突発ミッションは難易度ベリーハード
ロイヤルスクールの授業が再開されて何日か経ったけど、相変わらず高位貴族であるキールくんたちは戻ってこない。
「相変わらずなんの情報もない。『実家に確認してくる』と言って王都に向かった先生も何人かいたのだが、誰ひとり戻ってこない」
なんてジノブランド先生は言うんだけど……。
なにそれホラー?
雪山のペンションに閉じ込められて「こんなところにいられるか!」って言って出ていっちゃうヤツ?
「——ソーマ? ソーマ〜」
「ん、ああ、ごめんごめん。なんだよリット」
「始業のベル鳴ってる」
元同居人にして念願のひとり部屋を確保したリットこと守銭奴……じゃなかった、守銭奴ことリットが俺の肩をゆさゆさしていた。
黒鋼クラスの教室には今日も全員揃っている。王様が危篤とかそういうのと無縁な人々である。いいよね、市井の民って感じで。
「…………」
「……なんだよ、ソーマ。こっち見んな」
俺が見ていたのは、青い髪を流していて右目に半分掛かっている——1年生にしては大柄な女子、オリザちゃんだ。
相変わらずふんぞりかえって脚を組んでいるけど、1年生らしからぬ発達をしているオリザちゃんは最近、他の女子より自分が大人っぽすぎることをちょっと気にしているらしい。なんだよ、かわいいところあるじゃないか。ギャップ萌えか。貴族なんだけど市井の民のカテゴリーに入っているのもギャップ萌えか。
オリザちゃんの後ろに座っているのは顔の形が丸顔、四角顔、眉が吊り上がって垂れ目のバッテン顔という3人衆。
「ソーマのヤツ、もしやオリザ様のことが気になっているのか○」
「あり得る、なにせオリザ様の蹴りは世界一だからな……◇」
「年が明けてからまだ蹴りをいただいていない×」
この3人、マールとシッカクとバッツはオリザちゃんから蹴りを食らうことに喜びを感じているという正真正銘の変態……もとい、こじらせちゃった子たちだ。きっと思春期のイタズラ。彼らが大人になったときに当時を思い出して悶え苦しんで欲しい。このまま突き進んで女子に蹴られることを喜びとする大人にだけはなるなよ。
「いや、深い意味はないって。オリザちゃんたちだと今王都でやってる貴族同士のなんちゃらかんちゃらとか関係ないんだなぁって思っただけ」
「お前、さらっと男爵家のことバカにしたな!?」
「授業授業っと〜」
「てめっ、ソーマ!」
俺はするりと席の間を通り抜けて教壇に立った。俺のほうが得意な教科は俺がやるって感じで、今も、ジノブランド先生と俺は交代で授業をしている。たとえば算術とかは俺のほうが得意なわけ。
まあ、現代日本の数学までやってればちょちょいのちょいですわよ。おほほほ。
たまにジノブランド先生が生徒の席にいて授業聞いてるのは気になるけどね。
「それじゃ、今日は算術の教科の——」
「ソーンマルクス!」
おわっ、びっくりした。
そのジノブランド先生がドアを開けて教室に入ってきた。
「どうしたんすか? あ、授業聞きます?」
「おっ、算術か。お前の算術の授業はためになる——じゃない! 黒鋼クラスのみんなも聞いてくれ」
「?」
先生が漂わせているちょっとぴりっとした緊張感に俺は気がついた。
「全校で予定が変更になった。全員武技の準備をしてくれ。訓練場に集合だ」
ロイヤルスクールは5学年6クラスの、計30クラスである。でも今は、5年生が卒業してしまっているので24クラスであり、全校生徒で言うと半分くらいが王都に籠もっているので全員が屋外の訓練場に集まっても十分収容可能だ。
「寒ッ……」
曇天の下、集まった生徒は全部で600人くらいか。人数でいうと碧盾クラスがいちばん多くて、次に黒鋼……じゃない、緋剣と黄槍が同じくらいかな。
なんたって黒鋼クラスは2年以上がほとんどいないから!
ほら、見てよ……2年以上の黒鋼クラスは数人しかいないのに、さらには「めんどいからパス。寒いし」っつって黒鋼寮に戻っていった先輩がいっぱいいるんだぜ……。
白騎クラスはまったくいなくて、蒼竜クラスは全部で……50人くらいか。結構いるな。
「全員注目!!」
教壇に上がったのは武技の教師ではなかった。ジノブランド先生を始め、教師たちは訓練場の隅で心配そうにこっちを見ている。
教壇の男を見上げて最初に思ったのは……すっげぇ筋肉だなってこと。
俺の2倍はありそうな胸板と、丸太のような脚。
それに顔だ。長方形だ。角刈りに四角いアゴでしかも首も太いから長方形が乗っかっているように見える。ローポリゴンなのかな?
