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帰ってきたぜ、黒鋼寮。そして、

「……スヴェン、起きろ。着くぞ」

「う……し、師匠、もう無理です。これ以上は俺の剣がもちません……」

「夢の中でも剣振ってるのか? お前……」


 知ってた、と思いつつもドン引きしながら、俺はスヴェンを起こした。

 馬車は見慣れた停留所に入ってきて停まった。


「……馬車の中は剣を振れないのがよくありませんね」


 起き抜けにスヴェンが言った。


「そんなこと考えてるのはお前だけだよ。——それより忘れ物はないな?」

「俺の荷物はこれだけですから」


 イヤ確かに。俺が、行きよりもはるかに巨大な荷物を背負っているというのに、スヴェンは数日分の着替えが入ったバックパックに剣だけだ。


「おー、お仲間がちらほらいるな」


 ドデカい荷物を背負っている俺はちょっと目立ってしまっている。

 貴族の子どもたちは自前の馬車だが、平民は乗合馬車で帰ってくる。そして同じタイミングで何人かの生徒が——ロイヤルスクールの生徒が、馬車の乗り場にいるのが見えた。

 あ〜。制服を見ると実感するなぁ。

 帰ってきたんだわ、ロイヤルスクールに。

 新年を迎えた翌日に、俺たちは帝都を後にした。スヴェンはママから「なるべくたくさん顔を出すこと」を約束させられ、「はい」と言っていたものの絶対俺が言わないと帰らないに決まっているので「お願い、ソーンマルクスくんだけが頼りだから……」と泣かれた。どういうことだよ。

 それからリッカとテムズはウェストライン州の州都でお別れとなり、スヴェンは、リッカが泣く寸前の赤い目で「あたしが手紙を送ったら必ず返事をするのよ」と約束させられ、「は?」と真顔で返しかけたので俺が蹴りをくれてやった。「手紙は俺が書かせるから」と言ったのでリッカは泣かずに済んだ。どういうことだよ。最後は「君は苦労人だね」とテムズに同情されたんだが。ともに採取で金儲けにいそしんだテムズだけが俺の理解者だよ。

 それはともかく。


「帰ってきたぞ! 我が黒鋼寮に!」


 うーん、殺風景な中庭に、薄汚れた建物。寸分変わらない我が黒鋼寮である。

 そういやフルチン先輩が残してった部屋を俺が使うことになるんだっけ……絶対イヤだな。寮長になるのはともかく、部屋はイヤだな。汚れてるかどうかはわからないけど、夜な夜な女を連れ込んでたもんな。クソうらやまし……じゃなかった、ふざけやがって。まったく。風紀が乱れちゃうじゃない。ぷんぷん。


「師匠? 入らないのですか」

「あ、入る入る」


 寮に入るとクラスメイトがいて新年の挨拶をした。まあ「明けましておめでとう」みたいな言葉はなくて「年が明けたな」「どうだった?」みたいな近況報告である。そうそう、1月は冬の統一テストがあるんだよ。勉強熱心で偉いとは思うけど、また勉強か〜と憂鬱な顔をしているクラスメイトも多い。ちなみに言うと武技の大会は3学期にはない。

 一通り話すと、俺は5階まで重たい荷物を担いでえっちらおっちら戻る。


「——ソーマ? スヴェンも。おかえり」


 そこには、窓際で本を読んでいるリットがいた。


「————」


 久しぶりであるのは間違いない。いつものリットであることも間違いない。

 だけれど俺は、なんだかリットが今までと違うふうに見えたんだ。


「……どしたの? 入口でぼーっとして。早く入るなら入りなよ。ドア閉めてくれないと暖かい空気が逃げちゃうだろ」

「あ、ああ……」


 5階にある部屋は上り下りこそ大変だけれど、暖気を閉じ込めるにはよかった。日もよく当たるし、熱が屋根から伝わってくる。


「師匠。俺はこれで……」


 これで、じゃないよ。どうせ素振りするだけだろ?

 スヴェンがぴゅーっと出て行くと、リットは改めて、


「年が改まり、新たな日々の始まりを寿ぎとう存じます」


 なんて貴族ふうの挨拶をした。


「こ、寿ぎとう存じます」


 これは礼儀作法の授業で習ったヤツだった。知識として知ってはいるけど、言葉にするのはなんかむずがゆいな。相手が他ならぬリットだと。


「それはそうと君、ずいぶん買い込んだねえ。なにをそんなに持って来たんだい? いや、その前に! まずはウェストライン州で売った素材の価格は?」


 瞳を金貨に変えたリットが聞いてくる——ああ、なんだ、やっぱいつもどおりのリットじゃないか。安心した。


「そうだ! それだ! リット、聞いてくれよ。インノヴァイト帝国で食べたものがあってさぁ」

「インノヴァイト帝国の食品は王国じゃ売れないよ。特に王都じゃね」

「……な、なん、だと……」

「まずはウェストライン州で売った素材の価格から教えて。ボクの取り分があるだろ」


 さすがリットさんやで。自分に利益のあるところを詰めていくぅ!

