全部、出し尽くせ
「ソーンマルクスくん、25分が経過したが、そろそろ体力の限界じゃ——」
「まだまだぁ!」
俺は汗を吸って重くなっていたシャツも脱ぎ捨てて走り出した。
全開だ。全開でいく。
今まででいちばんのスピードが出たと思うが、それでも剣聖は余裕綽々でかわしていく。
だけどな。
その動きはもう見たんだ。
「シッ!!」
俺は剣聖のいる足元目がけてスライディングのような蹴りを放つ。
「ふん」
剣聖は跳躍する。
おいおい、なんだよそのデタラメなジャンプ力は。
ちょっと水たまりを飛び越えるくらいの動作で、2メートルくらい跳ねてるんだが?
(それだよ)
俺はそれを、待ってたんだ。
(持ちこたえろよ、俺の足!!)
スライディング状態から右足で地面を噛んで振り返る。
身体の勢いが、体重が、全部右足首に掛かってくるけどそれを我慢。
我慢。
我慢んんんんんんんん!!
「!」
俺の動きに気づいた剣聖が怪訝な顔をするが、今、ヤツは上から落ちてくるところ。
俺との距離は3メートル。
空中ならばあの厄介な歩法は使えない。
なんか横にスライドする移動はあるが、アレは歩法よりも発動が遅い。
剣聖は、俺の出方を見てから動く。
それなら見てからでは間に合わない攻撃を放てばいい。
対応できるか?「帝都武芸ホール」では「生命の躍動」を使わずに放ったけど、今回は使うし、手元がブレないように「空間把握」も使う。
全部乗せの一撃。
文字通り、俺のすべてを乗せる。
(行くぞ——全部、出し尽くせ!!)
鞘に収めた剣をつかんだ。
「——『抜刀一閃』」
引き抜かれる剣は、俺の身体能力をはるかに超えた速度で前方へと向かう。
鞘の鯉口にこすれた刀身が火花を放つ。
「!!」
その瞬間、初めて剣聖はぎょっとした顔をした。
距離は確かにある。
だけれどこの剣は、飛ぶような斬撃を伴うのだ。
喝を放つには間に合わない。通常の「斬撃」なんて比べものにならないほどの速度。
俺にはすべてがスローモーションに見えた。
地面に下りていく速度よりも早く、俺の斬撃が剣聖の胸元に迫る。
仕留めた——。
「!?」
俺は目を疑った。
斬撃は——剣聖に当たらなかったのだ。
消えたとしか言いようがない。その瞬間、剣聖は姿をかき消したのだ。
ハッとして周囲を見回すけど、いない。訓練場のどこにもいない——。
「ここだ」
上から声が降ってきた。
俺が見上げると——高さ5メートルくらいの場所で、直立不動で立っている剣聖がそこにいたのだった。
「そんなの……反則だろ……」
最後の「抜刀一閃」で残りの体力もすべて持っていかれた。
俺は立っていることもできずに——。
「師匠!!」
スヴェンの声を遠くに聞いたが、そのまま倒れ込んで気を失ったのだった。
* *
「——ぶはぁっ」
がばりと起き上がった俺は、ぐわんと頭が揺れるような感覚にふらついた。
「師匠! 大丈夫ですか!!」
「ソーマくん!!」
「ソーマ!」
そこはスヴェンママの家で、俺はベッドに寝かされていたのだった。
「体調はいかがですか」
スヴェンに聞かれ、
「あ、ああ……体力使い切っただけだから……腹はむちゃくちゃ減ってる」
「今すぐメシにしましょう」
そう言うとスヴェンは部屋を飛び出していった。
「——リッカ。俺、どれくらい寝てた?」
「丸一日にはならないくらい」
「げ!?」
「アタシたちはさっき朝食を食べたとこ。もう、めっちゃ心配したし……」
「ソーマ。むちゃくちゃな戦い方だったぞ。見ているこちらがハラハラした」
「あぁ……いや、あれくらいはまぁ」
無茶度合いで言うと、レッドアームベアから逃げ回っていたときのほうがヤバかった。あれは生き死に掛かってたし。
でもそれを言ってもテムズを心配させるだけだから黙っておく。
「ところで剣聖は?」