「——というわけで、蒼竜撃騎士団が本件の指揮を執る! これより私は騎士養成校の特別教官である!!」
あ、やべ、名前聞いてなかった。まあいいか、アイツはナガシッカクだ。決定。やったねシッカク、家族ができたよ!
「騎士養成校の練度をさらに高めるための特別訓練を行う!」
訓練場がざわつく。それもそうだ、ほとんどの生徒にとって「正騎士」を見ることも初めてなのだ。もちろん貴族の子は家族が正騎士というケースも多いのだけれど、そういう生徒は今は王都にいる。
「——私が話しているときは私語を慎めェッッッ!!!!」
とてつもないデカい声——訓練場にいる俺たちは音によって上から押さえつけられるような感じさえした。
なんだ、これ。
なにかのスキル? いや、さすがにそんなスキル聞いたことないな。
それなら天稟か……。
「いいか! 貴様らはいまだ正騎士ではない!! 私が話すことを一言漏らさず記憶しろ!!」
この音圧攻撃が聞いたのか、生徒たちの多くは背筋を伸ばした。
黒鋼クラス? まあ、いつもどおり。というか目を付けられがちなのでうちの子たちはこういうときは最初からちゃんと話を聞いている。聞いていないのは俺だけだ。
「?」
いや、スヴェンも聞いてない。聞いてるように見えるだけでコイツの頭の中は剣を振り回すことだけだったわ。
「では特別訓練の内容を説明する!」
ナガシッカクが右手を挙げると、訓練場の外から統率された足音を響かせて兵士たちが入ってきた。正騎士ではない、軍属の兵士。一般兵とも言う。
お、おお……数多いな。100人くらいいるんじゃないだろうか。
完全武装ではないが軍服を身に纏い、腰には剣を吊り、長槍を手にしている。
ナガシッカクの横に整列するとなかなかに壮観である。
……うん、壮観なんだけど、なんか怖いんだわ。こっちは10代ぴちぴち学生なのに、向こうは下手したら倍とかそれ以上の男たち。表情がぴくりとも動かない。良く訓練されたソルジャーって感じ。
「彼らは王都防衛隊所属の正規兵である! これから諸君らは、王都防衛戦を想定し、彼らと戦闘訓練を行う!」
ピリッとした空気が走る。
やっぱり、この人たちと戦うのか。
だけど首都防衛戦ってなんだ?
「王都防衛戦とは市街地戦である! 騎士養成校を舞台として戦闘訓練を実施する! 正規兵は20人ずつに分け、蒼竜クラス、黄槍クラス、緋剣クラス、碧盾クラス、黒鋼クラスのそれぞれ学生寮を襲撃する!!」
え——え?
寮を襲撃する?
「武器こそ、訓練用のものだが、兵士には全員『本気で戦え』と命じてある!! 諸君らは学生寮を守れ! 準備時間は1時間! 1時間後に攻撃が始まる!!」
みんな、ぽかんと口を開けたまま動けなかった。
先生たちまで驚いた顔をしているから、これは完全に想定外のことなんだろう。しかも今までやったこともないような訓練内容なのだ。
「……みんな、黒鋼寮に戻るよ」
俺が言うと、みんながハッとしてこっちを見た。
「寮に戻って準備をするんだ。1時間しかない」
「——お、そ、そうだな」
「いや、ちょっと待って、市街地戦ってなに?」
「戻って準備……なに準備すりゃいいんだ」
「それも考えるってことだろ」
「早く戻ろう」
みんな口々に言うと俺を先頭に黒鋼寮へと歩き出した。
他のクラスがまだ動揺しているなか、黒鋼クラスが先に歩き出したので少々目立ったかもしれない。教壇に立っているナガシッカクが俺をじろりと見ているのを感じた。
っつーか、なんなんだ。
寮を攻撃する?
それを蒼竜撃騎士団の正騎士が命じる?
