君は何者なんだ?
ピンキノさんは言った。
『お前さんたちは兄妹だっていう話じゃねえか。それもわかる。そんなに懐かしい天稟をそろって持ってるんならなあ……』
どこか懐かしげに目を細めた——いや、ピンキノさんに目はついてないんだけど。
『リッカと言うたな。お前さんの天稟は「歩みを止めぬ兵」だ』
似ている。
「歩みを止めぬ兵士」と「歩みを止めぬ兵」。
だけれどそこには明確な違いがある。
『これはさすらいの一族であり傭兵団だった「彼岸の黒鉄」の連中に多かった。連中はの、なんでもできた。剣も、弓も、鍛冶も、大工も。だがちょっとも怠けることをせんかった、息苦しいヤツらだったのお……ああ、懐かしい』
「『歩みを止めぬ兵』……?」
『身体を動かすあらゆる技能に適性があるが、サボるとあっという間に腕がなまる。そういう天稟だ。なんでもできるがなんにもできなくなる。お前さん、将来の道はちゃあんと考えたほうがいいぞ』
「そ、そうだ、テムズの天稟は!?」
「僕は、『道を求むる聖職者』ではなく、『道を求むる聖者』だって」
「な、なにが違うの!?」
『魔導の探究に優れた者よ。深淵に踏み込み、己が狂気に染まることも恐れず、魔導の真理を探究する……それがお前さんの天稟よ。ゆえに【魔導】のスキルが発現する』
「【魔導】って……テムズは、魔法使いなの……?」
『肉体の極限に挑む妹と、魔導の極限に挑む兄と、これは面白い組み合わせではないか。がっはははは』
豪快にピンキノさんは笑ったが——リッカはただ呆然と立ち尽くしているだけだった。
なんでふたりの天稟が間違っていたのかについては、テムズが仮説を持っていた。
「リッカ、僕らの天稟を診断したあの老神官、目が悪かったじゃないか? きっとそれで、見間違えたのだと思う……それか、思い込みでありふれた天稟を告げた。僕らの天稟を知らなかったんだ。ピンキノ様は、僕らの天稟を古いものだと言っていたし」
確かにロイヤルスクールでの入学式でも、天稟の判別は文字で表示されてたもんな。
ちなみにテムズとリッカの通っているウェストライン騎士養成校では、過去に天稟を確認している新入生は入学時の確認をしないらしい。お金が掛かるから。
「ちょ、ちょっと待って……考えなきゃいけないことが多すぎて、今そんなことまで考えてられない」
だよな。「実はあなたの血液型はOじゃなくてAなの」と言われるよりもショッキングだもんな。
気持ちはわかるよ。
そんな混乱するリッカを連れて、俺たちはスヴェンママの実家に戻ってきた。
長い移動時間で帰ってくるころにはリッカもだいぶ落ち着いていた。
「……結局のところ、やることは変わらないのね。騎士になっても冒険者になってもいいように立ち回らなきゃいけないのが変わらない以上は。ただ、武器の選択肢が増えたのはうれしいかも」
と言った。
「それよりなんなのよふたりとも! こんな大事なこと、アタシに内緒でこそこそ進めてさぁ!」
「だってリッカは、僕の話を信じないだろうと思ったから。とりあえずピンキノ様に会わせるのが先だと思ったんだ」
「うぐっ……それは、そうかもしれないけど。大体『ピンキノ様』ってどういう呼び方よ。茸に対して」
「僕は茸であっても、尊敬に値する人であれば敬う」
「うぐぐっ」
ド正論で返されたリッカが口ごもるのを見て俺がにやりとすると、スネを蹴られた。
「むかつく!」
まったく、かわいげがないなあ。
「そんな顔してるソーマの天稟は結局なんなのよ」
「言ったじゃん」
「アタシのことが衝撃的すぎて忘れた」
「俺は『試行錯誤』っていう天稟だよ」
「やっぱりレアな天稟なのね……効果はなんなの?」
「スキルレベルをいつでも確認できるってだけだよ、小数点以下まで。さっき見せたろ?」
「ビミョー……」
微妙言うな。
「そんなことはないよ、リッカ。ソーマは日々細かくレベルチェックすることで最適なスキルレベルの伸ばし方を知ることができるのだ。とてつもない天稟だ」
テムズが口を挟むと、
「は!? ズルじゃん!」
リッカがぎょっとしてこっちを見た。
「いやいや、ズルじゃないって。レベルわかるって言っても伸ばすための努力はいっしょだし。たとえばこういう動きを毎日やるんだ」
俺は【刀剣術】【空中機動】【格闘術】の鍛錬である特別メニューをやって見せた。
剣を振った直後にパンチを繰り出しつつ足では反復横跳びのように動く。で、くるりと身体を回転したらまた剣を振って……。
これが極まってくると半径1メートルくらいの円でできるようになるんだよな。3朱のスキルレベルを上げるための最適解がこれだ!
