦らされている幼稚園児みたいな反応だった。このふたり、幼児退行してない?
剣聖との話は正直に伝えた。
全然勝ち目がなかったことを。
斬撃を大声で散らしたり、宙に浮いたりするんだぜ? 無理無理、勝てるわけがない。
聞き終わるとみんな長いため息を吐いた。
「すごいですね……名にし負う剣聖の名は伊達ではありません。王国の白騎獣騎士団長と戦ったらどちらが上なのでしょう……」
「でたらめに強いヤツァ、その実力を測ることすらできねェからな」
「俺も手合わせしてみてぇな……」
「マテュー、それなら先に学年でトップにならないと」
「帝国の五聖に、目を付けられたというのはとんでもないことですもの。ソーマさんも気をつけたほうがいいと思います」
「そうですよね。ロイヤルスクール在学中は正式な騎士ではありませんから、スカウトが来ちゃったりとか……」
みんな口々に感想を言う。
「まあ、スカウトとかは大丈夫だと思うよ。あの剣聖、生意気なヤツは嫌いそうだったし……」
それに俺は剣聖に負けたからやらなきゃいけない使命があるし、配下にしたいならそんなことさせないよな。
そう、セルジュ=インノヴァイト殿下のすばらしさを王国で広めるという使命が。
あのきらきらで高貴な殿下のすばらしさをな。
我が黒鋼クラスの主筆であるルチカ大先生にちらりと説明したところ大興奮だったのできっと広めてくれることだろう……頼むから不敬にはならない範囲でお願いします。いやほんとマジ。ブチ切れたあの剣聖が乗り込んできたらさすがに死ぬ。
「とまあ、俺のほうはそんな感じで年末年始を過ごしたってわけ。行きと帰りにウェストライン州にも寄ったし、テムズとリッカのふたりもいっしょだったけど、行きも帰りも異変は感じなかったよ。むしろ帰りは新年を迎えて活気づいてるくらい」
話が戻ってきた。
「なるほど……」
改めてキールくんが考え込むと、
「……あの、わたくしひとつ思いついたことがありますもの」
リエリィが手を挙げた。
「なんでしょう、リエルスローズ嬢」
「ソーマくんの言葉にヒントがあると思ったのです。ウェストライン州にはなにもなかった……活気づいている、と……」
どうやら話の最初から、リエリィはそこに引っかかりを覚えていたらしい。
「それが?」
「王都の混乱はすでにウェストライン州都にも伝わっているはずで、少なからず影響が出ているはずですもの。たとえば王都への商流は細るか、止まっているはずで、商家は打撃を受けているに違いありません」
「にもかかわらず、活気づいている……」
「わたくし、インノヴァイト帝国への越境がそれほど簡単に行われていることも知りませんでした。ということは王都でなにが起きているかについても帝国始め他国は把握していると考えるべきでしょう。そうすると、なにが起きますか?」
「他国からの侵攻ですか? 我がクラッテンベルク王国は強国です。ウェストライン州は『万事問題ない』とアピールして帝国を牽制しているのではありませんか?」
なるほどな。
さすがに国王陛下の深刻な病状までは他国が知るはずがないとしても、異変には気づいている。まして貴族が王都に殺到していればなおさら攻め時だ。
ただ、戦争を起こせるほどの武力を持っているのは西側のインノヴァイト帝国くらいで、北方には国がなく、東方と南方は脅威ではない。
だからウチの貴族たちは王都にはせ参じてすこしでも情報を得ようとしている——。
「ウェストライン州の貴族が動かない、動けない理由は理解できましたね……でもそれは陛下が仮病であるという事実とは相反していますね。むしろ陛下が重篤な状態であることを示しているようにも感じられます」
「いいえ、この話にはまだ先がありますもの。ソーマさん、インノヴァイト帝国は王国を攻めると思いますか?」
「え?」
「今この瞬間です」
「いやー、ないでしょ」
俺は即答した。
「どうして言い切れるんだよ、ソーンマルクス」
マテューが怪訝な顔で聞いてくる。
「今は冬だからなぁ。帝国は『雪と氷の王国』を相手にしなきゃいけないのよ。冬巨人は冬にこそ活発になるからな。とんでもない激戦を強いられるみたいだよ、毎年」
そう。だからこそ剣匠であるスヴェンの父、アランさんは息子にちゃんとした剣を教えたくなかった。激戦を知っているだけに。
「おっしゃるとおりですもの。帝国は安心して冬巨人と戦うことができます。むしろこれを好機と、戦力を強化して冬巨人をさらに北へ追いやることも考えるはず。帝国の動きは、王国も当然追っているはずです。わたくしのお祖父様がおっしゃっていました——『開国以来の仇敵である帝国は常に警戒せよ』と」
「え、そんなに仲悪いんだ? 国境は往来も多いし、平和ムードだったけど」
「まさにそこです。平和なムード、国王陛下の病は真実らしい……これらの情報が帝国に浸透しているころでしょう」
「!!」
ガタッ、とキールくんが立ち上がった。
「——リエルスローズ嬢、まさかあなたは……国王陛下がインノヴァイト帝国へ侵攻しようとしていると?」
え?
逆?
逆に、クラッテンベルク王国が帝国へ攻め込む?
「はい」
リエリィがうなずいた。
「なるほど……」
「それは、思いつかなかったな」
「可能性はゼロではねェ……」
みんなが口々に言う。
その仮説は——この場にいる全員が納得できるものだった。
そしてそれは、国王陛下が自らの体調を偽ることで初めて成立する「大計」でもあったんだ。敵の油断を誘う、という。
そう、「戦争」の準備だ。
すごい計略だ。
だけど——上手くいくのか?
俺はそこが疑問だった。
「——キールくん。この仮説が真実だったとして、放っといていいのか?」
「どういうことでしょうか、ソーマくん」
「これ、俺たちだって気づいたんだぞ? 他に気づくヤツもいるぞ」
「いえいえ、私たち以外に気づいた人はいませんよ」
「それはウチの国内だけだろ。外国だったらどうだよ」
「あ……」
キールくんはちょっと考えてから、青ざめた。
「……陛下は思い違いをなさっているのかもしれません。確実に帝国を騙しきれると」
「そういうこと。国王陛下に近ければ近いほど騙されるし、第1王子殿下と第3王子殿下がいるからさらに目くらましになる。でも、遠ければ遠いほど騙されない。帝国は客観的にしか判断しないから、ウェストラインの貴族が動いていなければ警戒を解かないよ。そしていちばんの問題は、それを陛下に忠告できるヤツがいない。なんせ、面会謝絶だ」
「!!」
絶句したキールくん以外の面々も、言葉を接げないようだった。
ようやくたどり着いた仮説だというのに、国王陛下が間違っているかもしれないのだ。
みんな黙りこくってしまったけれど——俺は口元を緩めた。
「……ソーマくん、なぜ笑っているのですか」
「いや。みんな真剣に考えすぎだよ」
「え?」
「俺たちにだってできることはあるじゃないか」
そう、できることはある。
「陛下に一言は言おうぜ、間違ってるって」