勉強会の再会は小規模で
お昼が終わると、続々と公爵家に馬車が集まってきた。
「え、ウソだろ!?」
驚くのはお腹いっぱいだったけど、これはうれしいびっくりだった。
「おお、ソーンマルクスじゃないか。ほんとにいやがった」
「ソーマ〜! 会いたかったよ!」
黄槍クラスのマテューとフランシスが現れ、
「……チッ」
なんかヴァントールには舌打ちされ、
「うう……ソーンマルクス様……」
クローディアちゃんには涙目で言われ、
「元気だった?」
リエリィは相変わらず淡々としてた。
キールくんが年明け前までこうしてロイヤルスクールの生徒を集めて勉強会をしていたと聞いて——俺は思わず込み上げてくるものを感じていた。
キールくんはがんばっていたんだ。
ここで、閉じ込められたお屋敷で。
少なくともロイヤルスクールのみんなは「仲間」なのだと信じて。
(偉いなぁ……これが14歳ができることかよ)
キールくんは年末に誕生日を迎えていたのでもう14歳だった。
俺が黒鋼クラスのみんなをなんとかして全員で進級させたいと思っているけど、キールくんはそれが全クラス——全学年なんだろうな。
改めてキールくんを見直すと同時に、誇らしくなった。
「はぁ〜〜? クラウンザード殿下が剣を抜いただぁ!?」
勉強会はそこそこに近況報告会が始まった。
年末の勉強会では数十人を招いての会だったらしいけど、今日は1テーブルで済んでしまう。俺、キールくん、マテュー、フランシス、ヴァントール、リエリィ、クローディアちゃんしかいないからな。
とはいえ……フランシスを除く全員がクラス代表なんだよな。そのうち「総代」になる卵ってわけだ。俺としてはどこかのタイミングでトッチョとかオリザちゃんとかを「総代」にしてやろうと思ってるんだけどね。このふたりならどこに出しても恥ずかしくない総代になるだろうし。
俺が総代に? いやいや、寮長で十分すわ……。
で、話題は昨日のこと。
外廊下で殿下対殿下の戦いが始まりかけたって話。
「なに考えてるんだよ、クラウンザード殿下は! 仮にジュエルザード殿下を亡き者にしても立太子の正統性が失われるだけだろう!?」
声を荒げているのはマテューだ。
確か、マテューとフランシス、ヴァントールは第1王子派閥で、キールくんだけが第3王子派閥なんだよな。リエリィとクローディアちゃんは中立。
「落ち着きなよ。あの人の迂闊さは今に始まったことじゃないし」
「おまっ、フランシス、そんなこと言ったらマズいって。ここにはヴァントールもいるんだぞ」
「……おい、俺が密告するとでもいうのかァ?」
「そうは言ってねぇけど。お前って思い込んだら一途みたいなところあるだろ? クラウンザード殿下の敵は全部たたっ切るとか言い出しかねない」
ブホッ。思わず噴き出してしまったからヴァントールににらまれた。
「……ソーンマルクス」
「あ、い、いや。今のはマテューが悪いんであって、俺じゃないって。っていうか、お前らいつの間にそんな軽口叩ける間柄になったんだよ」
「はぁ……ソーマくん。彼らは勉強会が始まる前に必ず手合わせをしていたんですよ。みっちり30分以上は」
うへー。スヴェン並のバカがここにいた。ふたりも。
俺がうんざりした顔をしていると、
「……ソーンマルクス」
またもじろりとヴァントールがにらんでくる。
「な、なんだよ」
「お前……どうやった?」
「なにが?」
「クラウンザード殿下の剣は、白騎獣騎士団でも屈指と言われてンだ。ロイヤルスクール時代には武技戦で殿下に敵う者はいなかったそうだぜ……。それをお前が受け止められるとは思えねェ」
戦闘狂ヴァントールくんはクラウンザード殿下の剣のほうが気になるらしい。
するとマテューが、
「おい、ヴァントール。そりゃ忖度があるだろ、さすがに」
だろうなあ。
ロイヤルスクールで、王子殿下を相手に本気で武技戦なんて挑めんって。
「バァカ。学園だけだったらそうかもしれねェが、白騎獣騎士団は半端じゃねェ……そこで頭角を現したってことは、正真正銘のバケモノだ……」
へぇ……意外だな。ヴァントールは自意識過剰キッズかと思ってたけど、ちゃんと騎士団は認めているし、客観的に見ることもできるんだな。
「……お前、今なンか失礼なこと考えてねェか?」
「や、別に? ……まあ、剣は確かに重かったよ。なんかスキルも使ってたし……」
まぁね? 連撃だったら剣を落としてたな〜って思うこともないではないけどね?