「それについては、スヴェンから聞いたほうがいいんじゃない?」
そこへ当のスヴェンが飛び込んで来て、俺は食堂へと連れて行かれたのだった。
食堂にはスヴェンママがいて、使用人に食事の準備をさせていた。スヴェングランパとグランマは仕事らしい。
焼いたパンと、肉のニオイを嗅ぐとぐるるるると腹が切なそうに鳴いた。
出された料理を俺は片っ端から食べながら、俺がぶっ倒れてからなにがあったのかを聞いた。
「まず父ですが」
スヴェンが言うには、スヴェンパパは剣聖に引き抜かれることもなかったらしい。なんでも俺の「抜刀一閃」をかわしたあと剣聖は、ひどく不機嫌になって、すこしスヴェンパパと言葉をかわしてから去っていったという。
「もぐもぐもぐもぐどゆこと?」
「ちょっとソーマくん、ちゃんと呑み込んでから話してよ……」
そうは言うがなリッカ。俺の身体がカロリーを求めているのだ。
「師匠の食べっぷりはすばらしいです」
止めろスヴェン。リッカが「は?」って顔でドン引きしてるぞ。
「もう、ほんとにあの人ったらなに考えてるのかしら!? ソーンマルクスくんに戦わせるなんて……!」
いちばん怒っているのはスヴェンママだった。
「いえ、イザベルさん。アランさんが考えたのは、おそらくソーマなら剣聖様も本気を出さずに済むということではないでしょうか? アランさんが戦ったら、かなりの重傷を負う可能性もありますし……達人同士の戦いはなにが起きるかわかりません」
フォローを入れたのは、テムズだった。
「師匠は達人だ」
わけのわからない反論をスヴェンがしているが、それはおいておいて。
「……アランさんは剣聖となにを話してた?」
「わかりません。ジャンも聞こえなかったと言っていましたし、父も答えませんでした。自分は師匠を抱きかかえてすぐに離れたのでその後のことは……」
「あー、お前が運んでくれたのか。悪かったな」
「とんでもありません! 俺は感動しました! 師匠はやはりすごい……!」
スヴェンがぷるぷるしてるのをスヴェンママが胡乱な目で見ている。
「えぇ? ソーマくんの攻撃全然当たらなかったじゃん。最後だってめっちゃ遠くから空振りしただけだったし」
「お前、見えていなかったのか」
スヴェンが侮るように言うと、ムッとした顔でリッカが言い返す。
「はあ!? アタシは遠かったんだからしょうがないじゃん!」
「ずっとそう言い訳していろ」
「なにこいつ!」
「スヴェン。女の子にそういう言い方をしてはいけません」
ママにまで言われているスヴェンである。
それはおいといて。
「……しっかしまぁ、負けたなぁ」
あの瞬間、どうやって剣聖が回避したのか俺には全然わからなかった。
空中に立ってたんだよな。どうやったんだよ、あれ。魔法かと思ったけどそういう感じじゃなかったんだよな。
俺の知らないスキルがまだまだあるってことかなぁ……。
知識欲がうずくぜ……!
「それよりソーマ、大丈夫なのか。王国に戻ったら剣聖様と皇帝陛下を褒め称えなければいけないんだろう?」
「ああ、もちろんやるよ。ていうかあんだけすごさを見せつけられたら、正直に話すだけで褒め称えることになるけどな」
それに、他にも褒める方法はある。
あのセルジュ皇子殿下もね、庇護欲をそそるようなすばらしい見た目をしていらした。
他国の高貴なる血筋って燃えるよな。
きっと憧れを植えつけられると思うんだ……主に女子に。
うむ。そういう方向で指示を出そう、我が同志にして文豪ルチカ大先生に!!
これまた「裏☆|ロイヤルスクール・タイムズ《学園新聞》」が売れてしまうなぁ!
「……ソーマ。なんだか悪い顔をしていないか?」
「ほんなほほはいほもぐもぐもぐもぐ」
俺は腹一杯になるまでご飯をいただいたのだが——。
(気になるな……)
剣聖はいったい、スヴェンパパとなにを話していたんだろう?