公爵家の朝は平和で
ふぁぁ……もう朝か。頭の芯がずっしりと重くて、身体はまだまだ「寝かせてくれ〜」って言ってる気がするんだよな……。
そりゃそうだ。
昨日はあれから質問攻めだったもんな……。
キールくんは俺が第1王子の剣を防いだってことを理解してたけど、他の騎士はキールくんの言ったことを鵜呑みにして、「賊か!?」「黒鋼クラスはやはり信用ならんな!」とか言い出して大変だった。
ジュエルザード殿下が取りなしてくれれば良かったんだけどあの人はあの人でクラウンザード殿下の蛮行にブチ切れてたからそれどころじゃなくてさ。ああいう人こそ怒らせたら怖い。あの笑顔を思い出すだけで鳥肌が止まらん。
「——ソーマくん! 起きたんですか」
俺が部屋を出て行くと、廊下の向こうにキールくんがいた。満面の笑顔で。天使かな?
朝イチでキールくん。これは効く。誰でも目が覚めるし今日一日のパフォーマンスが上がりそう。朝の通勤ラッシュの電車内広告にキールくんを採用すべきだよ。
「おはよう。ありがとう、泊めてくれて」
そう、俺はキールくんち——つまり公爵家の邸宅に泊めていただいていたのだ。
「そんな……ソーマくんがしてくれたことと比べたら私が泊めてあげることなんてたいしたことでは……。あっ、そうだ。これから朝食ですよ」
そう、朝食。
これがめっちゃ楽しみだったんだよな〜。
昨晩も食事をいただいちゃったんだけど、めちゃめちゃ美味くて。俺が気を遣わなくていいようにって、客室に食事まで運んでくれて。ああ……あのエビのスープの濃厚さヤバかったな……。野菜のソテーもバターたっぷりで……。
「今日は私のお父様とお母様もご紹介できます」
「…………」
え?
「お父様は、ソーマくんのことを聞いて大急ぎで昨晩遅くに帰ってきてくださったんです! こんなことふつう、ないんですよ! 私がいくら言っても帰ってきてくださらないのに、ソーマくんの話を聞いたら、もう」
え?
「『お父様』ってことは、公爵閣下……?」
「もちろんです」
えええええええええ!
いらんいらん! いらんて! 公爵閣下になんて会いたくないって!
こちとら前世からこの方、平民一本槍なんだぜ!?
「キール、ここにいたの?」
とそこへ現れたのが朝から美しいドレスに身を包んだ一分の隙もない美女。ていうか、おいくつ? 俺の目には20代前半にしか見えないんですけど(つまりストライクゾーンど真ん中)!
「お母様、ご紹介いたします。こちらがソーンマルクス=レックくん。私の——学友です」
キールくんが俺を紹介してくれる。
学友! 学友だって! 初めてそんなふうに紹介されたよ。
「あらぁ、あなたが?」
って、お母様、近い近い! これでも多感な少年なんですよ! 人生は2回目だけど!
「お母様、ソーマくんが困ってますから!」
「あら。ソーマくん、って呼んでるのね?」
「あっ」
「いいわねいいわね。お友だちって感じ! ね、私もそう呼んでいいかしら、ソーマくん?」
「あ、はい、なんとでも呼んでいただいて……」
「なんだか私も若くなった気分ねぇ!」
「!?」
その瞬間、キールくんのママにぎゅってハグされた。
この、完璧なドレスの上からでもわかる胸の大きさよ……一瞬で俺の理性を吹き飛ばし、赤子にしてしまう存在感よ……!
「お母様! もう! ソーマくんを離して!」
「あら、ついうれしくなっちゃって。ごめんねぇ、ソーマくん」
「ばぶぅ……」
「ソーマくん?」
ハッ。
「だ、大丈夫です、ハハ、これしき余裕です」
「……ソーマくん? ほんとに大丈夫ですか? なんだか目が変ですけど……」
じっとりした目でキールくんが見てくるそこへ、
「おや、朝から騒がしいと思ったらこんな廊下でなにをしているんだい?」
「お父様!」
き、き、き、来たァアアアア! 公爵閣下!
