つばぜり合いはとにかく派手に
* 王都 *
ちらちらと白い雪が舞う、新年早々のクラッテンベルク王都。
例年ならば新年を祝う催しを貴族たちが競うように行って、大きなお金が動き、それが王都に染み渡って市民の懐を潤すのだが——今年はめっきり少なかった。
だから、王都で暮らす人々もお財布の紐が固くなっていた。
新年を祝う花火も上がらない。家々でささやかなお祝いが行われたくらい。
王都は新年とは思えないほどのひっそりとしていた。
「……ん? なんだありゃ」
そんな静かな朝——静寂を破ったのは足音だった。
「なに、なに?」
「軍だ。どうしたんだ。戦争か」
「いや、これは違う——」
ピカピカに磨かれた鉄鎧に身を固めた兵士たちが一糸乱れぬ統率で歩き、その左右をまばらに、白い、四本足の獣にまたがった騎士が進んでいく。
獣は、整えられた白い毛並みが美しい。牛よりも一回り大きいくらいのサイズでイヌ科を思わせる力強い歩き方だ。完全武装した騎士を乗せてもまったく重そうに見えない。
顔はまさにオオカミのそれである。
「白騎獣騎士団だ!」
その獣は「白光狼」と呼ばれ、光を意味する「ルミナ」の接頭語をつけているとおり、この国では申請されている。
大変賢く、身体能力も抜群で、地上戦においては竜をしのぐ戦闘力を持つために白騎獣騎士団の騎乗動物として指定されている。
「なんで白騎獣騎士団が!?」
「どこ行くんだろ」
「この方向は——王城?」
白騎獣騎士団と、それに率いられた千人を超える兵士たちはクラッテンベルク王国の国旗を掲げて王都をじっくりと練り歩き、最後は貴族街を通り、王城へと向かう。
当然貴族家もこれを目撃しており、貴族本人が出てくることはないが状況確認のために使用人が派遣された。
彼らが目撃したのは、王城への入口、固く閉ざされた城門の前。
そこで騎士と兵士はぴたりと立ち止まった。
静寂が訪れる。
雪が降る音さえ聞こえそうなほどの静けさ。
やがて、ゆっくりと城門が開く——。
ひときわ大きな白光狼にまたがっているのは、ひとりの男。
年齢は20を超えたくらいと若く、その背丈は180センチを優に超えている。身体はがっしりとしており、盛り上がった筋肉が服の上からもわかる。
光沢のある白い騎士服を着て、羽織ったマントは真紅で滑らかなものだった。マントを留めている金具に施された王家の紋章。
金色の髪の毛は長く、オールバックにして後ろに流していた。
体付きに反してアゴ回りはしゅっとしており、どこか甘さを残したマスクをしている。
男は——キールや、ジュエルザードにやはり似た面影を持っている男は——ゆっくりと白光狼を前に進めた。
そうして集まった白騎獣騎士団と30メートルほどの距離で止まると、騎士のひとりが前へと出た。
「——クラウンザード第1王子殿下の元に、この白騎獣騎士団が参集しました!!」
男、クラウンザードは鷹揚にうなずいた。
「ご苦労」
それは短い言葉ながら明確な上下関係を示す言葉ではあった。
「大陸の覇者たるクラッテンベルク王国の、歴史と名誉を誇る王都の安寧は諸君らによって保たれている」
「ハッ!!」
「よりいっそうの研鑽を望む」
「ハッ!!」
するとクラウンザードは右手を天へと向けた。
次の瞬間、彼の身体が白く光を放つ——。
立ち上った光は一筋、雪をちらつかせている曇天に突き刺さるや、雲を散らし冬の青空が顔をのぞかせた。
「オオッ……」
誰が、ではなく、その場にいる多くの人たちの口から声が漏れた。
ぽっかり口を開いた青空から差し込んだ陽光は王城を照らし出したのだから。
その非現実的な光景に誰しもが目を奪われていたが、
「——クラウンザード王子殿下……」
ぽつりと、ひとりが彼の名を口にした。
「クラウンザード殿下!」
