戦闘準備は万端で
「ふっ……くくっ……ふふふふ」
「ど、どうしたのソーマ。びっくりするくらいのゲス顔してるけど」
リットさん? 言葉をもうちょっと選べないの?
俺たちはすでに黒鋼寮に集まり、お茶会を開いていた。ほんとうだったら焼肉パーティーくらいやりたかったんだけど、今日は特別訓練があるからと食堂のおばちゃんたちはすでに帰らされているらしい。そこまで手を回すのかよ。
とはいえ、お菓子とお茶だけで黒鋼クラスのみんなは盛り上がってる。
2年生より上の人たちは自分の部屋に引っ込んじゃったけどね……。なんなら「ちょっと図書室にこもって勉強してくる」なんて言って逃げた人までいる。
そりゃまあ、怖いよな。
この学生寮を舞台にして戦うことになるなんてさ。
でも俺たちはここを守らなければならない。しかも軍の兵士と戦う。
それならまずは緊張をほぐさないと——というわけでお茶会。
リットだけは変わらず不安そうな顔だけど。
「いや、まぁね。先生の話まで聞いたらいろいろと見えてきたじゃん?」
殺気ジノブランド先生がやってきて、いろいろと教えてくれた。
まあ、よくわからんってことを改めて知ったわけだが。
それですら「情報」なのだ。
「見えてきたって……なにが? 僕にはなにも見えないけど」
「六大騎士団のそのどれもが大事って話してたのは誰?」
「え、なに急に。それはジュエルザード第3王子殿下でしょ」
「そう。でも他にも言ってた人いるよね」
「……そういえば、僕は聞いてないけど、クラウンザード第1王子殿下もそう言ってるとかウワサで聞いた」
そのとおり。
俺たちは入学式のときにジュエルザード殿下から聞いた話を、クラウンザード殿下も別のところで話しているという。
王子がふたりとも「六大騎士団は全部大事!」と言っている! すばらしい!
……とはならないのよ。
「でも、今回来た蒼竜撃騎士団の正騎士は違うって言ってるよな」
さっきのジノブランド先生の話だ。俺たちがお茶会してるのを見て呆れた顔をしてたけど——その後にはちょっと安心してたけどな。いつも通りで良かったって言って。
「そうだね……あれ? それってクラウンザード殿下はただのリップサービスでそう言ってて、実態は違うってこと?」
「まさにそう」
そこに今回の特別訓練の裏の目的が仕込まれてるってワケだ。
「クラウンザード殿下が立太子を狙っている今、懐刀の蒼竜撃騎士団の正騎士をロイヤルスクールに派遣する意味は?」
「それは——ロイヤルスクールで蒼竜撃騎士団の存在感を高める……とか?」
「いいところ突いてるね。ジュエルザード殿下が卒業したばかりのこのロイヤルスクールには殿下の思想みたいなものが息づいているんだよ。クラウンザード殿下の卒業はもっと前だからそのご威光は薄れている。で、そんなクラウンザード殿下は各地で『六大騎士団は全部大事』と言って回っていて、各地でいろんな騎士団に、自分の息が掛かった正騎士を増やそうとしている」
「うんうん、それで?」
「クラウンザード殿下からしたらジュエルザード殿下に憧れがあったような正騎士が増えるのは望ましくない。だからここでちょっとお灸を据えようというわけだ。『ほんとうは違う』と。『実際には六大騎士団には優劣が存在する』と」
「な、なんだよそれ……建て前と本音が真逆じゃないか」
「でも自分の息が掛かった正騎士を各騎士団に増やすには、『全部大事』と言わざるを得ないよな? でも実態としては、クラウンザード殿下と、彼の所属する白騎獣騎士団と、彼の息が掛かった蒼竜撃騎士団を優遇したい」
グループ会社がいくつもあるけど、指揮系統をはっきりさせないと「うちも同格だから」と言われて面倒が起きる、みたいなことだろう。
親会社から派遣されてきた雇われ社長はそれぞれプライドも対抗意識もあるだろうし。
いや、まぁ、騎士団の団長が雇われ社長なのかどうかは知らないが。
「だから今回の特別訓練は、『蒼竜クラスが圧勝し、他のクラスはボロ負けする。特に黒鋼クラスは』みたいな形にしたいんだと思う」
「……まさか、ソーマ。君はそれを受け入れようというの?」
じろり、とリットがにらんできた。
おやおや……気づけばクラスのみんなが俺とリットの話に耳を傾けてる。
「まさか。俺が狙うのは完勝だよ」
するとみんなの表情がパァッと明るくなった。
「——だよな! 軍属の兵士だったら俺たちだって戦えるはず!」
「——騎士じゃない相手にびびりすぎだって〜」
「——この寮は守れるよね! 冬に窓が割れたりしたら眠れないもん!」
「——騎士でもない兵士なら恐るるに足らん!」
なんて言ってみんなわいわいしている。
「おい、ソーマ」