でもラスティエル様のほうがヤバかったんだよな。俺の野生の勘がそう囁く。
「へェ……ソーンマルクス、お前、おもしれェな。スヴェンがお前を師匠って呼んでる理由がわかったぜ……」
ニヤァ、って笑ってる。怖いってこの子。体力バカなのにどうして性格病んでる感じなのよ。
「それはそうと、キルトフリューグ様。薔薇をまいてその場を収めたということですが……」
「ええ。いったんそれでクラウンザード殿下は退いてくださいました。ソーマくんを悪者のように扱ってしまったのは心苦しかったですが」
「いや。いいっていいって。俺だって平和なほうが望ましいし……。それでリエリィは、その話をしたってことはなにか気になるのか?」
「……いえ、建国王の故事に倣ったことはよいかと思いますが、クラウンザード殿下がその先まで考えてくださったかどうかはわかりませんもの」
その先? 故事になにかあるの?
俺がわからないでいると、リエリィが、
「薔薇を与えられた臣下は、それから建国王に忠誠を誓ったと言いますもの。ですが、その3代後になって、その臣下の家が側妃を輩出しました。側妃の子は第3王子となり、第1王子と第2王子が早世したこともあって、国王になりましたもの」
「……え?」
そうなの? キールくん? それじゃあの薔薇はむしろ、「第3王子が国王になるから! お前は早々と死ぬから!」みたいな宣言になっちゃうんじゃないの?
「いやー……リエルスローズ嬢にはかないませんね。おっしゃるとおりです。とはいえ、そこまで深読みしているかどうかはわかりませんし……」
「そうですわね。考え過ぎかもしれません」
「……一応それとなく探ってみるか?」
「止めときなよマテュー。たぶんそれ、やぶ蛇になるよ」
マテューをフランシスが止めている。うんうん。あの瞬間、納得してくれたんならそれでいい。そういうことにしとこ。
「あのさ、ルイーズ=マリー殿下ってどんな人なの? 俺、なんで呼ばれたんだ?」
「それです。なぜソーマ様がここにいらっしゃるんですか?」
食いついてきたクローディアちゃんに俺が学園であったことを話すと、初耳だったらしくみんな怒ってくれた。そりゃそうだよな。寮が破壊されるってなんだよって話だ。
「こういうときこそ高学年ががんばれよって思ったけど……高学年のほとんどが王都にいるのか」
マテューが唸っている。
「ソーマ様、碧盾クラスを守ってくださってありがとうございます」
クローディアちゃんがなんか目をきらきらさせてこっちを見てくる。うん……あのさ、別に、俺は碧盾クラスに可愛い男の子がいてその子を守りたいとかそういうモチベーションではないからね? クローディアちゃんってすぐに腐ってる発想にいっちゃいかねないから俺は信用してないんだよな……ルチカ大先生執筆の「裏☆ロイヤルスクールタイムズ」を鼻息荒く読んでいるのを俺は知っている。
「ルイーズ=マリー殿下は、とてもお優しく、平等を保ってくださっている方ですもの。きっとロイヤルスクールにまで迷惑が掛かったことを気になさっているのだと思います」
「リエリィは殿下のことを知っているの?」
こくり、とうなずく。
「わたくしの家が、ルイーズ=マリー殿下が輿入れの際に様々なお世話をさせていただきましたもの。わたくし自身も何度かお目に掛かったことがございます」
「そうなんだ……。その割に俺は放り出されたまんまだけど、まぁ、第1王子殿下を襲った感じになってるからしょうがないか」
