特別訓練の顛末は
* ジノブランド=ガーライル *
ロイヤルスクールの教員たちもまた浮き足立っていた。事前に知らされていなかった「特別訓練」、その指揮を執るのは蒼竜撃騎士団の隊長格。自分の受け持ちクラスの生徒たちがどんな結果を出せるかが気になるのはもちろん、この訓練にどんな意図があるのかも知りたくなるのが人情だろう。
気づけば隊長格——ナガシッカクのいる応接室の前の廊下には教員たちが集まり始めていた。
「——いやしかし、急なことですな」
「——まったくです。学園長はこのことをご存じなのか……いや、あの御方も今は王都か」
「——王都におったほうがよかったのか。あるいは身動きが取れなくならないようにこちらにいて正解なのかわかりませんな」
廊下は廊下で寒いので、数少ないストーブの回りに集まっている。
1年から5年までの教員だ。
生徒たちと同じく、彼らのうち半分は王都のお屋敷で身動きが取れなくなっている——高位貴族家出身者は。
(……大丈夫か、ウチのクラスは……)
ジノブランドはストーブにあたりたい気持ちもありながら、教員たちの輪に入れない。元はと言えば一匹狼だったし、さらにはとびきり目立つ黒鋼クラスの担任である。疎まれているし、「隙あらばいろんな貴族家と懇意になりたい」と考えている教員たちとは考え方も合わない。
これまで気にしていなかったが、情報収集をしたいときには困るのだと知った。
(さすがにソーンマルクスがいるから大負けということはないだろうが……)
そわそわしているが待つことしかできない。
訓練開始を告げる鐘はすでに鳴ってしまったのだ。
「ハハッ、気もそぞろと言う感じですな、ジノブランド先生」
「!」
話しかけてきたのは蒼竜クラスの担任だった。
「問題児ばかりのクラスを受け持つというのは大変でしょうな」
「……なにが言いたいのです?」
「黒鋼クラスが勝つことは万に一つもあり得ません。せめて重傷者が出ないことを祈るのがよろしいのではないですか。学園にも神殿の出張所がありますから、神もささやかな願いくらいならば聞いてくれるでしょう」
「私のクラスよりも蒼竜クラスを心配したほうがよろしいのでは? 武技においては個人戦で黒鋼クラスに負けていますし」
ジノブランドが皮肉を効かせると蒼竜クラスの担任の額に青筋が立った。
「ほう……そんなことを言っていられるのは今のうちですぞ。蒼竜クラスが負けることはあり得ないのですから」
なんだその言い方は。今回の特別訓練において蒼竜クラスは「格別に配慮する」という裏取引でもあると言っているようなものではないか。
「ただ勝つだけなら黒鋼クラスだって——」
「それはあり得ないと言ったでしょう? なにせ黒鋼クラスが対峙するのは……おっと、これ以上は言えませんな」
「なんですか。その思わせぶりな言葉は……」
ジノブランドはハッとする。
蒼竜撃騎士団の隊長格がわざわざ指揮を執っている「特別訓練」。連れてきたのは軍属の兵士だが——そこに正騎士が紛れ込んでいるのでは?
(マズい——!)
軍属の兵士と正騎士では、レベルが段違いだ。
ソーマがいくら生徒を鍛えたとて、勝てるわけがない——。
「そんな……そこまでするのかッ……! なぜ!」
「貴き御方のお考えを推し量るなどおこがましいことでしょう」
「なに……?」
ナガシッカクを「貴き御方」と言うのは不自然だ。ならば今回のことはそのさらに上——王族が絡んでいるということか。
「おっと、ちょうどいいところに伝令が来ましたよ。訓練結果を知らせるものでしょう……まずはどこのクラスの結果でしょうかね」
軍属の兵士が走ってくる。やたらと焦っているように見える——まさか、予期せぬ事故が、と思い当たってジノブランドは手を握りしめる。
「特別訓練の結果について報告に参りました!」
「——入れ」
廊下で兵士が叫ぶと、ナガシッカクが応答する。兵士が部屋へと入ると教員たちはドアの前に集まってドアに耳を押し当てた。
「……・・……・……」
「……・……・・……」
「…………・・……・……」
「……・……・・…………」
何かを話しているらしい気配は感じられるが、
「——話の内容までは聞こえませんな」
「——シッ、静かにしてください」
詳細がわからない。
「なんだとッ——!?」
ドアを震わせるような大音声が響き渡り、張りついていたジノブランドたちは腰を抜かした。
なんだ?