そこへ言ってきたのがトッチョだった。トッチョとスヴェンのふたりだけはなんか「納得いかない」って顔してる。
「『完勝』ってどういうことだ? そもそも勝利条件だってよくわかってないだろ。こっちの被害がゼロってことか?」
「あーはいはい。俺が狙っているのは敵の気持ちを完全に折ること」
「お、折る!?」
「そうだよ。『絶対に勝てない』って思わせるってことかな」
「いやそんなこと無理だろ。大人が、学生相手にそんなふうには……」
「あり得るよ。相手チームの最強のカードを倒せばいいんだから」
「最強のカード? そんなの、事前にわかるのか?」
「わかるさ」
俺はにっこりと笑った。
「だって、20人の兵士のなかには何人か正騎士が混じってるだろうからね」
みんな凍りついた。
* とある蒼竜撃騎士団正騎士 *
——なにをやっているんだろう、と思うことはある。
というのも騎士とはいえ軍属であればウソみたいな命令が下ることはままあるのだ。
作戦中に飛竜の尻尾の先端がちぎれてしまい、そのちぎれた尻尾を探し出してこいというようなものとか(上官が可愛がっている飛竜で、どうしてもその一部を持ち帰りたかったそうだ。死ね)。
敵の砦上空へと飛行し、ニコちゃんマークの形でホバリングしろとか(いい的になるだけだろうが。死ね)。
蒼竜撃騎士団だというのに三日三晩山中行軍を徒歩でやったりとか(何人脱落するかという賭けをやっていたらしい。死ね)。
彼は、特にそういう貧乏くじを引くことが多かった。
それもそうだろう。
騎士団内にもヒエラルキーがあって、高位貴族出身ではなく平民からのたたき上げで正騎士になった彼にはなんの後ろ盾もない。腕っ節だけで蒼竜撃騎士団になんて入ることになってしまい、場違い感もハンパない。だが入団当初はそれでも正騎士だ、エリートだ、ワーイと喜んでいたところへ山中行軍でいきなり死にかけた。
(挙げ句の果てには学生いびりかよ……)
今日の命令は「ウソだろ……」と思ったもののひとつである。
ロイヤルスクールへと赴き、学生をしばき倒せというのだ。
しかも正騎士の身分を隠し、兵士のフリをして。
ふだん皆さんが口癖のようにおっしゃる「騎士の誇り」ってなんなんですかね? と言いたくなる。
(しっかし寒いな)
雪こそ降っていないが屋外に突っ立っていると痺れるような寒さだ。
先ほどまで屋根のある場所で待機だったが、いよいよ作戦開始が近づいて移動した。100人の兵士が整列している——このなかに3人の正騎士が紛れているが、本人以外は正騎士であることを知らされていない。
はずだ。
「おい、平民上がり。今日は私の足を引っ張るんじゃないぞ」
横から話しかけてきたのはその3人のうちのひとりだ。
騎士団でも同じ部隊に所属しており、今日も今日とてこんな命令でもいっしょになるとは思ってもみなかった。
(いつもどおりってワケか)
そう。いつもどおり。
(いつもどおりのクソだ)
こいつは伯爵家の令息で、子どものころから恵まれた環境で育ち、親譲りのピカピカの天稟もあって、ロイヤルスクールではなんなく上位だったらしい。ノーザングラス州の騎士養成校で毎日泥まみれになって訓練していた自分とは違う。
ノーザングラス州の騎士養成校、しかも平民の彼が蒼竜撃騎士団に選抜されたことは快挙中の快挙で、騎士養成校をあげての壮行会が開かれたほどだ。
(ごめんよみんな。今、俺はクソまみれです)
そんな彼が蒼竜撃騎士団所属となり、実力を見るための初日の手合わせで——横に立つ、この貴族家のどら息子をこてんぱんに倒してしまった。
もちろん、目を付けられた。
ことあるごとに貴族位によるプレッシャーを掛けられ、任務においては成功を横取りされる。ノーザングラス州都にある自分の実家が商売をやっていることを知られたせいで、実家を人質にもとられてしまった。つまり、このバカの機嫌を損ねたら実家の商売もどうなるかわからんぞという脅しだ。
「おい、なんとか言え」
「……わかりました」
「そうだ、それでいい。いやーしかし、こんな形で我が母校に帰ってくることになるとは思わなかったな。幸い、私と在籍年次がかぶっている者は誰もおらんから、派手に暴れられる」
「…………」
「なんだ? その変な顔は」
変な顔はお前だ、と言いたくなる。
髪の毛は真横に切りそろえられており、どう見てもキノコだ。やたらとデカい鼻も、ぬらりとした唇も、アンバランスだと思っている。
「いえ……母校を破壊せよという命令ですから、逡巡があるものかと」
自分なら絶対に無理だと思う。
いくら苦しい思いをいっぱいした騎士養成校であっても、仲間と過ごしたかけがえのない時間がある場所だ。壊すなんてとんでもない。教員たちにお礼参りをしたいと思ったことはあるが。
