やがて新年を帝国で迎える
短めです。そして次話で4章が終わります。
年も暮れようとしていたので、俺たちは新年をインノヴァイト帝国で迎えてから王国へ帰ることにした。スヴェンも年に1回しか帰って来ないので、スヴェンママも弟妹も寂しいと言ってるし、学園に帰ってもやることはないし。
俺はテムズといっしょに(たまりリッカも)採取で金稼ぎをし、スヴェンは「流水一刀流」の訓練場に通って(大抵リッカはこっちについていった)腕を磨いた。聞くところによると、ジャンがやる気を出して朝から晩まで訓練しているらしい。これはアレだな。スヴェンパパの強さを目の当たりにして、あの剣をものにできれば「絶対生き延びられる」って思ったんだろうな。あの小者ムーブをするジャンの気持ちは手に取るようにわかるぜ……! 同類のニオイを感じるんだ……!
ああ、そうそう。
無縛流派が「雷火剣術」の陰で暗躍していたのではないかという疑惑が追及されているらしい。ただ、捜査は難航しているのだとか。「剣匠戦」前日に行われた小細工は事実だけど、侵入者が何者なのかはいまだに不明で、証拠品調査からでもなかなか尻尾をつかめないらしい。
「雷火剣術」の流派にも調査が行われたが、流派自体を閉門するということで調査は打ち切りとなった。幼い使徒たちは一度家に帰されたということなので、ゆっくりして欲しいところ。
まあ……帝国内部のトラブルなんて俺には関係ないので、スヴェンパパにはうまくやってほしいとしか思わんけども。
そのスヴェンパパが、ちょいちょいスヴェンママのところにやってくるのを見かけるようになったっけ。スヴェングランパとグランマは今にも飛び掛かりそうな形相だけれど、スヴェンママはまんざらでもないようで、ふたりでお出かけしている。
よりが戻るんだろうか。スヴェンを王国にやったことはスヴェンパパのゆがんだ愛だとわかったのだから。
まあ……こっちも他人の家の事情なので俺には関係ないのである。だって当のスヴェンが、
「父と母ですか? さあ……勝手にやるのではないでしょうか。大人ですし」
という感じだもんな。
問題があるとすれば、スヴェンパパの活躍を見て、さらに兄が腕を上げたと聞いた弟妹たちが「剣をやる!」と言い出したことくらいだ。ちらりとスキルレベルを見ると、ちっこいのに【剣術】レベルがすでに30とかあった。う〜ん、才能の塊かな? 言わないどこ。
年末はなかなか面白かった。
年の終わりだからと言ってなにか特別な祭典があるとかではないのだが、気持ちも財布の紐も緩むのか、はたまたこれから本格化する寒さに備えるのか、帝国各地から様々な物品が運び込まれ、帝国民は旺盛に買い物に励む。その熱気たるや、雪降る商店街にもうもうと湯気が立ちこめるほどで、種々雑多なニオイに頭がくらくらしたっけ。
帝国でしか食えない魚や果物、茸に野菜も多くて俺は舌鼓を打った。王国には売っていない、日持ちしそうなものを買い集めた。転売したら売れるぞぉ……ヒヒヒ。俺はいつ何時でも商売を忘れないのだ。……ハッ、なんだかリットの守銭奴精神に侵食されている気がする。
12月の最終日、日本で言うところの「おおつごもり」とか「おおみそか」には、旧年を惜しみ、新年を祝うために多くの人々が夜更けまで起きていた。
俺とスヴェン、リッカとテムズの4人で街に繰り出し、屋台で温かいお茶をもらって飲みながらそのときが来るのを待った。
酔って浮かれた大人たちの陽気なざわめき。
食器と食器がこすれる音。
あちこちの店から聞こえる音楽に歌声。
ひらひらと舞い落ちる雪——。
——ドンッ、ドンドンッ。
やがて帝都の夜空に小さな火花が散った。あれが、花火だろう。なんと魔法で上げているらしいぞ。それから何発も連続で花火が上がる。
同時に遠くからガラーンガラーンと鐘の音が聞こえてくる。
年が明けたのだ。
すると、そこいらにいる人たちが肩を組み始めた。
え? なになに?
俺も大人に巻き込まれ「ほら、早くしろ」と急かされ、スヴェン、リッカ、テムズ、さらには知らないオッサンと肩を組んでいく。
なんだなんだと思っていると、歌が始まった。
——新年だ 新年だ 新年だ ホイ!
年が明けたぞ めでたい ホイ!
死んだ親父も 借りた金も 忘れて ホイ!
新年だ 新年だ 新年だ ホイ!
めでたい めでたい めでたい ホイ!
なんていうか、バカらしい歌だ。めっちゃ明るいトーンでみんな陽気に歌う、まさに酔っ払いソング(俺たちはシラフ)。
一度聞けば忘れられないくらい単純なメロディーと歌詞なので、俺たちはオッサンたちにつられて歌うのだった。ちなみに歌詞は5番まであった。バリエーション豊富だな!
スヴェンは無表情で、リッカは笑って、テムズは戸惑いながらも歌った。
それから酔っ払いたちは朝まで飲むらしいのだけど、俺たちはさすがに帰らないとスヴェンママが怒るので、ほどほどにして帰った。
まさか——帰りが遅いことを心配される、なんてのをもう一度経験するようになるとはなぁ。
少しだけ感傷的になった俺は、そんなふうにして新年を迎えたのだった。