「す、すみません、ソーマくん」
「いやいや、キールくんを責めてるわけじゃないよ!」
「——そんで、これからどうなるんだ?」
マテューが割って入った。
「クラウンザード殿下はキレる寸前だってことだろ? 衝突不可避だろ。ジュエルザード殿下はどうするって?」
「それが、なにも」
「なにも? 昨日は陛下に会いに行ったんじゃないのか」
「謁見はかないませんでしたね……クラウンザード殿下のこともあってうやむやになりました。ですが、陛下は事実を正確に理解なさっているはずです」
キールくんは淡々と言う。
ここで、第1王子派閥の貴族家であるマテューたちにもその話をしているということは、それだけマテューを信用しているから、なんだろう。
「事ここに及んで陛下がなにも言わねェのは、それが筋書き通りだからってことじゃねェのか」
「はい、私もそう考えています」
「筋書き通りってなんだよ」
ヴァントールとキールくんがわかりあっていると、マテューが聞く。うんうん、俺もよくわからんぞ。
「陛下は仮病だ」
ヴァントールは言い切った。
「いや……あのな、ヴァントール。そりゃ俺も最初はそう考えたさ、だけど俺たち貴族家だってバカじゃない。こんなに長く仮病を続けて国政が混乱して、いいことなんてひとつもない。ゆえに仮病を疑う者はもういない」
「そりゃ間違ってるぜ……。国政の混乱以上のメリットがあればやる」
「そんなものは存在しない」
「どうかな」
「じゃあ言ってみろ」
「俺は知らねェ」
「ほら見たことか!」
「俺は知らねェがあるかもしれん」
「それを詭弁と——」
「——あのさ、立太子はどうなんだ?」
俺はマテューとヴァントールの間に入った。
「陛下が表舞台から姿を消して浮かび上がったのは、第1王子殿下と第3王子殿下の立太子争いだろ? その膿を出し切るってことなんじゃないのか」
「いや……その可能性は俺も考えたが、なさそうだ」
「どうして?」
「陛下が次の王太子を指名すれば終わりなのに、わざわざ争わせる理由がないだろ?」
「それはそうだけど、悪いウワサもある第1王子殿下と、品行方正でこれから騎士団デビューする第3王子が出てきたら、王太子指名のときに揉めるじゃん」
「だとしても、わざわざこんな回りくどく膿を出す理由がない」
まあ、そうか。
「じゃあ、ほんとうに陛下はご病気ってことか?」
「俺は最初からそう言ってる」
「どうだかねェ……」
「ヴァントール、言いたいことがあるならはっきり言ってくれないか? 俺は貴族の考え方に詳しくないんだ」
「ハッ。なにか思うところがあるのは公爵家のお坊ちゃんもそうらしいぜ」
「え……?」
キールくんはじっと考え込んでいた。
「……そうですね、ヴァントール様のおっしゃるとおり今回の陛下の行動には違和感があります。仮病を使ってクラウンザード殿下とジュエルザード殿下の争いを煽ることには意義が感じられません。一方でほんとうにご病気であったとしたら、重要な臣下にはお考えを伝えるべきでしょう。それなのに陛下は籠もってらっしゃる」
「伝染病という線は?」
「王宮でそのようなものが流行っているということは聞いておりませんから、陛下だけが罹患するというのはおかしいでしょう」
「つまり……俺たちの知らない目的が陛下にはあって、今は姿を見せないってことか」
キールくんはうなずいた。
「皆さん、なにかご存じありませんか? 情報をつなぎ合わせればなにか見えてくるかもしれません」