するとキノコ頭はきょとんとした顔をした。
「なにを言ってる? 我々のターゲットは黒鋼寮だぞ」
「え? はぁ……」
「ああ、そうかそうか。田舎の騎士養成校にはクラス分けがなかったな。私のような高貴な育ちである者は最初から蒼竜撃騎士団につながる蒼竜クラスに通うのだ。一方、ゴミ溜めがふさわしい黒鋼士騎士団に入る連中は黒鋼クラスに所属する」
「つまり……作戦目標が黒鋼寮だから、なにも気にならないと?」
「当然だ!」
わはははと笑っている姿に彼は強烈な違和感を覚える。
(5年も同じ学び舎で過ごしたというのに、まったくなんの愛着もないのか……)
ますます気持ちが重くなった。
「——時間だ」
カラーンカラーンと鐘の音が聞こえる。作戦開始の時間だった。
「貴様ら! 本日の作戦指揮はこの私が執る! 幸せに思うことだな。この私、伯爵——」
「ストップ!」
キノコ頭が自分の名前を言いかけたのであわてて遮る。
ここではただの一般兵。正騎士ではない。そういうことになっている。
「お、あ、ああ……そうだったな。ともかく私がリーダーだ! ついてこい!」
正規兵たちにもあらかじめ、キノコ頭が指揮官であることは伝えられているので特に異論もなく——「なんだこいつは」という雰囲気は漂っていたが、それでも「ウソみたいな命令」に従うことは彼らも慣れっこだったので黙ってついてきた。
黒鋼寮までは距離がある。なぜかこの寮だけ、講義棟から離れている。
「あれか……」
人気のない道を進んでいくと、レンガ造りの5階建て、ちょっと風格ある——悪く言えば古びた——建物が見えてくる。
周囲は木製の柵が巡らされ、他の講義棟にはない戦時中のような雰囲気があった。しかも使い込まれているから、今回のために特別に用意したものではなさそうだ。
——なんでこんなものが騎士養成校の学生寮に?
それはソーマたちが過去に黒鋼寮へ襲撃してきた大人たちを撃退するために用意したものだったが、正騎士が知るものではない。
「フン。所詮は黒鋼クラスの浅知恵か」
キノコ頭がそう言ったのは、黒いパーカーを羽織った黒鋼クラスの生徒がバリケードの前に並んでいたことだった。
バリケードを挟んで守備をするのが防衛の鉄則であるにも関わらず彼らはバリケードの「前」にいるのだ。
(黒い武器……)
槍も、剣も真っ黒に統一されていたのは黒鋼クラスだからだろうか。
でもそれ以外は、正騎士の目から見たら「ただの子ども」でしかない。さらに言うと年齢もかなり若い——もしかしたら初年度の生徒ではないだろうかと騎士は思った。
黒髪の少年が数歩前に出てきた。
「——一対一の勝負をしようぜ」
「なに?」
「俺が勝てば黒鋼クラスの勝利。そっちが勝てば黒鋼クラスは負け。お互い、面倒がなくていいだろ?」
キノコ頭は「フンッ」と鼻で笑った。
「寮を荒らされたくないということか……小賢しいことを言う。貴様は話を聞いていなかったのか、これは王都防衛戦を想定しているのだ。一対一などあり得ん」
それはそうだ。
正騎士は気を引き締める。あくまでも訓練だが、本気でやらなければ訓練にならない。あの少年たちは気の毒に思うが、それでも自分が本気で相手をしてやることこそが彼らのためになるというのも間違いない。
(……たまにはまともなことを言うじゃないか)
騎士は、キノコ頭を見直した。ほんの少しだけ。
「え〜? そんなこと言っちゃっていいんですか? 騎士の卵の俺から一対一の勝負を申し込まれて、逃げたってことですよね?」
「なんだと」
「情けないな〜。逃げちゃうのか〜」
「貴様! 特別訓練から逃れるためにそんなことを——」
「だってあなた正騎士でしょ」
「!?」
黒髪の少年にズバリ指摘されて、キノコ頭の動きが止まった。騎士もまた同様に。
後ろでは兵士たちが「正騎士? なんのことだ?」「いや、いないだろ」「お前どこ所属? 俺は第4防衛隊だけど」なんてザワザワし始める。
「残念だな〜。正騎士が、黒鋼クラスの1年の一対一勝負を申し込まれて逃げちゃうなんてな〜。この話が広まったらどうなるんだろうな〜」
「貴様……!」
「思わず王都に向けて手紙とか書いちゃうかもしれないな〜。あ、他のクラスのヤツらにも話しておかなきゃ——」
「黙れ! 一対一だと!? 貴様なぞ秒で終わるから騎士の情けで集団戦にしようとしただけだ!」
キノコ頭が吠えたが、騎士は「あちゃー」と額に手を当てて天を仰いだ。「騎士の情け」とか自分で言っちゃってるよ。
「それなら勝負をしてやろう……黒鋼クラスの底辺の力とやらを確認しようか」
キノコ頭は剣を抜いた——。