なにを目的としたなんなのかがまったくわからん。
(だけどまぁ……)
最初はぽかんとしてしまったけど、
(大人が、子どもの領域に土足で踏み込んで来るの、俺は大嫌いだよ)
俺はナガシッカクに視線を返した。
むちゃくちゃ強そうだ。学園騎士なんて相手にならないくらいの肉体だし、きっとスキルレベルもすごいんだろう。前線で戦った経験もあるはずだ。
でも、だからなんだ。だから偉いってわけじゃない。
(ああ〜〜……ってか、これ、アレか。王都で起きてるなんか貴族の争いの余波か。なんかじわじわムカついてきたぞ)
なんかしらんけど、ロイヤルスクールにもちょっかいをかけようとしている、ってことか? あのナガシッカクがどこの何者なのか知らないけど、アイツは敵だ、間違いない。
* ジノブランド=ガーライル *
今日は正騎士が来て特別訓練があるから生徒を全員訓練場へ誘導してくれ——なんてことをいきなり言われ、正騎士の特別訓練ならばためになりそうだと思いつつ急いで生徒たちを訓練場に連れて行ったら、これだ。
わけがわからない。
王都防衛戦を想定した特別訓練? なんだそれは。防衛戦力である碧盾樹騎士団ならばそれもあるかもしれないが、基本、正騎士は攻撃戦力である。他国との紛争や、盗賊の掃討、凶悪なモンスター討伐のために動く。市街地戦、しかも対人訓練など、聞いたことがない。
(なにかの意志が働いている)
ジノブランドは来賓のための応接室へと乗り込んだ。「1時間」という準備時間を与えたあと、蒼竜撃騎士団の正騎士——ナガシッカクはこの応接室にいる。
「失礼します」
応接室は広々としているが、そこにいたのはナガシッカクただひとりだった。彼は窓から外を眺めていた。
「……なんだ、貴様は? ここの教員か」
「はい、ジノブランドと申します」
「なにか用か」
「はい、本訓練の意図を聞きに参りました」
「意図だと?」
振り返ったナガシッカクの目は、先ほどソーマが感じたように歴戦の戦士のそれだ。
対してジノブランドは、ずっと学究の徒だった。彼の妹のランジーンが体調を崩し、それを治療するためだけに時間を割いてきた。今でこそランジーンは回復したが、ジノブランドが今から身体を鍛えるわけもなく、黒鋼クラスで教鞭を執る傍ら、変わらず研究を続けている。
つまり、学者肌の男だ。
ナガシッカクはジノブランドを見るなり興味をなくしたようだ。
「意図など貴様が知る必要はない。去れ」
「必要はあります。私が教えている黒鋼クラスを正しく導く必要があります」
「黒鋼クラス?」
ナガシッカクの眉がぴくりと動いた。
「ならばなおさら必要ない。所詮黒鋼士騎士団に上がるようなクラスだろう。誇り高き正騎士を名乗ることすらおこがましい連中だからな」
「騎士団に格差はございません」
「バカめ」
吐き捨てた。
「今日、その認識を改めることになるだろう」
「つまり、意図を教えてはくれないと?」
「二度は言わん。去れ。私の機嫌を損ねるなよ」
「…………」
「…………」
「……失礼します」
ジノブランドは応接室を出た。
(こここ怖かった〜〜……)
廊下に出るとへたり込んでしまった。
(なんだあれは! 私など簡単に殺してしまいそうな目をしていたぞ!? あんなのが正騎士なのか!?)
とそこへ、蒼竜クラスの教員がやってきた。
「おや、ジノブランド先生。ここでなにを……ああ、なるほど、正騎士様に黒鋼クラスの取りなしをしてもらおうとしていたのですか」
「いや、そういうわけでは……」
「わかります、わかりますよ。ですが、こればかりは無理でしょう。蒼竜撃騎士団の正騎士様となれば第1王子殿下の庇護下にあります。黒鋼クラスを明確に下に見ている」
そんなことくらいわかってる。
「どいてください。蒼竜クラスの話を聞きたいと正騎士様がおっしゃっているのでね」
「……わかりました」
ジノブランドが横にずれると、蒼竜クラス教員は得意げな顔でドアをノックすると応接室へと入っていった。
シュバッと立ち上がったジノブランドはドアにぴたりと耳をつけてなかの会話を聞こうとしたが、全然聞こえてこない。学園の設備の良さはさすがとしか言いようがないが、こういうときには腹立たしく思える。
「仕方ない……黒鋼寮へ行こう」
今ごろ、20人の兵士たちと戦うための作戦を練ったり準備をしたりしているころだろう。ジノブランドがナガシッカクと話した内容もなにか彼らのためになるかもしれない——いや、ソーンマルクス=レックなら有効活用してくれるだろうという期待があった。
「不思議なヤツだ、ほんとうに」
ジノブランドは、我が生徒ながらなにひとつ教える必要がなく、むしろ学ぶところのほうが多いというソーマに対して、いつしか「盟友」のような感情を覚えていた。同じ年齢の友に話しているような感じがするのだった。
