白の回廊事件
ッキイイイィィィンン——。
剣が、切っ先を防いだ。
第1王子の剣を、漆黒の剣が、俺の剣が防いだ。
「——貴様ッ」
と、クラウンザード殿下が吠え、
「ソーマくん!!」
と、聞いたことのある声がした。
だけど俺は、
(いってぇぇぇぇぇ!)
手がじんじんと痺れてそれどころじゃない。むちゃくちゃいてぇ。俺、今の瞬間に「生命の躍動」と「衝撃吸収」の両方かけて身体能力底上げしたってのに、クラウンザード第1王子の剣を防ぐだけが精一杯で、しかも手が痺れた。これ、なんかのスキルか? わからん!
わかっているのは——コイツはガチで、第3王子を殺そうとしたってことだ。
「お兄様! これはどういうことですか!!」
剣を抜いたクラウンザード第1王子に対して、ジュエルザード第3王子陣営も気がついて一斉に抜剣する。もちろん、第1王子陣営も抜剣した。
その中央にいるのはクラウンザード殿下と、俺。
手を伸ばせば届く距離。
(——これが第1王子殿下か)
ジュエルザード殿下とは似ても似つかない荒々しさが滲んでいる。俺を見下ろす目は、ゴミ虫でも見るかのようだ。
(強い)
遊び歩いてるって聞いてたけど、強い。この人、ちゃんと鍛え上げてる。蒼竜撃騎士団の騎士インディよりも絶対強い。
(でもまあ、それくらいの強さなら経験済みなんですわ)
白騎獣騎士団の正騎士であるラスティエル様のほうが強い。
なんならインノヴァイト帝国の剣聖はもっと強い。
「黒鋼クラスの分際で……この俺を止めたというのかッ!!」
クラウンザード殿下が吠える。
剣を持つ手に力が込められる——俺の「魔素波長」がスキルの発動を感知する。
来る——。
「——え」
その瞬間、俺と殿下の間に赤いものが飛んだ。
血……?
いや、違う。
まるで血しぶきのように散ったそれは、赤い薔薇の花。この白と黒の回廊にウソみたいな赤さが散ったのだ。
「開国の祖である初代クラッテンベルク王は、誤りを犯した臣下に、1輪の薔薇を投げてこう言ったと言われています。『すでに処罰の血は流れた』と——」
投げたのは、天使のような顔を、今は真剣なものに引き締めているキールくんだった。
「——おふたりの殿下をお見かけしたうれしさから自分を抑えることができず飛び込んで来てしまった、ロイヤルスクールの生徒を、クラウンザード殿下は剣によって制圧しようとなさいました。ここ、開国以来の栄光である王宮にて粗暴なる振る舞いをした生徒には、同様にロイヤルスクールに通う私からも厳しく注意を行います。願わくは開国王の故事に倣いお許しをいただけますよう、クラウンザード殿下にはお願い申し上げます」
あ……あー。
なるほど?
キールくん——クラウンザード殿下が「攻撃した」ことをなかったことにしようとしてる?
俺が先に飛び込んで来たから反応しちゃった、ということにして。
つまり悪者は俺。
「……ひぇ」
思わず声が出た。
だって、クラウンザード殿下が視線だけで人を殺せそうな顔してるんだもん。その目は腰を折っているキールくんに当てられている。
「興ざめだ……飼い犬にはせいぜい縄をつけておけ」
言うと、クラウンザード殿下は剣をしまって歩き出した。他の正騎士たちもあわててそれについていく。
「…………」
ふぅ〜〜〜〜〜〜焦ったわ。マジ焦った。このままへにょへにょと座りたいところだわ。
「——ソーマくん!」
腕がつかまれたかと思ったらそこにはキールくんがいた。
「大丈夫ですか!? なんて無茶を……!!」
「あ、ああ、大丈夫大丈夫。っていうかキールくん久しぶりだね」
「どうしてここにソーマくんがいるんですか!?」
「——それは私も聞きたいね」
剣を手にしたままのジュエルザード第3王子がキールくんの後ろに立っていた。
「……ひぇ」
やっぱり、兄弟だ。
にこやかなのに人を殺しそうな目をしてるんだもん……!
さすがのジュエルザード殿下も、兄に殺されそうになったのは理解していて、ブチ切れていらっしゃるらしい——。
* 侍従の服を着た男 *
「うわー、あれをうまく収めるのかね」
2階の廊下から渡り廊下を見下ろしていた出っ歯の男は、感心したように言ったが、その目はつまらなそうだった。
「……どっちかが死んでくれれば御の字、両方死んだら面倒なことこの上なく、両方生きたらこのつばぜり合いがもっと長続きして最悪、って感じだったのに……最悪のケースになっちゃったじゃん」
彼は廊下を歩き出す。誰もいない廊下を。
「は〜あ、ソーンマルクスにちょっとばかり同情していろいろ教えたのは失敗だったなぁ。平民出だからってな……」
向こうから、今日出勤の数少ない侍従のひとりがやってくる。いそいそと足早にやってくるが——出っ歯の男に気づいて怪訝な顔をし、それから言った。
「……そのような格好をするのはお止めくださいと以前にも申し上げましたが」
「別に。この王宮にある備品をどうしようと僕の自由だろ」
「格式というものがございます。どうぞ、自覚をお持ちください、殿下。そんなことをなさっても陛下に会うことはできません——」
「はい、はい」
適当に返しただけで男は侍従の横を通り過ぎた。
彼は願っていた。
さっさとこの窮屈な日々が終わることを。さっさと第1王子でも第3王子でもどっちでもいいから立太子されることを。
彼——国王陛下と平民の女の間に生まれた、グロウザード第2王子はそう願うのだった。