「殿下! 万歳!」
「クラウンザード殿下! 万歳!」
「クラウンザード殿下! 万歳!」
その声はさざ波のように広がり、最後にはそれは歓声となって響き渡った——。
* マテュー=アクシア=ハンマブルク *
クラウンザード第1王子が行ったパフォーマンスはその日のうちに王都中に知れ渡った。貴族たちもその話題で持ちきりだ。
——クラウンザード王子殿下はすでに白騎獣騎士団を掌握している。
——王都は第1王子殿下のものだということだろう。
——あれだけの兵力を動員できるのはさすがとしか言えない。
——あの光は、王子殿下の魔法なのだろうか。この王都には常に太陽の光が射すというすばらしいものだ。
——これはもう次の王太子は……おっと、これはまだ口にしないほうがよろしかろう。
明らかに「立太子」を見据えた行動だとわかっていたが、これほど派手に動くとは誰も思っておらず——しかも行動があったその日までほとんどの貴族が知らなかったのだから、クラウンザード第1王子の評価はうなぎ登りだった。
「——マテュー様。ラーゲンベルク家のキルトフリューグ様から書信が届いております」
マテュー=アクシア=ハンマブルクがその手紙を受け取ったのは、クラウンザードが行動を起こした翌日のことだ。ハンマブルク家は第1王子派閥なので「なにかやる」ということまでは知っていたが、白騎獣騎士団に所属していないので情報は秘されていた。
「……中止?」
キールはマテューに「勉強会を中止します」という手紙を送ってきたのだった。
「第3王子派閥は大慌てってことか……?」
第1王子がいきなり動いたものだから、第3王子もまとまらなければならないということかもしれない。日和見主義の風見鶏だった貴族たちは第1王子が気になり始め、派閥の一員であるマテューの家へも問い合わせが殺到している。
むべなるかな。
マテューですら驚いたし、感服したのだから他の貴族たちが大慌てになったのもよくわかる。
「……マウントエンド校のアンポンタンどもはこれを知っていたのかな。いや、さすがにあんな連中に白騎獣騎士団を動かすことを伝えたりはしないか。意味ねーしな。アイツらはただのにぎやかしってワケか……まあ、キルトフリューグ様が派閥を超えて学生を集めたのが気にくわないとかいう、ただの嫌みで牽制したという説もある」
マテューは考える。
「だが、ここで勉強会を中止するのは悪手だぜ。第3王子殿下にダメージが入ってるって言ってるようなもんだからな。……ん?」
改めて手紙を見やる。
キールの筆跡は美しく、このまま額縁に入れて飾ることができそうなほどだ。
勉強会の中止の連絡が礼儀正しく書かれているだけなのだが——最後にこうある。
——どうぞ心配なさらないでください。
と。
型どおりに読むならば「中止にはするけど特別な意味はないよ」ということだろう。だが、この状況において「特別な意味はない」はずがない。
だというのにわざわざ「心配なさらないで」なんて書くのはなぜか。
「おいおい……マジかよ」
マテューは立ち上がった。
そして、震えた。
「もしや、すでに手を打っているってことなのか……!?」
そうとしか考えられない。
キールは意味のない文章を付け加えたりはしない。短い付き合いながらマテューはキールという人間についてわかっている。
抜群の切れ者。
しかも剣の腕まで超一級と来ている。
「だけど、ちょっとやそっとのパフォーマンスじゃこの空気は覆せねえぞ。どうするんだ?」
とはいえ、王都中の話題をかっさらったあのパフォーマンスだ。
マテューは立太子は第1王子になるだろうと考えた。決着はついたのだと。これほどの力を示すことは、第3王子にはできないだろう……。
だが、その読みは違った。