彼は黒鋼へと急いだ。
そして、目にした。
黒鋼寮で行われている——お茶会を。
「——本日はようこそおいでくださいました! 蒼竜撃騎士団の後押しがあれば、今回の特別訓練は大変な箔がつきます。それに生徒たちの成績評価にも影響がありましょう」
蒼竜クラスの担当教諭はにこにこしながらナガシッカクに挨拶していた。
自分のクラスの上位に当たる正騎士がやってきて何事かと思ったが、どうやら風向きは良い。蒼竜撃騎士団の正騎士が蒼竜クラスが不利になるようなことをするはずがないし、生徒の成績が上がればとりもなおさず担当教諭の評価も上がる。
するとナガシッカクは先ほど同様のムスッとした顔のまま言った。
「先ほどの教諭だが……」
「ジノブランドですか。黒鋼クラスの」
「そうだ。騎士団に格差はないなどと言った。同等であるはずがないのに」
「もちろんです。そのような夢想を口にしていたのはここでは口にできない御方くらいでして——」
言いかけて、担当教諭はハッとした。
騎士団すべてが重要、と口にしていたのはジュエルザード第3王子だ。白騎クラスの総代の挨拶としてそんなことを言っていたものだから、蒼竜クラス担当としては苦々しい思いをしたものだった。建前ならばまぁ理解できるが、本気で考えているふうだったからタチが悪い。
どれも重要で1つも欠けてはならない? そんなわけがあるか。黒鋼クラスは要らないし、碧盾クラスは半分にしてもいいだろう——それくらいに思っている。
ナガシッカクも同様に考えているのであれば、この正騎士がわざわざ混沌としている貴族社会を尻目にロイヤルスクールまでやってきた理由がわかる。
「……今回の特別訓練は、その『夢想』を破壊するため、ということでしょうか?」
「話が早いな。そのとおりだ」
「やはり……!」
「この騎士養成校にはいまだ、卒業したばかりの者たちの思想が残っているだろう。それを本来あるべき思想に戻す。蒼竜クラスは強く、唯一無二の力を持っている存在だと、知らしめる。すべての騎士団が同等などという幻想を持たぬようにな」
ナガシッカクは蒼竜撃騎士団に骨の髄から染まっており、蒼竜撃騎士団こそ至高であると考えている。そして、蒼竜撃騎士団をバックアップしている第1王子にも心酔している。
蒼竜クラスの担任も当然第1王子と第3王子の争いを知っている。第3王子の勢いを削るための策のひとつがこのロイヤルスクールの特別訓練なのだろう。
これ以外にもきっと、多数の謀略が行われているに違いない——そう思うと背筋がぞくりとする担当教諭だった。
そんな彼に気づいているのかいないのか、ナガシッカクは応接室の窓際で外を見つめていた。
外には小さな森があり——そのさらに向こうには古びた寮がある。黒鋼寮だ。
「……蒼竜クラス1年、ハーケンベルク侯爵令息から話を聞いた」
「ヴァントール様ですね。1年のトップとしてクラスを率いておられます」
「黒鋼クラスに負けたそうだな」
「!?」
まさか、ロイヤルスクールの武技個人戦について言及されるとは思わず、担当教諭は凍りついた。
「黒鋼クラスごときが蒼竜クラスに勝つというのは許せん。そうだな?」
「は……はい、その通りです」
「まったく気に食わん。この特別訓練では黒鋼クラスは本来あるべき位置に戻ることになる」
「し、しかし、誠に遺憾ながら今年の黒鋼クラスは団結しておりまして、なかにはスキルの伸びが異常な者も……」
「聞いている。だが、問題ない」
「問題ない……とおっしゃるのは」
「兵士は20人ずつ送り込むが、そのすべてが同等の力量ではない」
「は、はあ……?」
「……私は兵舎に赴き、100人を確保するよう兵長に伝えただけだ。中身の審査をしていないということだ。たまたまそのときに蒼竜撃騎士団が見回りをしていて、兵士たちと訓練していることもあり得るということだ」
「!? と、いうことは——あのなかに正騎士が混じっていると!?」
「可能性は、ゼロではないという話をしている」
「しょ、承知しました!」
担当教諭は納得しつつ、さらに背筋が冷たくなるのを感じないわけにはいかなかった。
あのなかに正騎士が紛れ込んでいる。そして、黒鋼寮への攻撃に割り当てられるのだ。
そこまでやるのか——。
執念のようなものを感じた。「けして失敗してはならない」というような。
おそらくそれほどまでに、第1王子と第3王子とのつばぜり合いは白熱しているのだろう。
いつか誰かの血が流れるかもしれない……。
血を見なければ収まらないのではないか……。
そんなことまで考えてしまう。
「まったく気に食わん思想ではあるが——」
だがナガシッカクは教諭のことなどまったく気にせず窓の外を見ていた。
「——本日、それが是正されるのであれば良かろう」
今日の成功を確信していた。