特別訓練の始まり始まり
「それなら勝負をしてやろう……黒鋼クラスの底辺の力とやらを確認しようか」
と言って剣を抜いたのはなんか髪をばっつりと真横に切っている、キノコみたいな頭の男だった。その隣にいる兵士——たぶん騎士——のほうができそうな感じなんだけど、そっちは髪の毛を逆立てていて、たけのこみたい……おっ、キノコタケノコ戦争か?
「おいソーマ、負けたらタダじゃおかねえからな。ったく、俺が出たかったのに……」
トッチョがぶつぶつ言い、
「こういう場では弟子の俺が露払いに出るべきでは……いや、師匠の剣が見られるまたとないチャンスでもある……いや、腕試しならやはり俺が……悩ましい!」
スヴェンが頭を抱えてじたばたして、
「ソーマ。アンタが負けるとは思ってないけど……頼むからやりすぎないでよ?」
オリザちゃんからは信頼がない。
ここにいるのは黒鋼クラスでも武技が得意な面々で、かつ運動能力が高くて近接戦闘向きのメンバーだ。
「ま、見ててよ」
俺は彼らを置いて前へと進む。
そうしてキノコ頭と向き合った。
武器は長剣。まあ、ちゃんと訓練用に刃を引いてある。
身長は俺より10センチくらい上で、体格に恵まれている騎士としては小さいほうだろう。俺ももっと背が伸びるんかな〜。最近成長が止まっている気がするんだよな……。
「おい、黒鋼クラス。これは訓練だが、訓練の途中で誤って命を落とす生徒もいるということを知っているか?」
キノコ頭が俺に剣を突きつけて脅してくる。
「知ってるよ。過去10年で3人いる。その場合、教師がその生徒の家族に対して個人賠償を行っていて、大金貨300枚が相場」
「さっ、300枚!? そ、それはほんとうか……!?」
ウソです☆
「個人賠償だよ。学園は責任を取らないから。くれぐれも気をつけて、他の兵士さんも、騎士さんも」
俺はちらりとタケノコを見たが、仏頂面の彼の頬もぴくりと動いた。
「さて、それじゃ——やりますか」
俺は腕をぶんぶん振り回してから剣を手に取った。さっきまで暖かい室内でウォーミングアップしていたから身体の調子は絶好調だ。
反対に兵士の皆さんは寒そうにしている。こういうところでも剣が鈍ったりするからな。
「ったく……黒鋼クラスの虫けらを踏み潰すだけで大金貨300枚とはやってられんな」
カチン。
ははーん、こいつアレだな、騎士団に格差があると信じ切っちゃってるタイプの正騎士だな?
「——ああ、言っておくけど。生徒が教員を殺してしまったケースにおいては無罪だから」
「なに?」
「教員が死んだらそれは自己責任だ。当たり前だよな? 指導する立場が生徒より弱いなんてあっちゃならない」
これもウソだ。
ていうか、そんなの調べたりしない。
俺はみんなそろって卒業するのを目指しているし、ジノブランド先生だって死んで欲しくないし。
だけど——言葉でプレッシャー掛けるくらいはいいよな?
特別訓練とやらで俺が寮長を務める黒鋼寮が破壊されるかもしれないんだぜ。
この寮にどれだけ労力を使ったことか! 汚れ落としたり風呂をちゃんと使えるようにしたりするのにどれだけ苦労したと思ってんだよ!