「え、キモ……」
おいリッカ。それは俺が傷つく。
「と、ともかくだな! ふたりは改めて自分の天稟を知ったんだ。いろいろ考えろよ」
テムズは「道を求むる聖者」として【薬術】を伸ばしつつ【魔導】を高めていきたいと昨日言っていたっけ。魔法ってのはほんとに才能(もしくは天稟)の有無によってできるできないが分かれるみたいなんだよな。
謎だ。
リッカは「歩みを止めぬ兵」なので、本気で鍛えればどんどんスキルレベルを伸ばせそう。
ふたりで組めばオールマイティーに動けるだろう。魔法と武技の両方があるのだから。騎士となってもいいし、冒険者となってもいい。
「ま……扱う武器については考えてみるわ。テムズがどんな魔法を使えるかもわからないし」
「それはそうかもしれない。案外僕の魔法は、【薬術】の補助には使えるが戦闘には向いていないというのもあるかもしれないし……」
リッカもようやく落ち着いたのか——自分の運命を受け入れられたのか、テムズとあーだこーだと話している。
それにしても天稟ってのは不思議なもんだよな。
こうしてフランケン兄妹の人生を変えてしまうような力もあれば、一方ではまったくそれに頼らずに生きている人もいる。というか、「腕に覚えあり」みたいな仕事以外では天稟やスキルレベルの恩恵はないんだよな。記憶力とか計算力とか美的センスみたいなスキルレベルはない。
まさに「技術」って感じ。
「…………」
だけれどテムズが浮かない顔をしているんだよな……どうしたんだ?
「——なあ、リッカ。スヴェンを呼んできてくれないか? どうせ『流水一刀流』の訓練場にいるだろ、アイツ」
「なんでアタシが?」
「いいじゃんいいじゃん、頼むよ」
「んもー……」
しょうがないなー、食事時にも帰って来ないってアイツマジなんなの? ——とブツブツ言いながらもリッカは出て行った。まんざらでもなさそうなのは言わないでおく。
「——それでテムズ少年はどうしたんだい?」
「……え?」
「リッカの天稟を聞いて、素直に喜べない……みたいな感じだったから。なにか心配事か?」
「あ、いや……別に」
「おいおい、隠し事はなしだぜ」
「…………」
テムズはしばらく黙っていたけれど、
「……また、リッカと離されるなって」
ぽつりと言った。
「『離される』、って……どういうことだ?」
「リッカは座学も武技もどっちもできるじゃないか。だけど僕は座学だけ。ソーマは僕とリッカが組めば強いって言ったけど、僕じゃない人間と組めばリッカはもっと強くなれるはずなんだ」
「いや、でもテムズには【魔導】があるだろ?」
「あるけど、どうやって【魔導】を伸ばせばいいのかがわからない……。一応、国内の魔法使いに弟子入りをお願いしていくしかないとは思うんだけど、君の【天稟】でもない限り、僕に才能があるかどうかなんてわからないだろ? だから、弟子入りを受け入れてくれる人がいるかどうか……」
「……なるほど」
それは確かにそうだな。
「それなら、初歩は俺が教えてやるよ」
「……ソーマが? どうして君が」
「ここから先は絶対他言無用で頼むぜ」
損得勘定抜きの大サービスだ。
俺は指の先から魔力を走らせ、サイドテーブルに立て掛けてあった俺の剣をつかんだ。
「そりゃ、俺も使えるからだよ」
ふわふわと浮いてきた剣を手に取ると、目の前にいたテムズは目を見開いていた。
「き、君は……何者なんだ?」