いったいなにが?
「特別訓練の報告に参りました!」
そこへ次の伝令が走ってきた。
彼も大急ぎで走ってきて、焦って応接室へ入ったせいかドアの閉まりが悪かった。
「——報告いたします。碧盾クラスの襲撃チーム20名は全員戦闘不能となり、防衛チームの勝利となりました」
「——なにをバカな! 碧盾クラスだぞ!? 烏合の衆だろう!」
「——それが、序盤は襲撃チームが押していましたが、途中から黒鋼クラスにより背後から襲いかかられ……」
「——なにッ!?」
黒鋼クラスが背後から襲う?
(なにをやっているんだ、ソーンマルクス!?)
そんなことをするのはソーマに違いない。
でも疑問もある。それならば黒鋼寮は誰が守っているのか。
その答えはナガシッカク自身が口にした。
「——黒鋼クラスは襲撃チームを撃退した後に、碧盾寮に行ったということか!」
撃退した。
それから碧盾寮に行った。
「つまり黒鋼クラスが勝ったってことですか!?」
喜色満面、思わずジノブランドが声を上げてしまうと、ドアがバーンと開いた。
そこには顔をドス赤くしたナガシッカクがいて、ジノブランドを見下ろしている。
「貴様……黒鋼クラスの担任だったか……?」
あわてて口を押さえたがもう遅い。
ナガシッカクの大きな手が伸びてきてジノブランドの胸ぐらをつかむ。
「ぅぐっ……」
「いったいなにをした……? たかだかロイヤルスクールの1年生が正騎士に勝てるわけがない」
「——がはっ」
解放されたジノブランドはその場に膝をついてしまうが、
「……じ、実力です」
「なんだと」
「か、彼らは私たちの想像をはるかに超えることをやってのけるんです。正騎士に勝ったと言われても、私はちっとも不思議じゃない」
不敵な笑みを浮かべた。
「貴様——」
とそこへ、
「特別訓練の報告に参りました……!」
「同じく!」
息を切らせて伝令がふたり走ってくる。
「黄槍クラスは襲撃チームと戦況は拮抗しておりましたが、終盤に現れた黒鋼クラスにかく乱され、黄槍クラスの勝利となりました……!」
「同様に緋剣クラスでも黒鋼クラスが出現し、襲撃チームが総崩れとなり、緋剣クラスの勝利に!」
聞いたナガシッカクはぎょろりとした目を見開いていたが、ジノブランドは自らの膝を打った。
(碧盾クラスに続いて黄槍クラスも! 緋剣クラスも! お前たちはすべての寮を回って守ってみせたということだな!? なんてヤツらだ……!)
黄槍クラスと緋剣クラスは碧盾クラスよりも人数が少ないが、連携は取れていたはずだ。とはいえ大人を相手にした慣れない戦闘、クラスのリーダーたちが不在である状況では拮抗状態にするのが精一杯。
そこへ、黒鋼クラスが遊撃で入ってくれば状況は一気に傾く。
きっと黒鋼クラスは——ソーンマルクス=レックは、一撃食らわせて襲撃チームの体勢を崩すや、すぐに次の寮へと向かったのだろう。
「そんなバカなことが……! 貴様の入れ知恵か!」
ナガシッカクが怒声混じりに迫ってくるが、ジノブランドに怖いものはもはやなかった。
なにしろ、ゆったりとした足取りで最後にやってきた伝令が、
「特別訓練の報告に参りました。蒼竜クラスは一致団結した動きで襲撃チームを破りました。……おや、そちらは黄槍クラスと緋剣クラスですか。早々と敗北宣言ですかね? いやー、蒼竜クラスの強さが際立ちますね!」
なんて言ったのだ。
しん、と静まり返る廊下。
「え? え? なにか私、おかしなことを言いましたか?」
なにもわかっていない伝令の肩にジノブランドは手を置いた。
「最後の報告、お疲れ様でした。私は生徒をねぎらいにいかねばなりませんのでこれで」
ナガシッカクや他の教員たちから見えない、廊下の角を曲がったところでジノブランドはジャンプして右拳を高々と掲げたのだった。