ちゃんとした正騎士
次の瞬間、俺は叫んだ。
「プランB!!」
そして騎士インディに背を向けてダッシュした。黒鋼寮目指して。
「おっと——逃がすわけにはいかん」
あっという間に追いつかれ、後ろから槍の突きが繰り出される。
「——師匠!」
「ソーマ!?」
ただの突き。だけど熟練者が放てばそれは一命を刈り取るほどの鋭さ。
「くっ……」
俺は半身をひねってかわすが、走る速度は急減する。
「はっ。回避行動を取れるとは、後ろに目がついてるのか?」
「そっちこそエクストラスキルじゃないなんて余裕だな!」
俺が振り返るとすでに兵士たちは攻撃に掛かっていた。俺と、インディを残して黒鋼寮へと殺到する。
「——なんだ、仲間が心配じゃないのか?」
「心配だよ」
背後でワアアアアァッと声があがる。
心配だ。
めちゃめちゃ心配だ。
頼むから——やりすぎるなよ。
「あん?」
兵士を相手にスヴェンやトッチョなら十分戦えると思う。やっぱりここはロイヤルスクール、つまりエリートしか通えない学校なんだ。この年齢でスキルレベル300まで到達している同年齢なんてほぼいない。
一般正規兵であっても100はいくが、200以上はぐっと減る。300なんてここにひとりいるかどうかじゃないだろうか——だからこそ正騎士の存在が際立つってわけだけど。
ともかく後ろは心配ない。
バリケードの裏にはまきびしもまいてあるし、さらには、
「——そーれッ」
上階からはスキルレベルの足りないメンバーが岩を投げ下ろす。
「プランB」は、「地の利」を活かした戦いだ。
人数差があってもこれなら絶対勝てる。
「なかなかえげつないことをするじゃないか……」
「え、岩くらいで? 煮えたぎる油をまいて、火を点けることもできたんだけど?」
「おまっ!? ほんとに1年か?」
「そっちこそほんとに正騎士なのか? ——一般兵に紛れて学生を襲撃しろなんて、俺だったら恥ずかしくてやってらんないけど」
「……ま、そういうこともあるさ。すべてがきれい事じゃねえし」
お。なんかちょっとだけやるせなさみたいなのが見えたぞ。サラリーマンの悲哀か?
俺は息を整え、改めてインディに向き直った。
「——止めませんか、もう。こんな特別訓練の評価なんて意味ないから、俺は執着ないですし。そっちが手を引けばそっちの勝ちで終わりでいいです」
「…………」
「王都で起きてるいざこざなんて、俺たち黒鋼クラスには関係ありませんから」
さあ、手を引け。
「……ハッ。口も達者と来たか。確かに一般兵どもは役に立たんようだが、俺は別だ。お前が恐れてるのは俺がお前のクラスメイトを攻撃することだろう? 危うくこっちが劣勢に立ってると思い込まされるところだった」
チッ、バレたか。
「あ〜、いいんすか? それじゃ俺も本気だすけど」
「構わん。一応教えておいてやる。俺は槍術スキルレベル400を超えている」
ゲッ。400!? エクストラボーナスの2つ目、「突進力+2」を持ってるってことじゃん!
大人の身体能力で「+2」だと通常攻撃であの鋭さになるのか。
「さあ、その上でもまだ『本気』とか言うのか?」
「どうっすかね——……」
「ほざけ」
インディは踏み込んで突きを放ってきた。先端をつぶしているとわかっているがこれ自体は鉄の塊だ。
しかもこの速度。トッチョの突きとは迫力が違う。
だけど——「空間把握」を使うまでもない。
「!?」
俺がほんのわずか身体をずらしただけでこれをかわしたことに、インディは驚いた顔をした。
その驚きに付き合ってやる気はない。
短期決戦。
出し惜しみはナシだ。
「『生命の躍動』」
なにせ俺の目標は——完勝。
「——『抜刀一閃』」
抜刀するや神速で振り抜く斬撃がインディの腹に迫る。
「『衝撃吸収』ッ」
俺の剣は確かに腹にめり込んだが、手応えはほとんどない。
こういう感じか。「防御術」スキル」を使われるってのは。
「ガハッ……!」
だけどダメージがゼロになるわけではない。エクストラスキルとしても「抜刀一閃」は2段階目のスキルで「衝撃吸収」は1段階目だ。これで完全相殺になったりしたら冗談じゃない。
俺だってめちゃくちゃ疲れるんだし、このスキル。たとえて言うなら全力で1キロダッシュするくらい。以前は撃ったあとは立ってられなかった。
「お、お前……なんだそのスキルは」
うーん、「刀剣術」はやっぱりあまり知られていないんだな。
「別に、なんでもいいでしょ」
俺はにっこり笑った。
「俺は相手を舐めないし、油断して戦ったりもしない」
「く……まさか慢心があったとは……」
インディは槍を杖代わりにしてなんとか身体を支えている状況。俺は踏み込んで槍を吹っ飛ばし、彼の喉元に剣を突きつけた。
「……負け、だ」
悔しそうにインディが声を絞り出すと、
「——おおおっ、すげえ! 蒼竜撃騎士団の正騎士に勝ちやがった!」
「——しかも2連勝!」
「——やばいやばいやばい、こんなことやらかしたらもう絶対蒼竜撃騎士団入れないじゃん」
「——お前そんなこと狙ってたん?」
すでに後ろでも勝負が決まっていたらしく、俺の勝利を祝う声が上がっていた。
「いやー、ありがとう——って」
スヴェンとトッチョの回りに5人ずつの一般兵がぶっ倒れている。オリザちゃんもふたりくらい倒してるけど、スヴェンとトッチョは明らかに頭ひとつ抜けて強くなったな。「俺のほうが先に5人倒した」「俺は6人行けたけどオービットに横からとられたんだ」「は? 言い訳か?」「事実だろうがコラ」なんてやり合っている。
なるほどなるほど。十分余裕だな。
「よし、みんな。勝利宣言——の前に」
俺は言った。「の前に、ってなに」って顔でリットがこっちを見てくる。ちなみにアイツは5階の窓からこっちを見下ろしている。
「まだまだ元気そうだな? 2戦目いくぞ〜」
「……は? なんだそれ、ソーマ」
オリザちゃんが聞いてきた。
「俺言ったじゃん。目指すは『完勝』だって」
「そりゃまあ……そうだけど」
「心を折るって」
「ええ? 最強のカードってこの人たちじゃないのか」
「そう。まあ、他にも正騎士がいるかもしれないけど……」
ぎくっ、て顔をしているインディ。わかりやすいなぁ。
「つまりその人たちは他の寮を攻撃しているわけだ」
「ふむ」
「俺たちは圧倒的に早く鎮圧できた」
インディはナメプしてきたのと、「地の利」によって兵士たちを制圧しやすかったというのも大きいけど。
「やることは簡単。他のクラスの手助けをしよう」
「手助け……? クラスごとの特別訓練なのに?」
「そうだよ。王都のいざこざをこの学び舎持ち込んだバカどもに吠え面をかかせようぜ」
「…………」
「大体、市街地戦だったら一度勝っても転戦することになるだろ?」
オリザちゃんはぽかんとしているけど、スヴェンとトッチョは鼻息が荒い。やる気満々らしい。他の黒鋼クラスの生徒も、「他クラスとの共闘」という今までにないシチュエーションに興奮している。
「……ソーマ、あのさ」
オリザちゃんは言った。
「お前、結構キレてる?」
あれ、言わなかったっけ。
そっか。キノコ頭にしか言わなかったか。