俺は「生命の躍動」で身体を高速化し、服を整え寝癖がないかヘアーチェック。
そして一礼、
「お初にお目に掛かります、ソーンマルクス=レックと申します。公爵閣下におかれましてはご機嫌麗しく……」
「久しぶりだね」
「はい、久しぶり——え?」
見たこと、ある。
年齢的には30代のように感じられるけどやたら童顔で、さらりとした金髪を横に流している——そう、この人は。
「が、が、が、学園長といっしょにいた……?」
「そうだよ。私がキルトフリューグの父なんだ」
「え? お父様はソーマくんに面識があるのですか」
「ずるいわ!」
キールくんとお母様はそんなことを言っているが、俺はそこで初めて「答え合わせ」をされたような気分だった。
学園で問題を起こし、学園長に呼び出された俺。
明らかに高位っぽい貴族はいたけどどうやら俺を援護してくれていた模様。学園長はその貴族を粗略には扱えないようだった。
それが——キールくんのお父様、ラーゲンベルク公爵閣下その人だったなんて。
「さあ、食事にしよう」
昨晩遅くに帰ってきたとは思えない、快活な表情で閣下はそう言った。
「はは、ははは……」
なんかここに来て、俺、驚いてばっかりだわ。
公爵家の朝食は和やかなものだった。公爵閣下は、今、三大公爵家でどんな協議をしているかは明かさなかったけれど、それでも俺がやったことについては興味津々だった。
「ほう、王宮の侍従が教えてくれた、と……」
トイレマスターたる出っ歯くんのくだりで一瞬目を輝かせたのはちょっと気になったけど。
「ていうか、俺、ルイーズ=マリー王妃様の呼び出しで来たんですけどなんで呼ばれたんですかね?」
第1王子と第3王子のやりとりでちょっとした騒ぎになり、俺を王宮まで連れてきた初老の侍従が駈けつけてきて、剣呑な空気に驚き、その中心に俺がいたものだからまた驚き、って感じだった。
ルイーズ=マリー王妃殿下との面会についてはお流れになったらしい。まあ、あの侍従のことだから「会う価値ないっすよ、あのガキ」くらいは言ってそうなるように誘導したのかもしれないけど。
「そうだね。王妃殿下は、君がこの国に弓を引く敵なのかどうか見極めようとしたんじゃないかな」
「え、俺が国の敵!?」
「第1王子殿下の思惑を踏み潰したのだから注目を集めるのは仕方ないだろう? 急に台頭した人物に警戒心を抱くのは王族として当然のこと。王妃殿下はことのほか今の状況を気にしてらっしゃる」
「えぇ……俺はちゃんと、ふだん通りに学校に通ってるだけなのに」
キールくんがくすりと笑って「ソーマくんの『ふだん通り』が問題なのかもしれませんね」なんて言う。
「えっと、とりあえず……『問題なし』になったから釈放されたってことですかね? 王妃殿下と話もしてないですけど」
「……まぁ、そうなるね。他の問題が起きてしまったようだが……」
王子同士の争いのことを言っているのだろう。
まさか剣を抜くとは、公爵閣下も思っていなかったようだ。
「すまないが、そろそろ出なければならない時間だ。話を聞けて良かったよソーンマルクスくん」
「あ、はい」
食事もそこそこに公爵閣下は出ていってしまった。
「ごめんねぇ、あの人ほんとうに忙しくて……」
「ああ、いや、大丈夫ですよ。むしろ俺なんかのために時間を割いてくださって」
「お父様もまた、ソーマくんが『敵』なのかどうか気になったのではないでしょうか。だから、昨晩も急いで帰っていらした」
「え、ええ……? で、公爵閣下からも俺は『問題なし』になったってこと?」
「王妃殿下とラーゲンベルク公爵のお墨付きの『問題なし』ですね」
笑えない。笑えないんだよ、キールくん。
そもそも「問題なし」の一般人は王妃殿下と公爵閣下から目を付けられたりしないから。
「キール。せっかくですから今日は『あの会』を催したら?」
あの会?
「それは名案ですね! 今から急いで使いを出せば午後には開催できそうです!」
「ん? なになに?」
「ふふっ。ソーマくんにはナイショです。びっくりしますよきっと」
いや、もう驚くのはお腹いっぱいなんだわ……。