「ほう……黒鋼クラス風情が本気で私を倒そうと?」
剣を構えたキノコ頭に俺は言った。
「そうだよ。——言っとくけど、俺、結構怒ってるからな」
そうしてふたり同時に動き出した。
「せいっ!!」
「!」
まずは小手調べ。なんのスキルもない攻撃だ。
俺が振り下ろした一撃をキノコ頭はなんなく受け止める。ギィンと金属がぶつかって火花が上がる。
「子どもにしてはまぁまぁだな」
力で無理やり跳ね上げられ、がら空きになった俺の胸元に、
「ゼアッ!!」
鋭い突きが迫る。
俺はすでに背後にジャンプしてかわしたのだけれど、あっぶねぇな、ガチで狙ってきてるじゃんか。
「言うだけあって場慣れはしているようだ。だが、その程度。身体能力の差はいかんともしがたい」
「…………」
「どうした? たった一合で彼我の差を実感したか?」
うーむ。
どういうことだろう。
なんか……。
「……思っていた以上だわ」
「そうだろう。それこそが正騎士であるこの私だ!」
ついに正騎士を認めてしまったが、まぁ、それはどうでもいい(よくはないけど)。
思っていた以上に——弱くね?
いやさ、俺は白騎獣騎士団のラスティエル様の動きとか見たことあるわけよ。あの人、動きを感じさせないくらいに俊敏で、俺は目で追うのもやっとって感じ。
でもこのキノコ頭は、ふつうなんだよな。
ふつうの大人。
もちろん、訓練された大人は当然強いんだけど、でも想像の範囲内っていうか……。
「ほう? まだ戦う気か?」
「あー、はい。そりゃまぁ……ちょっと試したい気持ちもあって——」
俺は一気に踏み込んで打ち込んだ。
ギンッ、ギンッ、ギィン! と剣が打ち合わされる音がする。キノコ頭は最初こそ防戦だったが、
「そら!」
「!」
反撃を放ってきた。俺はそれを剣で受けたが、さすがにじぃんと痺れるような感覚がある。大人の一撃だ、そりゃ強いよ。
でも——なんだろ、それだけなんだよな。
エクストラスキルをいくつも持ってる人の凄みみたいなものがない。
「はぁ、はぁ、ふうっ——どうだ、黒鋼クラス。これが力の差だ!」
なんか息まで上がってるし。
「…………」
俺はちらりともう一人の正騎士っぽいタケノコを見たが、彼はむっつりと腕組みをしたままだった。どうやら、キノコの実力はこんなもんらしい。
「あのー、一応聞きますけど、正騎士なんですよね?」
「そうだ。蒼竜撃騎士団所属の正騎士である!」
ついに堂々と名乗っちゃったよ。タケノコが天を仰いでる。
「正騎士のレベルってこんな感じなの?」
「そうとも。恐れ入ったか!」
「……あ、そう」
ガッカリだ。
卒業生もめちゃめちゃ強いんだろうな、とか、ラスティエル様みたいなのがごろごろいたらやべーよなとか、いろいろと思うところはあったんだけどさ、一般正騎士はこんなもんなのか……。
ていうか、エクストラスキルってそんなに持てるものじゃないのか?
「ま、試してみればわかるか……」
「なにをごちゃごちゃ言っている! そろそろこちらは決着をつけるぞ!」
「それには同意だけど——『生命の躍動』」
俺はエクストラスキルを発動させる。発動中は身体能力を爆上げできるこのスキルを。
「あ?」
呆けているキノコ頭の前へと俺は迫った。さっきの倍の速度だ。
「なん、でお前がそこ——」
「ぜええええええい!」
俺は横薙ぎに剣を振り切った。
振り切れてしまった。
つまりキノコ頭の脇腹に剣はめり込んで、ヤツの身体を真横に吹き飛ばしたってわけ。
キノコ頭は無残に数メートル飛んで、地面を転がっていった。
「えぇ……」
しーん、と静まり返った。
「……おい、誰か手当てをしてやれ。泡吹いてる」
「は——はい!」
タケノコが言うと兵士のひとりが走って行った。
「で、君……黒鋼クラスって言ったっけ? 名前は?」
タケノコがゆらりと俺の前に立った。
あー、これはアレです。
ヤバいです。
全身に鳥肌が立ったわ。
「……ソーンマルクス=レック。黒鋼クラス1年です」
この人、めちゃくちゃ強いぞ。
「やっぱり平民か……俺はインディ=パーカー。ああ、男爵位はもらってるけど、形だけな。飛竜使いの正騎士だ」