 ……いや、そうじゃなくて、俺が買い込んだ食材をですね……。


「売価は大金貨2枚にクラッテン金貨5枚だよ……」

「相場は大金貨1枚にクラッテン金貨3枚だね」

「王都で売ると、そう」

「値上がり分の10%だから、ボクの取り分は——」

「クラッテン金貨1枚に大銀貨2枚」

「うひょ〜。これは美味しいビジネスだね!」


 リットがよだれを垂らしそうな勢いで、俺が差し出した金貨と銀貨に飛びついた。


「そんなことよりリット! 俺の食材——」


 言いかけた俺の鼻先に手のひらを広げるリット。


「ソーマ。食文化をナメないほうがいいよ。特に王国と帝国は仲がいいとは言えないからね、そんな帝国から運ばれた独自の食材なんて、この王都じゃ誰も食べないし、調理できる人もいない。むしろもっと遠い、マウントエンド州とかノーザングラス州なら需要はあるかもね」

「え、えええ……」

「事前にボクに相談するべきだったね?」


 マウントエンドにノーザングラスなんて行けるわけがない。


「うう」


 俺、商売の才能ないのかな……。

 やべえ、マジで凹んできた。


「……ソ、ソーマ、そんなに落ち込まないでよ。別に味が悪くないなら、この黒鋼寮の食事で使ってもらえばいいじゃないか。他のクラスにも話題になったりするかもしれないし。ボクら、他国に行ったことがある生徒なんてほとんどいないしさ」

「…………」

「ソーマ?」


 俺は、ハッとした。


「リット、今なんつった!?」

「え、え? 外国に行ったことがない……?」

「それだ! それだよリット!!」

「な、なんだよ……」

物産展(・・・)をやるんだ!!」


 地域性をことさら強調し、インノヴァイト帝国の食事を楽しめる物産展である。物販もやる。商売相手は他クラスの生徒だ。

 ここはロイヤルスクールだ。一般王国民なら帝国に興味があってもお金を出さないかもしれないが、貴族の子女なら別だ。将来帝国に行く可能性もあるし、知識として知っておきたいヤツもいるだろう。

 売れそう!

 まずはウチのクラスの生徒に食べさせて、そこから話題を広げてもらえれば、他クラスの生徒に売れそう!


「よし、よし、これなら行ける。きっと行ける!」

「君……なにか思いついたワケ? ほんと、転んでもただでは起きないよねぇ」

「まずは黒鋼クラスからバイラルで広げてね、トドメはキールくんというインフルエンサーを使ったマーケティングでがっぽがっぽのボロ儲けよ!」

「?」


 リットが、わけがわからないという顔をしているが俺だってちょっと横文字を使ってみたかっただけである。


「いやぁ、楽しみだなぁ、新学期」

「ボクはなんだかイヤな予感がしてきたけどね……主に君がトラブルを起こしそうという意味で」


 久しぶりに会ったというのに失礼なヤツだな、まったく。

 1年の3学期……最終学期が始まるまで、あと3日まで迫っていた。




 そんなふうに——俺は結構楽しみだったんだ。3学期が始まるのが。

 インノヴァイト帝国料理(見よう見まね)は意外とクラスで好評だったし、里帰りから戻ってきたルチカ先生に帝国の話を伝え、彼女の創作意欲に火を点けたし、貴族の子たちは学園での成績を親がすでに知っていたらしく「鼻高々だったぜ」なんて喜んでいたし。

 このまま3学期もみんなで乗り切ろう——って思っていた。


「……来ない? 来ないってどういうこと?」


 平穏無事だったのは黒鋼クラスだけ(・・・・・・・)だったんだ。


「ヴァントールも、マテューも、フランシスも……リエリィに、キールくんも?」


 俺が知っている他クラスの生徒たち。


全員(・・)3学期は欠席(・・・・・・)ってどういうことだよ!?」


 学園では確かに、異変が起きていたのだった。

これにて第4章終わります。

いかがでしたでしょうか? この物語を書き始めてから、いつか書かなければならんなと思っていたスヴェンのお話。

いろんな伏線を置いておきましたが、超ロングパスでそのうち回収したいなあと思いつつ、一度ここで筆を擱きます。


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